著者
大谷 侑也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.3, pp.211-228, 2018-05-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
32
被引用文献数
2

本研究は東アフリカ中央部に位置するケニア山(5,199m)の氷河の減少が周辺域の水環境・水資源にどのような影響を与えているのかを,実地観測,同位体比分析,年代測定,聞取り調査等から明らかにすることを目的とした.研究対象地域山麓部(約2,000m)では,降水量が概して少ないため,農業用水や生活用水をケニア山由来の河川水,湧水に依存している現状がある.調査と分析の結果,山麓住民が利用する河川水の涵養標高の平均は4,650m,湧水は平均4,718mとなり,氷河地帯の融解水が麓の水資源に多く寄与していることが明らかになった.また年代測定の結果,山麓湧水は涵養時から約40~60年の時間をかけて湧出していることがわかった.ケニア山の氷河は2020~2030年代には消滅することが予想されており,今回の結果から将来的な氷河の消滅は山麓の水資源に少なからず影響を与える可能性が示唆された.
著者
大谷 侑也
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2017年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100087, 2017 (Released:2017-05-03)

地球温暖化は近年の人類が直面している喫緊の問題である。そのような状況下、近年最も影響を受けているのが氷河である。アフリカにはキリマンジャロ、ケニア山、ルウェンゾリ山の3つの氷河があるが、いずれも10-20年後には消失するとの予測がなされている。中でも、世界遺産に指定されているケニア山の氷河は年約7~10mの非常に速いスピードで縮小している。このままのスピードで減少を続けると、十数年後には完全に消滅することが予想されている。もし山麓域の河川水、地下水がその消えゆく氷河を主な水源としているならば、将来的にその量は減少することが予想され、それが現実となった場合、地域住民生活および生態系に及ぼされる影響は大きいと考えられる。しかし本地域において、その氷河縮小がもたらす水環境の変化や地域住民への影響を調べた研究は未だ無い。当該地域の水資源を維持、保全する上でそのような情報を得ることは非常に重要である。 ケニア山の氷河縮小と山麓水環境の関係性を把握するため、2015年8月~10月、2016年7月~9月に現地調査を行った。ケニア山西麓および東麓の標高2000~5000mの間で河川水、湧水、氷河融解水、降水、湖水を採水し、現地観測を行った。その結果、ケニア山および山麓域で標高毎に採水された降水サンプルのδ18Oから、明瞭な高度効果(標高が高くなるにつれ酸素・水素同位体比の値が低くなる効果)が見られた。この高度効果直線の算出により、湧水および山麓域で利用される河川水の涵養標高を推定することができた。 西麓の標高1997m付近に流れ、住民に広く利用されるティゲディ川の酸素同位体比は−3.089‰であった。この値を今回得られた高度効果の直線(y = -469.35x + 3630.4)に代入すると5080.2(m)となる。その標高帯は氷河と積雪が多く存在することから、ケニア山西麓の河川水は氷河と降雪の影響を強く受けている可能性が高い。それを裏付けるように、今回の調査では山麓の河川水位が1985~2016年にかけて減少傾向にあることを示したデータが得られている。 一方で、標高1972mの山麓湧水の酸素同位体比(−3.32‰)から、その涵養標高を推定すると5191.8(m)と算出されることから、山麓湧水においても山頂部の氷河と降雪が大きく寄与していることが示唆される。今回の結果から、地域住民に広く利用される水の涵養源に対して、氷河と降雪が少なからず寄与していることが判明した。したがって将来的な氷河の消滅は山麓住民の水資源の減少をもたらすことが予想される。
著者
大谷 侑也
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100129, 2016 (Released:2016-04-08)

東アフリカ中央部にそびえるケニア山(5199m)は赤道直下にあるにもかかわらず、その頂に氷河を有する。しかし、近年の地球規模での気候変動により、その「熱帯の氷河」は急速に縮小している。もし山麓域の地下水が消えゆく氷河を主な水源としているならば、将来的にその量は減少すると考えられる。それが現実となった場合、地域住民生活および生態系に及ぼされる影響は大きいと考えられる。また、同じ東アフリカに位置するキリマンジャロ山の氷河も同様に近年、急速に縮小している。その山麓域のアンボセリ湿地はサバンナにおいて貴重な水場となっており、豊かな生態系を育んでいる。しかし、その湿地水の由来や水質、氷河との関係性を調べた研究は未だ無い。当該地域の生態系を維持、保全する上でそのような情報を得ることは喫緊の課題である。 ケニア山およびキリマンジャロ山と、両地域の山麓の水環境を把握するため、2015年に現地調査を行った。ケニア山では河川水、湧水、氷河、降水を採水し、現地観測を行った。山麓域では湧水、河川水を採水、現地観測を行った。キリマンジャロ山では氷河融解水を採水し、山麓域のアンボセリ湿地では湿地水、湧水をサンプリングした。サンプルは総合地球環境学研究所(地球研)のpicarro2号器(picarro社製)を用いて酸素同位体比測定(δ18O)を行った。その結果、ケニア山および山麓域で標高毎に採水された降水サンプルのδ18Oから、明瞭な高度効果(標高が高くなると酸素・水素同位体比の値が低くなる効果)が見られた。この直線により、湧水の涵養標高を推定することができる。ケニア山山麓域で採水された湧水のδ18Oの値は-4.1‰、−3.6‰であった。この値を高度効果の直線にあてはめると、約5000m付近の水が地下にしみ出し、山麓で湧出していると推察される。5000m付近は氷河や雪の解け水が多く存在する場所であり、今回の結果から、それが麓の湧水に多く寄与している可能性が示された。一方でキリマンジャロ山山麓のアンボセリ湿地水のδ18Oは−0.9‰から−5.5‰まで幅広い結果が得られた。このことから湧水地点によってその涵養源が異なることが示唆された。  また、ケニア山山麓の湧水中のウラン濃度は同じ成層火山である富士山のものと比べ100倍近い値を示した。地下水中のウラン濃度は、地下の花崗岩の存在量が多いほど濃くなることが知られている。玄武岩はマグマが地下で冷却され固まったものである。ケニア山は活発な活動を続ける東アフリカ大地溝帯の中央に位置するため、その地下には大量のマグマが存在する。今回得られた湧水中ウラン濃度から、ケニア山の地下には大地溝帯のマグマが姿を変えた花崗岩が大量に存在することが示唆された。