著者
大谷 基泰
出版者
石川県農業短期大学
雑誌
石川県農業短期大学研究報告 (ISSN:03899977)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.15-43, 1996-12-28

近年,細胞融合や遺伝子導入などバイオテクノロジーが,トマトやイネなどの作物の育種に応用され始めて,いくつかの成果が出てきている.オレンジとカラタチの体細胞雑種の「オレンジカラタチ中間母本農1号」やアメリカで遺伝子組換え植物として始めて売り出された「Flavr Savr^<TM>」はその主要な成果である.しかしながら,園芸植物種を多く含むIpomoea属植物では,バイオテクノロジーに関する研究がイネ,トウモロコシ,ジャガイモなどの主要作物に比べて大きく立ち遅れている状熊である.本論文では,Ipomoea属植物の中で,サツマイモとI trichocarpaについてバイオテクノロジーを利用した育種の可能性について論じた.本論文は,第1章の序論から第5章の総合考察まで,全5章から構成される.第1章の総合序論では,本論文の背景と目的,さらにバイオテクノロジーの植物育種への応用の可能性について例をあげて述べ, Ipomoea属植物種の育種におけるバイオテクノロジーの重要性を論じた.第2章では,バイオテクノロシー技術を確立する際の最も基本的な技術である培養組織からの植物体再生について検討した.その結果,サツマイモとその近縁野生種I trichocarpaの葉片由来カルスからの効率的な不定芽の再分化条件が明らかになった.サツマイモ品種中国25号の葉片出来カルスからの不定芽形成は,培養組織からの再分化の際に広く用いられているBAの添加によっては促進されず,再分化培地としては植物生長調節物質を添加しないLS培地が適当であった.その際,エチレン阻害剤であるAgNO_3をカルス誘導培地に2 mg/lの濃度で添加することによって極めて高い不定芽形成率を得ることができた.このことから,サツマイモではカルス誘導時のエチレンの発生を抑制することによって再分化能を持ったカルスを誘導することができることが示唆された.不定芽形成はABAによっても影響され,2 mg/I ABAをカルス誘導培地に添加して得られたカルスから高い頻度で不定芽が再分化した.I trichocarpaの葉片由来カルスからの不定芽形成は,再分化培地にBAを添加することによって促進することができ,サツマイモの場合と異なった傾向を示した. このことから,I trichocarpaは内生サイトカイニンの量がサツマイモと比べて低いと考えられた.また,I trichocarpaの場合,カルスから不定芽を得るのには,カルスから直接不定芽を誘導する方法と,カルスから再生した不定根,を,LSホルモンフリー培地に移植して不定根から不定芽を誘導する二通りの方法によって可能であった. Ipomoea属植物では,カルスからの不定根分化は,不定芽の分化に比べて比較的高頻度で生じるので,この不定根を経由した不定芽の再生方法によって,他のIpomoea属植物のカルスからの再生系を確立することの可能性が示唆された.第3章では,細胞融合やプロトプラストヘの遺伝子導入といったバイオテクノロジー技術の基礎となるプロトプラストの単離と培養についてサツマイモの葉肉組織と培養細胞を材料にしておこなった.その結果,葉肉組織からのプロトプラストの単離には,in vitro植物の展開葉の切片を,滅菌水に約16時間浸す前処理を行うことが有効であり,前処理を行わなかったものに比べて20倍以上の収量が得られた.葉肉プロトプラストと培養細胞由来プロトプラストは同様の比較的簡単な培養方法によって,効率良くカルス化することが可能であり,プロトプラスト由来カルスからの不定芽の形成は見られなかったが,不定根の再生が観察された.第4章では,野生型Agrobacterium rhizogenesによるサツマイモとI trichocarpaの形質転換を行った.その結果,ミキモピン型のバクテリアをサツマイモ数品種に接種した実験では,毛状根形成について品種間差異が認められ,さらに,サツマイモ品種中国25号に異なった系統のバクテリアを接種したところ,バクテリア間でも毛状根形成に差異が生じるのを確認できた.このことは,供試する植物材料に適したバクテリア系統を選択する.必要性があることを示唆しているサツマイモでは,ミキモピン型のバクテリアによって比較的高頻度に毛状根を誘導することができた.これに対して,I trichocarpaでは,バクテリア系統間での毛状根形成に著しい差異は認められず,全てのバクテリアにおいて80%以上の切片から毛状根が形成された.毛状根を植物ホルモンを含まないLS培地に移植することによって,サツマイモとI trichocarpaの両種の毛状根から不定芽を再生させることが可能であった.再生した形質転換体は,葉が波打つ,地上部が矮化するといったR_1プラスミドで形質転換した植物体に特徴的に見られる特性を示した.サツマイモでは,地上部の矮l化は,単位面積当たりに栽植できる株数の増加につながり,このことは単位面積当たりの収量の向上につながるために有用な形質と考えられた.
著者
大山 莞爾 島田 多喜子 大谷 基泰 森 正之 濱田 達朗 福澤 秀哉
出版者
石川県農業短期大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2004

ゼニゴケY染色体は、主にその特異的反復配列からなる領域YR1(約4Mb)と、その他の領域YR2(約6Mb)に大別される。YR2はさらにContig-AとContig-Bの2領域に分かれている。YR2のContig-AおよびContig-Bのいずれにおいても100kb当たり1個の頻度で遺伝子が見いだされた。これを常染色体における遺伝子密度と比較するため、まずゼニゴケゲノム全体がコードする遺伝子数を推測した。進化的にゼニゴケに近い陸上植物であるヒメツリガネゴケは約2万5千個、緑藻クラミドモナスは約2万個の遺伝子を有するとされている。従って、ゼニゴケゲノムがコードする遺伝子数は2万〜2万5千と考えるのが妥当であり、その遺伝子密度は100kb当たり7〜9であると予想される。しかし、YR2における遺伝子密度は、偽遺伝子などを含めても100kb当たり2遺伝子である。さらに、ゼニゴケESTの約40%が他生物種由来の配列と相同性を示さないことから、相同性検索によって検出できるゼニゴケ遺伝子の数は全体の60%程度であると考えられる。このことを考慮するとY染色体の遺伝子密度は最大で100kb当たり3程度であり、少なくともYR2における遺伝子密度は常染色体に比べて低いと言える。実際、ヒトY染色体の場合でも常染色体に比べて遺伝子密度が低いことが知られており、Y染色体が遺伝子を失う方向に進化していることを改めて裏付けた。YR2配列について、90%以上の相同性を示す100bp以上の反復配列を検索したどころ、その約75%が反復配列であった。遺伝子はこれらの散在する反復配列の間に存在していた。反復配列の中には、レトロトランスポゾンなどの転移因子や常染色体にも存在するものも含まれていた。これは、ゼニゴケY染色体の進化の過程でY染色体に特異的な反復配列を高度に蓄積していったYR1とは対照的である。
著者
島田 多喜子 大谷 基泰
出版者
日本育種学会
雑誌
育種學雜誌 (ISSN:05363683)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.212-222, 1988-06-01

日本のコムギ28品種(系統)を含む合計32品種(系統)について葯培養におけるポテト培地の検討をおこない、花粉からの胚状体形成に対する培地の効果、品種間差異、前処理の効果を調査した。一核期の中期から後期の未熟花粉をもつ穂を5℃で7日間処理した後、葯をポテト培地(Potato-2)に置床した。培養1か月で花粉から胚状体が形成され、その頻度は品種によって差があった。農林61号が最も高い胚状体形成率を示し、置床葯当り胚状体を形成した葯は17.1%であった。欧柔、農林12号、ナンブコムギ、Chinese Spring、フクホコムギでも比較的高く、それぞれ、10.9%、6.7%、6.5%、5.1%、5.O%であった。チホクコムギ、エビスコムギ、キタカミコムギでは殆んど胚状体の形成はみられなかった。0から11日間の低温処理後、葯培養した実験では、胚状体形成への低温処理の効果は不安定であった。数品種の葯をポテト培地上で培養した三年間にわたる三回のくりかえし実験の結果から、ポテト培地の有効性は安定であることが分かった。また皮を除いた塊茎をポテト培地の抽出用に用いるより、皮をつけた塊茎を用いる方が、胚状体形成への効果が安定しているようであった。ポテト抽出液の代りに市販のポテトデキストロース寒天培地を19.5g/l添加した培地も有効であった。