著者
小川 滋之 沖津 進
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.1, pp.74-84, 2011-01-01 (Released:2015-01-16)
参考文献数
22
被引用文献数
1 1

日本列島のヤエガワカンバ林は本州中部と北海道の一部に分布するが,分布を規定する要因には未解明な点が多い.本研究では,埼玉県外秩父山地において地すべり地の微地形と表層土壌に着目してヤエガワカンバ林の分布要因を検討した.ヤエガワカンバは,地すべりにより形成された緩斜面に多く,この中でも礫質土となる区域に集中して分布していた.礫質土区域は,数十年周期で発生する地すべりに由来する土砂礫が堆積した区域であり,外秩父山地で主要優占種となるコナラやミズナラの侵入が少なく抑えられている.地すべり地におけるヤエガワカンバの分布は,地すべりで緩斜面が形成されることにより,種子や実生が流失することなく定着しやすいことや,数十年周期で発生する地すべりにより開放地が形成されることが要因として考えられる.ヤエガワカンバは,この開放地にいち早く侵入して生長速度の速さから林分を形成していると結論付けた.
著者
小川 滋之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

<b>スイゼンジナ(<i>Gynura bicolor</i>)とは </b>タイからインドにかけての山岳地域が原産とされており,アジア各地域で食される葉菜である.日本では江戸時代中期に中国から伝来し,熊本県で栽培されたのが始まりとされている.熊本県の伝統野菜「くまもとふるさと野菜,水前寺菜」のほか,石川県金沢市の伝統野菜「加賀野菜,金時草」,沖縄県の伝統的農産物「島野菜,ハンダマ」としても有名である.近年,ポリフェノール成分が豊富に含まれ,健康的な野菜であるということが注目されている.安価に通年生産できる強みから,葉菜が品薄になる時期の出荷が期待されている.<br><br><b>研究の背景と目的</b> これまでの研究(小川2018)では,日本国内における産地は宮城県山元町から南西諸島まで広く分布していること,伝統野菜としての自治体認定や特産化を目指している産地(京都府長岡京市など)があることなどが明らかにされた.しかし,伝来経路や産地間の交流については十分とはいえない.基本的な情報を明らかにしていくことが伝統野菜としての生産の維持や普及拡大につながるといえる.<br><br>本報告では,日本にみられるスイゼンジナの伝播経路を明らかにすることを目的にした.スイゼンジナは個体変異が大きいものの,1属1品種であり明確に品種改良された事例はない.しかし,産地ごとに形態の違いがあることに着目して研究を進めた.<br><br><b>材料および方法</b> 国内にみられる16産地と対照として台湾1産地の計17産地を対象にした.生産される個体の起源や生産方法を,各産地において聞き取りした.これに加えて,千葉県の同一条件下で3年間生育させた各産地の個体を用いて形態比較を行った.<br><br><b>伝播に関する各産地の情報 </b>各地に古い地域名や栽培方法が記された文献,南西諸島の呉継志「質問本草」(1837)があることから,19世紀までには全国的に栽培が広がった.しかし生産が途絶えた地域も多く,現在に至る産地は石川県金沢市,熊本県,南西諸島(各島嶼)に限られた.これらの地域が元祖となり,昭和時代以降の産地となったとみられる.たとえば,熊本県御船町から京都府長岡京市,金沢市から愛知県豊橋市や群馬県藤岡市に伝えられた.また苗は挿し芽により生産されており,石川県金沢市内と熊本県内ではいくつかの生産元に特定できた.南西諸島内は,栽培に関する情報が乏しいことから不明であった.<br><br><b>形態的な地理変異 </b>産地ごとの葉の偏平率,鋸歯の深さ,厚み,羽毛の有無に着目した.日本にみられるスイゼンジナは,北限型(宮城県山元町など3産地),東西日本型(石川県金沢市,熊本県御船町など6産地),北中琉球型(屋久島,沖縄島など4産地),南琉球型(石垣島など3産地)に分類することができた.<br><br>葉形態からは,金沢市と熊本県との違いはほとんど見られないものの,宮城県山元町などの北限型とは明確に異なった.北限型は,台湾型や南琉球型と形態的に近く,かつてこれらの地域から導入された可能性がある.南西諸島にみられる北中琉球型と南琉球型は,他産地とは違いが大きく,中国からの伝来経路そのものが異なる可能性が考えられた.<br><br> <br><br>〈引用文献〉<br>小川滋之2018. 日本国内におけるスイゼンジナの産地分布と地域名,生産と流通の特徴.熱帯農業研究11,p15-20.
著者
小川 滋之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

<b>研究の背景と目的</b> スイゼンジナ(<i>Gynura bicolor</i>)は,キク科サンシチソウ属の多年生の草本植物である.日本,中国,台湾などの東アジアを中心とした広い地域で伝統野菜として古くから食されてきた.しかし,市場に流通することは少なかったため,産地の広がりや各産地の事情はあまり知られていない.原産地もインドネシアのモルッカ諸島や中国南部,タイ北部など諸説あり定かではない.地産地消が叫ばれる現在において,伝統野菜の普及を進める中では産地の事情を明らかにすることが重要である.以上のことを踏まえて,本研究ではスイゼンジナの産地分布と地域名を報告した.<br><b><br> 調査方法 </b>インターネット(Google)を用いて学名を検索し,個体の写真が掲載されているサイト,なおかつ写真撮影地域が特定できるサイトを対象に集計した.現地調査では,産地の分布,販売の形態と地域名を直接確認した.<br><br><b>スイゼンジナの産地分布 </b>この調査では,インターネット上にみられる言語数そのものが影響している可能性は高い.しかし,日本や中国,台湾などの東アジア地域が大半を占め,原産地のインドネシアを含む東南アジア地域の産地が少ない傾向がみられた.<br>現地調査では,東アジアの中でも日本の南西諸島や台湾中部以北,中国南部の一部地域では農産物直売所や屋外市場で多く販売されており,人々に日常的に食されていた.東南アジアではタイ北部の植木市場や少数民族の集落にみられる程度で少なかった.これらの流通量からみると,原産地はインドネシアではなく中国南部からタイ北部の地域が有力であると考えられた.<br><br><b>スイゼンジナの地域名 </b>日本では標準和名のスイゼンジナが,地域名としては水前寺菜(熊本県),金時草(石川県),式部草(愛知),ハンダマ(南西諸島)がみられた.他では,地域あるいは企業が商標登録をしている事例として水前寺菜「御船川」(熊本県御船町),ガラシャ菜(京都府長岡京市),ふじ美草(群馬県藤岡市), 金時草「伊達むらさき」(宮城県山元町)がみられた.<br>日本以外では,紅鳳菜(台湾),観音菜(中国上海市),紫背菜(中国広東省,雲南省,四川省),แป๊ะตำปึง(タイ北部)がみられた.東南アジアではスイゼンジナの近縁種(<i>Gynura procumbens</i>)のほうが多く,タイ北部(แป๊ะตำปึง)やマレーシア,クアラルンプール(Sambung nyawa)では名称に混同がみられた.近縁種については,沖縄島の沖縄市や読谷村においても緑ハンダマという名称で販売されていた.このようにスイゼンジナは,地域ごとに様々な名称があり伝統野菜となっていることが明らかになった.
著者
小川 滋之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2016年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100017, 2016 (Released:2016-11-09)

研究の背景と目的 スイゼンジナ(Gynura bicolor)は,キク科サンシチソウ属の多年生の草本植物である.日本,中国,台湾などの東アジアを中心とした広い地域で伝統野菜として古くから食されてきた.しかし,市場に流通することは少なかったため,産地の広がりや各産地の事情はあまり知られていない.原産地もインドネシアのモルッカ諸島や中国南部,タイ北部など諸説あり定かではない.地産地消が叫ばれる現在において,伝統野菜の普及を進める中では産地の事情を明らかにすることが重要である.以上のことを踏まえて,本研究ではスイゼンジナの産地分布と地域名を報告した. 調査方法 インターネット(Google)を用いて学名を検索し,個体の写真が掲載されているサイト,なおかつ写真撮影地域が特定できるサイトを対象に集計した.現地調査では,産地の分布,販売の形態と地域名を直接確認した.スイゼンジナの産地分布 この調査では,インターネット上にみられる言語数そのものが影響している可能性は高い.しかし,日本や中国,台湾などの東アジア地域が大半を占め,原産地のインドネシアを含む東南アジア地域の産地が少ない傾向がみられた.現地調査では,東アジアの中でも日本の南西諸島や台湾中部以北,中国南部の一部地域では農産物直売所や屋外市場で多く販売されており,人々に日常的に食されていた.東南アジアではタイ北部の植木市場や少数民族の集落にみられる程度で少なかった.これらの流通量からみると,原産地はインドネシアではなく中国南部からタイ北部の地域が有力であると考えられた.スイゼンジナの地域名 日本では標準和名のスイゼンジナが,地域名としては水前寺菜(熊本県),金時草(石川県),式部草(愛知),ハンダマ(南西諸島)がみられた.他では,地域あるいは企業が商標登録をしている事例として水前寺菜「御船川」(熊本県御船町),ガラシャ菜(京都府長岡京市),ふじ美草(群馬県藤岡市), 金時草「伊達むらさき」(宮城県山元町)がみられた.日本以外では,紅鳳菜(台湾),観音菜(中国上海市),紫背菜(中国広東省,雲南省,四川省),แป๊ะตำปึง(タイ北部)がみられた.東南アジアではスイゼンジナの近縁種(Gynura procumbens)のほうが多く,タイ北部(แป๊ะตำปึง)やマレーシア,クアラルンプール(Sambung nyawa)では名称に混同がみられた.近縁種については,沖縄島の沖縄市や読谷村においても緑ハンダマという名称で販売されていた.このようにスイゼンジナは,地域ごとに様々な名称があり伝統野菜となっていることが明らかになった.