著者
小田 司
出版者
広島大学総合科学部
雑誌
広島大学総合科学部紀要. IV, 理系編 (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
no.19, pp.189-191, 1993-12-31

ヒト骨髄性白血病細胞は,発ガンプロモーターであるフォルボールエステル処理により増殖を停止し,マクロファージ様の細胞へと分化する。この事実は多くの研究者の注目するところとなり,血液細胞分化の分子機構の解明,あるいは骨髄性白血病の治療法の開発のモデル系として多くの研究が行われてきた。しかし,これらの課題は未だ殆んど解決されていない。実際,この分化誘導に伴う転写レベルの変化(例えばc-fosやETR101などの早期応答遺伝子の発現の増強やガン遺伝子c-mycの発現の抑制など)やタンパク質レベルの変化(例えば,フォルボールエステルの細胞内レセプターであるプロテインキナーゼCの活性化やガン抑制遺伝子であるRb遺伝子産物の脱リン酸化など)に関する多数の報告があるが,これらの変化が分化形質の発現や増殖停止と具体的にどのように関連しているかは全く明らかにされていない。しかし,これらの問題を議論する前に,まず研究せねばならない基本的で重要な疑問が残されている。一つはフォルボールエステル処理による細胞増殖の停止と分化形質発現の因果関係である。一般に細胞はG1期で増殖を停止し,分化形質を発現するといわれている。フォルボールエステルによるヒト骨髄性白血病細胞の分化においても,G1期での増殖停止が分化形質の発現を誘導しているのだろうか。あるいは逆に分化形質の発現が細胞増殖の停止を誘導することはないのだろうか。もう一つは,フォルボールエステルによる分化誘導が可逆的か非可逆的かという問題である。もし,非可逆的な分化であれば,コミットメント(運命づけ)という過程が存在するはずである。そうすれば,その時期に焦点を当てて調べていくことにより,分化を決定している分子の同定が可能となる。もし可逆的な分化であればコミットメントという過程を云々することは無意味であり,細胞増殖の停止や分化形質の発現を支配している分子は,フォルボールエステル存在下でのみ発現,あるいは活性化しているだけである。本研究では2種の分化段階の異なる細胞を用いて上記の疑問を解決した。以下にその研究成果の大要を説明する。1.細胞増殖の停止は分化形質発現の必要条件ではない。ヒト前骨髄性白血病細胞HL-60はフォルボールエステルの一種であるTPA(12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate)で処理すると,S期にあるものはDNA合成を終え次のG1期で,G1期にあるものは次のS期に入らずそのままG1期で細胞増殖を停止することが報告されている。それゆえ,もし,G1期での増殖停止が分化形質の発現に必須なら,G1期にはいってからTPA処理された細胞のほうが,DNA合成の過程があるため増殖停止までに時間のかかるS期処理の細胞に比べて,分化形質をいち早く発現してくるはずである。この真偽を確かめる実験を行うには,充分に同調された細胞が必要であるが,DNA合成阻害剤であるアフィジコリンで2回処理することによりG1/S境界に同調することができた。この同調したHL-60細胞をS期,あるいはG1期において別個にTPA処理を開始し,4つの分化形質(ICAM-1(細胞間接着分子),Mac-1(補体レセプタ-type3),dish底面への接着,伸展)の発現の経時変化を調べた。その結果は,意外にもS期処理,G1期処理の細胞の間で各々の分化形質発現の時間変化に全く違いは無かった。つまり,HL-60細胞は細胞増殖が停止しているか否かに関係なく,TPA処理後,一定時間を経て各々の分化形質を同じように発現してきたのである。以上の結果より,フォルボールエステルによる分化形質の発現には細胞増殖の停止が必ずしも必要ではなく,どの細胞周期にある細胞でも差の無いことが明らかになった。2.コミットメントの過程は存在しない。コミットメントの過程があれば細胞を分化誘導剤で一定時間処理すると,たとえ培地から分化誘導剤を除去しても細胞は非可逆的に分化するように運命づけられる。従って,HL-60細胞をフォルボールエステルで一定時間処理した後,細胞からフォルボールエステルを除去しても細胞は分化形質を発現したままで留まり,再び増殖を示さないはずである。細胞から容易に除去できるフォルボールエステルPDB(phorbol-12,13-dibutyrate)を用いて実験を行った結果,たとえ長時間HL-60細胞をPDB処理しても,一旦,PDBを除くとHL-60細胞は必ず増殖を再開し,あらゆる分化形質(ICAM-1,Mac-1,接着,伸展,貪食能)を消失し,最終的には元の未分化のHL-60細胞と同じ状態に戻った。特に注目に値するのは,ICAM-1やMac-1を発現し,貪食能を示す細胞でさえDNA合成を開始することである。PDBの代りにTPAを用いても同様の結果が得られた。更にHL-60細胞より分化段階の進んだヒト単球性白血病細胞THP-1を用いて実験を行っても,HL-60細胞と同様の結果が得られた。
著者
小田 司 山下 孝之
出版者
群馬大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

1)分子シャペロンHSP90が、突然変異に関わるY一ファミリーDNAポリメラーゼREV1の細胞内安定性やDNA損傷部位への集積を制御していることを明らかにした。2)熱ショック応答転写因子HsF1をRNAiで抑制すると、DNA損傷応答の活性化が誘起されずに細胞老化が誘導されることを見いだした。この過程において、p53の安定化とp21の発現誘導が必要であることを明らかにした。