- 著者
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佐藤 正寛
高吉 慎太郎
岡 隆史
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.72, no.11, pp.783-792, 2017-11-05 (Released:2018-08-06)
- 参考文献数
- 48
- 被引用文献数
-
2
「磁性体の磁化の向きを限界まで素早く変えたい.」これは次世代情報素子のコアとなりうるスピントロニクス技術であるのみならず,多数スピンの非平衡統計力学として基礎物理学的にも重要な概念である.近年この問題に対して,光を用いた戦略が盛んに議論されている.レーザーパルスの整形・変調,メタマテリアルやプラズモニクスなど光科学分野の実験の進展は目覚ましい.そのような最先端の光技術を上手に使えば,スピンの集団運動にとっての量子力学的な限界速度であるピコ(10-12)秒という時間スケールで磁化を制御できるのだ.この「超高速スピントロニクス」の実現には,磁性体と光との結合様式(光・物質結合)や時間変化する外場中における量子系の時間発展(量子ダイナミクス)を理解する必要がある.しかし,多自由度を取り扱う固体物理分野では量子ダイナミクス研究の進歩が遅れていた.その一因として,多自由度の協調現象を扱う基本的な枠組みが整備途上であり,平衡系で慣れ親しんだエネルギーや固有状態などの議論の足がかりを失うことが挙げられる.レーザー中の多体系の解析では「非平衡系の相転移とは何か? それをどう特徴付けるべきか?」などの疑問の解消が望まれる訳である.実はこの問題は,磁気共鳴,量子化学,量子光学などのダイナミクスとの関わりが避けて通れない分野においては限定的ながら解決されている.レーザー電磁場を時間について周期的な外場とみなすと,系は離散的な時間並進対称性を持つ.このときエネルギーや固有状態といった概念が復活するのだ.この「フロケ理論」,そして回転枠などへの「ユニタリ変換の方法」を使うと,時間依存ハミルトニアンが駆動する多体系ダイナミクスを静的な有効ハミルトニアンで理解できるのである.望みの物性が実現するような動的状況を与える外場をフロケ理論の有効模型からさかのぼって設計することを,物性を操るという意味を込めて「フロケエンジニアリング」と呼ぶ.多体系のフロケエンジニアリングは,冷却原子系や電子系で発展してきたが,近年磁性体の制御にも適用されはじめている.例えば,標準的な磁性絶縁体に円偏光レーザーを照射し磁化を生成・成長させる方法が提案されている.これはレーザー周波数のエネルギースケールに対応する大きな静磁場が有効模型に現れることに由来する.レーザーによるスピン流生成は超高速スピントロニクスの主要テーマの一つであり,特異な光・物質結合を持つマルチフェロイクス(強誘電磁性体)が注目されている.この系ではスピンはレーザーの磁場成分だけでなく電場にも応答する.あるクラスのマルチフェロイクスに円偏光レーザーを照射するとベクトルスピンカイラリティ(またはジャロシンスキー・守谷相互作用)が生じることが有効模型・数値計算から示唆される.これを利用したスピン流の生成,およびその検出方法について,現実的な実験セットアップの理論提案もなされている.レーザーを用いた物性制御は従来型秩序にとどまらず,系のトポロジカル秩序をも変化させられる.その具体例としてキタエフ模型への円偏光レーザー印加の研究がある.有効模型に生じるホッピング項がスピン液体基底状態にギャップをもたらし,系をエッジ状態を持つトポロジカルな状態へと変化させることが予言される.