著者
張 奕勁 岩佐 義宏
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.11, pp.771-776, 2014-11-05 (Released:2018-09-30)

日常の範囲を超えて物質を小さくしていくと,それまでとは全く違った性質が現れる.例えば,黒鉛(グラファイト)は,身近なところでは鉛筆の芯をはじめとして広く使われているが,数ナノメートル(10^<-9>m)程度まで薄くすることで最先端の物理現象の舞台になる.グラファイトは層状の物質であり,一層分を取り出したものはグラフェンと呼ばれる.2004年に初めてグラフェンの抽出に成功すると,スコッチテープで剥がすだけというその簡便さも相まってグラフェンの研究が世界的に進展した.グラフェンの特徴はそのバンド構造にある.フェルミ準位近傍にはディラックコーンと呼ばれるバンドギャップのない線形分散があり,電子は質量のないフェルミ粒子のように振る舞う.これにより,室温における量子ホール効果など顕著な量子現象が現れ,数多くの物理学者・材料科学者を引きつけた.ナノ物質の新たな側面を引き出したグラフェンの研究に対して,2010年にノーベル物理学賞が授与されたことは記憶に新しい.グラフェンにおける新物性の出現は,何層も積み重なった3次元的なグラファイトから単層という純粋に2次元的なグラフェンへの変化に由来する.同様の効果は層状物質に普遍的に期待できるものであり,スコッチテープ法はその確立から程なく多種多様な層状物質へと応用されるようになった.その中でも,遷移金属カルコゲナイド(Transition Metal Dichalcogenide; TMD)と呼ばれる物質が有名である.本稿では,TMDをベースにした,単層ないしは数層の2次元結晶における電界効果物性について解説する.単層TMDはグラフェンと非常によく似た結晶構造を持っているが,グラフェンと異なりディラックコーンにギャップが開いて半導体になっているという違いがある.バンドギャップの存在は,ON/OFF比が10^8以上というスイッチング性能の高い電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor; FET)動作を可能にした.さらに,TMDを電気二重層トランジスタ(Electric Double Layer Transistor; EDLT)と呼ばれる新しい種類のFETと組み合わせると,高いON/OFF比に加えて電界効果による超伝導転移も誘起することができる.EDLTによって観測された超伝導転移温度T_cは,ゲート電圧によるキャリア数の増加とともに上昇するが,最高で10.5Kに達した後,降下する.すなわち,T_cは状態密度とともに上昇するのではなく,あるキャリア濃度で最適値を持つのである.一方,バンドギャップの存在はTMD単層が反転対称性のない結晶構造を持っていることに由来するが,この対称性の破れは他の効果ももたらす.TMDは複数のフェルミポケット(バレーと呼ばれる)を持っているが,対称性の破れのためにこれらバレーが上向き/下向きスピンのように電荷に新しい自由度を与える.同時に,バレー自由度を光の左右の円偏光によって制御することが可能になる.ギャップの大きさは可視光領域の光のエネルギーに対応しており,光・バレー物性を用いたデバイス応用も期待できる.例えば,TMD-EDLTが両極性トランジスタ動作を示すことを応用すると,円偏光発光ダイオードを作ることができる.さらに,この発光の偏光方向は電流の向きによって制御することができる.この電気的な制御性は,現存する他の円偏光発光素子では実現できないユニークなものである.以上のようにTMD2次元結晶は多くの可能性を秘めた物質であるが,EDLTと組み合わせることによってその可能性を最大限に引き出すことができると期待される.TMDには様々な物質が存在するため,今後,広範囲にわたる研究が待たれる.
著者
岩佐 義宏 竹延 大志 下谷 秀和 笠原 裕一 竹谷 純一 田口 康二郎
出版者
東北大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2005

有機半導体-絶縁体界面、有機半導体-電極金属界面のナノスケール制御によって、(1)有機半導体最高のキャリア易動度の実現、(2)有機トランジスタ初の、ホール効果の測定、(3)有機単結晶を用いた両極性発光トランジスタの実現、(4)電気二重層トランジスタによる世界最高の横伝導度の達成、など有機トランジスタの高性能化、新機能発現に貢献する4つの顕著な成果を上げた。