- 著者
-
島 知弘
- 出版者
- 東京大学
- 雑誌
- 特別研究員奨励費
- 巻号頁・発行日
- 2007
細胞質ダイニンは、モーター活性を担う重鎖が二量体を形成して働いている。昨年度、私は別々に精製した単量体重鎖2つを二量体化させることに成功し、これによって二つの重鎖間の制御の実態を研究することが可能になった。本年度私は、まず一方の重鎖をATPと結合できずモーター活性のない、いわゆる「死んだ」変異体(P1T変異体)に代えたヘテロ二量体を作成した。P1T変異体はそれ自身では微小管から解離せず動かないはずであるが、このヘテロ二量体は1分子で微小管上を長距離運動した。この挙動はキネシンなどでは報告されておらず、ダイニン特有のものである。P1T変異体はATPと結合しないため、ATP加水分解に伴う力発生が起こらない。つまりこの結果は、細胞質ダイニンのプロセッシブな歩行には、片方の重鎖のATP加水分解過程の進行や力発生が不要であることを示している。一方の重鎖の力発生なしで二足歩行するという現象は、2つの重鎖が交互に力発生を繰り返して進むという従来型のモデルでは説明できないので、この野生型/P1Tヘテロ二量体ダイニンの運動様式を詳細かつ定量的に調べることで、分子モーターの新たな動作機構を発見することができるかもしれない。したがって今後は、光ピンセットやFIONAを用いて、野生型/P1Tヘテロ二量体ダイニンが微小管上をステップする様子を計測することで、野生型およびP1T変異体各重鎖のステップサイズ・Dwell time・力などを明らかにすることが必要とされる。またP1T変異体はそれ自身では、微小管から解離しないにもかかわらず、野生型とのヘテロ二量体になるとプロセッシブに動くことができるということから、二つの重鎖の間に機械的な張力がかかっており、片方の重鎖がもう一方の重鎖を微小管から引き離すような仕組みが存在していることが示唆される。この機械的な張力の伝達部位としては、二つのダイニン重鎖が結合している尾部末端が最も可能性が高いと考えられたが、尾部末端に柔軟なリンカーを挿入し、尾部末端を介した張力が伝わらないよう設計した二量体組換えダイニンが、リンカーを挿入していないものと同様にプロセッシブに運動することが確認された。この結果は、ダイニン重鎖の尾部末端以外の領域に、機械的な張力を伝達できる程度の強い重鎖間相互作用を示す部位が存在することを示唆している。今後は、新たなダイニン重鎖相互作用部位を同定することによって、細胞質ダイニンのプロセッシブな運動を達成させている重鎖間の制御の実態を解明できるものと期待される。