- 著者
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川口 敦子
- 出版者
- 日本語学会
- 雑誌
- 國語學 (ISSN:04913337)
- 巻号頁・発行日
- vol.51, no.3, pp.1-15, 126, 2000-12-30
ヴァティカン図書館蔵写本Reg. Lat. 459.(バレト写本)ではジ=ji,ヂ=jji,ズ=zu,ヅ=zzuと表記しているが,ズヅの混乱例がジヂに比べて非常に多い。国内文献ではズヅの混乱例は極めて少ないのであって,バレト写本の表記が当時の日本語における四つがなの混乱の状態をそのまま反映しているとは言い難い。16世紀末当時のポルトガル語やスペイン語では破擦音はすでに失われており,ロドリゲスなどの文典からは,当時のヨーロッパ人にとって特にヅの発音が困難であったことがわかる。当然,聞き取りにも困難を感じたはずで,ヅをズと聞き誤ることも多かったと考えられる。外国人宣教師にとってはジヂよりもズヅの区別が難しかったのである。バレト写本におけるズヅ表記の混乱の多さは,その成立のある段階で音声を介在させていたと考えることによって説明がつく。写本のローマ字表記については,ヨーロッパ人の母語の干渉によって歪められた日本語の姿が映し出されている可能性も十分考慮に入れなければならない。