著者
川崎 惣一
出版者
宮城教育大学附属教育復興支援センター
雑誌
教育復興支援センター紀要 = Bulletin of Support Center for Revival in Education, Miyagi University of Education (ISSN:21884080)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.61-72, 2015-03-11

近年,欧米やアジア諸国において注目されている教育実践として,「子どもの哲学(p4c:philosophy for children)」がある。これは「対話による探究」の実践である。本論はクリティカル・シンキングとの比較を行うことで「子どもの哲学」の意義を明らかにすることを目指すものである。 「子どもの哲学」は創造性を重視しており,新たな問いを立てることの重要性を強調していることに加え,問いそのものに対する前向きな態度や,他者および文脈に対する感受性を持つことをその柱の一つとしているのに対して,クリティカル・シンキングは「思考の質を高めること」に重点を置いている。このことから,両者は,互いに支え合い,含み合うような(楕円の二つの中心のような)関係のもとで,「子どもの哲学」がクリティカル・シンキングの基盤を形成しつつ,同時に後者の習得が前者のさらなる発展・深化を可能にする,そのような関係性にあると理解できるように思われる。
著者
川崎 惣一
雑誌
宮城教育大学紀要 = Bulletin of Miyagi University of Education (ISSN:13461621)
巻号頁・発行日
vol.48, pp.89-99, 2014-01-27

本論の目的は、人間が生きるうえで必要不可欠である「食べること」という営みが、人間と自然との関わりをどのように規定しているのかという問題について、人類の歴史を振り返りつつ、哲学的に考察を加えることにある。人間と動物は「食べること」において共通しており、「食べること」を通して栄養素を摂取することで、活動のエネルギーを得るだけでなく、自らを新たに作り出してもいる。しかし、人間において特徴的なのは、「食べること」それ自体が楽しみとして追求されるという点である。この点において人間の「食べること」は、生命的な次元を超え出ていると言える。火を使って料理することは、「食べること」によるカロリー摂取の効率を上げることを可能にし、これによって人類は独自の進化をとげることに成功した。火の使用による料理は、人間が自然を自らの意志に従わせる基本的な手段となった。料理はまた集団の成員がともに食べるという習慣を生み出したことで、文化の成立・発展に寄与した。さらに食料の生産を目的とした農耕が始まり、人間は自然を積極的かつ組織的に改変・利用するようになった。時代を経て、いまや人間は、量と質の両面において自然を過度に改変し、そのことが人間自身に悪影響を与え、人類の存続そのものを危うくするに至っている。こうしたさまざまな問題を検討するためにも、「食べること」をめぐって、たとえば人間が何をどのように食べているかを文化的および歴史的に振り返ることで、人間と自然との関わりをあらためて問い直すことが重要である。
著者
川崎 惣一
雑誌
宮城教育大学紀要 = BULLETIN OF MIYAGI UNIVERSITY OF EDUCATION
巻号頁・発行日
vol.56, pp.91-101, 2022-01-31

自我アイデンティティは自分自身の同一性と持続性の自覚であるが、つねに生成の途上にあり、変化しつつあるものでもある。道徳的アイデンティティは道徳性に関するアイデンティティであり、私たちの道徳的判断基準の基盤となっている。道徳的アイデンティティは、自身が帰属意識をもつコミュニティのなかで身につけられるものであり、私たちは自身の属するコミュニティにおいて「善き生」のイメージを生き方のモデルとして受け取る。ただしそれは無条件にではなく、私たちはコミュニティ内部で共有されている価値や規範に違和感を覚えたり反発したりすることもある。道徳的心理学は私たちの道徳的行動が思考よりもむしろ直観や情動に強く影響されていることを証拠立てているが、道徳的アイデンティティはこうした直観や情動のレベルと結びついたものであり、思考によって吟味されたり矯正されたりする。