著者
川村 太一
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

当年度は研究期間の最終年度であり、これまでの研究成果の発表や得られた成果を統合した議論を行った。研究課題であった重力計データを用いた月震波解析では新たな観測点を加えた拡大された観測ネットワークを用いて過去の観測の観測バイアスを詳細に調べ、観測バイアスを考慮した深発月震の震源分布に議論した。その結果現在観測されている深発月震の震源の帯状の分布が観測バイアスによるものではなく、実際の震源分布を反映したものである事をあきらかにした。この結果は過去の深発月震の研究で想定されていた均質な月のモデルや1次元の層構造を持った月モデルでは説明できない現象であり、月の内部が水平方向にも不均質な構造を持つ事を示唆する重要な結果である。また、月内部構造に迫る手段として周波数解析とそれを用いた月震の震源仮定の推定も行った。周波数解析ではこれまで独立に用いられてきたアポロの短周期月震計と長周期月震計のデータを数値的に合成し、より広帯域のデータを用いた解析を行った。これにより深発月震の際に月内部で0.1MPa程度の応力降下が起きている事を示した。このような研究は過去にも行われてきたが本研究では複数の震源の多数のイベントについて行っており、より一般的な深発月震の発震機構の議論が可能になった。この応力降下量の値は深発月震の震源域の圧力と比較してきわめて小さい。この事は深発月震の震源域では効率よく応力を解放する構造や摩擦係数を小さくするメルトが存在するなどの可能性を示唆するものである。最後に月震観測で観測された隕石衝突についても解析を行った。本研究では隕石衝突の衝突サイトの空間分布を調べ、理論的に予測されているクレーター生成率不均質が月震データでも観測されている事を示した。月震観測で観測された隕石衝突は他の研究で観測されているものよりも小さなものが多く、そのような小さな隕石衝突でも不均質な分布が検出できたことは重要な示唆を持つ。このように今年度の研究では月震データを軸に多角的な研究を行った。その中でも震源分布や月震の発震機構の研究から月の内部構造、内部の状態について示唆する結果が得られた事は非常に大きな意義を持つ。