著者
張 捷
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.267-287, 2012-12-26

山鹿素行(一六二二~一六八五)は,江戸時代初期の儒学者,兵学者であ り,山鹿流兵法の開祖,古学派の先駆けである。『孫子諺義』を含む『七書諺 義』は,素行の兵学思想が最も円熟した時期の著作である。本稿では,『孫子 諺義』を中心資料として,素行後期の兵学思想に考察を加えた。 『孫子』の日本伝来については,『日本書記』や『三国史記』に基づいて, 四〇八年以前に大陸から朝鮮半島へ伝わり,五二七年以前に朝鮮半島から日 本へ伝わったという新たな仮説を提出した。『孫子』の版本には,『魏武帝注 孫子』と『十一家注孫子』との二系統に分けられるが,『孫子諺義』では,『魏 武帝注孫子』すなわち『武経七書』系統を利用した可能性が高い。素行は, 訓をもって字句ごとに極めて詳細に注釈し,他学者の見解も列挙し,一定 の融通性を示している。『孫子諺義』の執筆期間は一ヶ月未満であるにもかか わらず,大量の資料を引用し詳しく解説していることから,素行の博覧強記 ぶりが伺える。素行の兵学思想は,「詭道」と「五事」の「道」についての解 釈から見える。同じ「道」の字であるが,意味・内容が異なっており,混同 しやすく,長い間兵学は儒学的観点から異端視された。素行は「詭」を奇, 権,変と解釈し,「詭道」を合戦する際に敵が予想できない勝利を制する手段 としている。素行の「士道論」,即ち武士の職分には『孫子』の「五事」の「道」 の影響が見える。武士は君主と農工商の三民との架け橋であり,忠を尽くす ことや,三民を教化することなどによって上下の心を一つにする。素行は, 伝統的な奉公の忠誠心に,儒教の人倫を実践する主張と,兵学の管理の方策 に加えて,新たな職分論を提出した。『孫子諺義』を完成した時期は,素行が 中国の文化から離脱しようと主張した時期であるが,漢文化の影響が色濃く 残っているので,晩年の著作を見ると,素行は漢文化から完全に離脱するこ とはできなかったと言える。
著者
張 捷
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.12, pp.267-287, 2012

山鹿素行(一六二二~一六八五)は,江戸時代初期の儒学者,兵学者であ り,山鹿流兵法の開祖,古学派の先駆けである。『孫子諺義』を含む『七書諺 義』は,素行の兵学思想が最も円熟した時期の著作である。本稿では,『孫子 諺義』を中心資料として,素行後期の兵学思想に考察を加えた。 『孫子』の日本伝来については,『日本書記』や『三国史記』に基づいて, 四〇八年以前に大陸から朝鮮半島へ伝わり,五二七年以前に朝鮮半島から日 本へ伝わったという新たな仮説を提出した。『孫子』の版本には,『魏武帝注 孫子』と『十一家注孫子』との二系統に分けられるが,『孫子諺義』では,『魏 武帝注孫子』すなわち『武経七書』系統を利用した可能性が高い。素行は, 訓をもって字句ごとに極めて詳細に注釈し,他学者の見解も列挙し,一定 の融通性を示している。『孫子諺義』の執筆期間は一ヶ月未満であるにもかか わらず,大量の資料を引用し詳しく解説していることから,素行の博覧強記 ぶりが伺える。素行の兵学思想は,「詭道」と「五事」の「道」についての解 釈から見える。同じ「道」の字であるが,意味・内容が異なっており,混同 しやすく,長い間兵学は儒学的観点から異端視された。素行は「詭」を奇, 権,変と解釈し,「詭道」を合戦する際に敵が予想できない勝利を制する手段 としている。素行の「士道論」,即ち武士の職分には『孫子』の「五事」の「道」 の影響が見える。武士は君主と農工商の三民との架け橋であり,忠を尽くす ことや,三民を教化することなどによって上下の心を一つにする。素行は, 伝統的な奉公の忠誠心に,儒教の人倫を実践する主張と,兵学の管理の方策 に加えて,新たな職分論を提出した。『孫子諺義』を完成した時期は,素行が 中国の文化から離脱しようと主張した時期であるが,漢文化の影響が色濃く 残っているので,晩年の著作を見ると,素行は漢文化から完全に離脱するこ とはできなかったと言える。