- 著者
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日隈 正守
- 出版者
- 鹿児島大学
- 雑誌
- 鹿児島大学教育学部研究紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:03896684)
- 巻号頁・発行日
- vol.54, pp.23-38, 2003-03-18
本稿では,大隅・薩摩両国に存在する万得(徳)領について再検討を加えた。その結果万得価は,11世紀末から12世紀初期の間に大隅・薩摩両国の国管に拠り設定されたと考えられる。万得領の設定目的は,大隅・薩摩国内の主要な神社の神事用途を弁済するためであると考えられる。大隅国内においては,大隅国正八幡宮が国内最有力の神社であるので,大隅国内の万得価の年貢は,主に大隅国正八幡宮の神事用途に使用された。この事実が前提となり,大隅国内では,荘園公価制の大枠が形成された12世紀前期に,大隅国内の万得領は大隅国正八幡宮の半不輸価化した。薩摩国内の万得領は,当初新田八幡宮等国内の有力神社の神事用途を負担していた。しかし平安後期薩摩国管と新田八幡宮とが浮免田設定や修造に関して対立する様になると,薩摩国管の在庁官人達は自分達が領有している万得領を大隅国正八幡宮に半不輸領として寄進した。その結果,薩摩国内の万得領も大隅国正八幡宮領化した。