著者
松尾 篤 吉川 歩実 森岡 周
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに】医療者と患者間のコミュニケーションの成功は,最良の理学療法を提供する上で重要な要素であることは言うまでもない。また,チーム医療の実践においても患者やスタッフ間での有機的なコミュニケーションは欠かすことができない。コミュニケーションにおける非言語的要素の例としては表情が挙げられ,臨床場面においても患者の表情から感情を読み取り,他者の心的状態を理解しようとする行為とともに理学療法が実践されている(Roberts L, 2007)。しかしこれまでの研究では,他者の表情から感情理解を行う際の自身の表情について十分に議論されていない。対人コミュニケーションという双方向性の社会的行動という観点から考えると,表情を読み取る側の表情変化にも注目すべきであると考える。また,他者の感情理解の性差に関する報告は存在するが,一定の見解は得られていない。そこで本研究では,理学療法における情意領域の教育にとっても重要な他者の感情を理解する際の自己の表情変化の影響と性差を検討し,また他者意識の高さと感情理解の関係性を検証することを目的とする。【方法】研究参加者は健常大学生99名(男性45名,女性54名,平均年齢21.08±1.1歳)とし,全参加者がアジア版Reading the Mind in the Eyes Test(野村・吉川:2008,以下,RMET)を実施した。RMETでは,ノート型PC画面上に男女様々な目の写真を2秒間提示し,その後画面上に目の写真が表す感情を含んだ4種類のテキストが提示された。参加者は,可能な限り速く,写真が表す感情を示す正解テキストに対応したボタンを押すことで回答した。練習セッションを10画像実施し,その後に36画像の実験セッションを行った。RMETの実施条件として,参加者を以下の3群に割り付けた。模倣群では,提示された目の画像を自身で模倣するよう指示し,模倣しながらRMETを実施した。パック群では,参加者の顔にフェイスパックを設置し,表情を固定した状態でRMETを実施した。コントロール群では,特に事前処置,口答指示を与えずにRMETを実施した。表情筋の活動を捉えるため,筋電図にて皺眉筋の活動をモニターした。アウトカムは,RMET正答率,他者に対する内的・外的意識を質問紙で回答する他者意識尺度とした。統計分析は,RMET正答率の群間・男女比較にMann Whitney test,Kruskal-Wallis testを使用し,RMET正答率と他者意識尺度の関係性にはSpearmanの順位相関係数を使用して分析を実施した。【結果】RMET正答率の群間比較において,男性では模倣群がパック群と比較して有意に高い正答率(P<0.05)であったが,女性では3群間に有意な差を認めなかった。RMET正答率の男女比較では,男性に比べて女性の正答率が有意に高く(P<0.05),また女性は提示画像の性差に関わらず同様の正答率であるのに対して,男性では女性画像提示時よりも男性画像提示時のRMET正答率が有意に高かった(P<0.05)。RMET正答率と他者意識尺度の相関分析では,男性においてのみ有意な正の相関関係を認めた(r=0.3,P<0.05)。【考察】女性は男性よりも他者の感情理解に優れており,男性においてのみ他者の表情を模倣することによって感情理解が促進された。これには脳の機能的性差と性役割や環境要因が関係していると考えられる。女性では,共感に関与する言語関連領域が男性よりも広範囲に存在しており,また子育てなどの共同体中心的な性役割を有していることからも他者理解に優れていると考えられる。一方,男性では狩猟採集民としての男性社会での競争,権力,社会的地位などの性意識や環境要因が強く,他者との共存,あるいは他者,特に女性を理解することに困難を経験すると言われている(Schiffer B, 2013)。しかしながら,他者の表情を模倣することで,他者理解が促進されることから,模倣による脳内の言語関連領域や共感システムの活性化が関与していることが示唆される。理学療法教育の現状では情意面に対する具体的な教育実践が不十分である。今後は,言語・非言語情報を含めた医療コミュニケーションを主軸とした,医療者として患者を理解するという共感的行動を育むような実践的教育が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】本研究は,他者の感情理解と自己の表情表出の関係性および性差を扱った研究である。理学療法学との関連性は,医療コミュニケーションは理学療法の根幹に位置する重要な要素であり,チーム医療の推進にとっても大切な要因である。本研究の結果が,理学療法の成果を支える対人行動時の共感メカニズム解明の一助を果たした意義は大きいと考える。
著者
松尾 篤 草場 正彦 進戸 健太郎 冷水 誠 岡田 洋平 森岡 周 関 啓子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.B3P3295, 2009

【目的】脳卒中後の運動障害治療として,ミラーセラピーが臨床応用されつつある.この治療は,上下肢の鏡映像錯覚を利用して,運動前野領域を活動させ,患肢の運動イメージ生成を補助する有効な手段とされている(Yavuzer, 2008).我々もミラーセラピーの臨床応用を試み,幾つかの有効性に関する知見を報告してきた.また,最近では運動観察治療も運動障害治療の手段として報告されている.運動観察治療は,他者の意図的行為を観察した後に,自身で身体練習を反復実施する治療であり,脳卒中患者での有効性も報告されている(Ertelt, 2007).今回は,健常者における複雑で精緻な手の運動学習課題を使用して,ミラーセラピーと運動観察治療の効果を明らかにすることを目的とする.<BR>【方法】研究内容を説明し同意を得た右利き健常大学生30名(平均年齢22.5±2.8歳)を対象とし,参加条件としては右手でペン回しが可能なこととした.ペン回しとは,母指,示指と中指を巧緻に操作ながら,把持したペンの重心を弾いて母指を中心に回転させる課題である.本研究では左手でのペン回し課題を運動学習課題とした.30名をランダムに3つのグループに各10名ずつ割り付けた.グループは,ミラーセラピー(MT)群,運動観察(OB)群,身体練習のみ(PP)群とし,MT群とOB群は5分間の身体練習に加えて各介入を実施した.MT群では,作成したミラーボックス内の正中矢状面に鏡を設置し,右手でのペン回し鏡映像が,左手でペン回しを実施しているかのような錯覚を惹起するように設定し,5分間ミラーセラピーを実施した.OB群では,あらかじめ撮影したペン回し映像をPC上で表示し,対象者は安静座位の肢位でこの映像を5分間観察した.PP群では,5分間の左手でのペン回し練習のみとした.介入期間は10分間/日で5日間とし,測定は介入前と介入期間中の計6回実施した.測定アウトカムは,左手でのペン回し成功回数,3軸平均加速度とした.分析には二元配置分散分析を実施し,有意水準は5%未満とした.<BR>【結果】ペン回し成功回数は,介入前と比較して介入1日目から順に5日目まで増加し(P<0.001),グループ間にも主効果を確認した(P<0.001).特に,MT群においてはOB群,PP群に比較して介入1日目の変化率が大きいことが観察された.3軸平均加速度にはグループ間で有意差を認めなかった.<BR>【考察】本研究の結果から,健常者における新規で巧緻な手の運動学習では,ミラーセラピーを身体練習に組み合わせることが,運動観察や身体練習のみの場合よりも効果的な方法であることが示唆された.また,介入直後の変化がMT群で大きなことから,ミラーセラピーは運動学習初期の段階で,新規運動課題の運動イメージ生成をより効率的に促進させる効果がある可能性が示唆された.今後の臨床においても,より効果的なミラーセラピーの適応を検討していく必要がある.
著者
生野 公貴 北別府 慎介 梛野 浩司 森本 茂 松尾 篤 庄本 康治
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.37, no.7, pp.485-491, 2010-12-20
被引用文献数
1

【目的】本研究の目的は,脳卒中患者に対する1時間の末梢神経電気刺激(PSS)と課題指向型練習の組み合わせが上肢機能に与える影響を検討することである。【方法】脳卒中患者3名をベースライン日数を変化させた3種のABデザインプロトコルに無作為に割り付け,ベースライン期として偽刺激(Sham)治療,操作導入期としてPSS治療を実施した。1時間のSham治療およびPSS治療後に課題指向型練習としてBox and Block Test(BBT)を20回行い,練習時の平均BBTスコアの変化を調査した。さらに,PSS治療後24時間後にBBTを再評価した。【結果】全症例Sham治療後と比較して,PSS治療後に平均BBTスコアが改善傾向を示した{症例1: +4.9(p<;0.05), 症例2: +3.1, 症例3: +5.7(p<0.05)}。全症例の24時間後のBBTスコアが維持されていた。また,PSSによる有害事象はなく,PSSの受け入れは良好であった。【結論】1時間のPSSは課題指向型練習の効果を促進させ,24時間後もその効果が維持される可能性がある。