著者
徳久 謙太郎 鶴田 佳世 宇都 いづみ 梛野 浩司 岡田 洋平 生野 公貴 高取 克彦 松尾 篤 冷水 誠 庄本 康治
出版者
一般社団法人日本理学療法学会連合
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.34, no.6, pp.267-272, 2007-10-20 (Released:2018-08-25)
参考文献数
15
被引用文献数
20

我々はハンドヘルドダイナモメーター(HHD)を使用した,徒手による等尺性膝伸展筋力測定の際に問題となる「検者のHHD固定能力不足」を改善した新しい測定方法を考案した。本研究の目的は,虚弱高齢者を対象に,この新測定法の男女検者間再現性,妥当性,簡便性を明らかにし,本法の臨床的有用性を検討することである。対象は当院通所リハビリテーションを利用している虚弱高齢者31名(男性9名,女性22名,平均年齢81.6±6.1歳)である。各対象者に対して等尺性膝伸展筋力測定を,本法にて男女検者が1回ずつ,ベルトでHHDを固定する方法(ベルト法)にて1回,合計3回実施した。また本法とベルト法による筋力測定所要時間を検者にマスクした状態で測定した。結果として,男・女性検者による本法での測定値間の級内相関係数は0.96であり,男女検者間再現性は良好であった。本法(男・女検者)とベルト法での測定値の3群間に統計学的有意差は認められず,ベルト法と本法での測定値間の級内相関係数は,男性検者で0.89,女性検者で0.90であり,併存的妥当性は良好であった。本法による1回の筋力測定所要時間は,ベルト法より有意に短く(p<0.05),平均2分12秒であった。この新測定法は虚弱高齢者の等尺性膝伸展筋力測定を行うにあたり,臨床的に有用な測定方法であることが示唆された。
著者
生野 公貴 松尾 篤 吉川 奈々 中原 彩希 庄本 康治 森本 茂 鍋島 祥男
出版者
Japanese Society for Electrophysical Agents in Physical Therapy
雑誌
物理療法科学 (ISSN:21889805)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.69-74, 2014 (Released:2022-09-03)
参考文献数
24

本研究は脳卒中後重度感覚障害に対する経頭蓋直流刺激(tDCS)と理学療法の併用治療の有効性をシングルケースデザインで検討した.症例は左視床出血後約3年経過した50歳代の男性である.表在および深部感覚は脱失で,右上肢に著明な感覚性失調を認めていた.tDCSは左体性感覚野に陽極を置き,刺激強度は2 mAとした.介入頻度は週1回20分とし,続いて40分の上肢練習を行った.練習セッションとベースライン測定に続いて,3セッション目をSham刺激,続く5セッションは真の刺激として,計8セッションの介入を実施した.評価は9-Hole Peg Test, Box and Block Test,感覚検査を実施した.その結果,tDCSによる有害事象はなかった.Sham刺激期間と比較してtDCS期間での全評価項目の有意な改善は認めなかった.感覚障害に対するtDCSは安全に実施可能であったが,本症例の運動および感覚障害に対して明らかな効果を認めなかった.
著者
前岡 浩 松尾 篤 冷水 誠 岡田 洋平 大住 倫弘 信迫 悟志 森岡 周
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2015, 2016

【はじめに,目的】痛みは不快を伴う情動体験であり,感覚的,認知的,情動的側面から構成される。したがって,知覚される痛みは刺激強度だけでなく,不快感などの心理的状態にも大きく影響を受ける。特に,慢性痛では認知的および情動的側面が大きく影響することが報告され(Apkarian, 2011),運動イメージ,ミラーセラピー,バーチャルリアリティなどの治療法が提案されている(Simons 2014, Kortekass 2013)。しかしながら,これらの治療は主に痛みの認知的側面の改善に焦点を当てており,情動的側面からのアプローチは検討が遅れている。そこで今回,痛みの情動的側面からのアプローチを目的に,情動喚起画像を利用した対象者へのアプローチの違いが痛み知覚に与える影響について検証した。【方法】健常大学生30名を対象とし,無作為に10名ずつ3群に割り付けた。痛み刺激部位は左前腕内側部とし,痛み閾値と耐性を熱刺激による痛覚計にて測定し,同部位への痛み刺激強度を痛み閾値に1℃加えた温度とした。情動喚起画像は,痛み刺激部位に近い左前腕で傷口を縫合した画像10枚を使用し,痛み刺激と同時に情動喚起画像を1枚に付き10秒間提示した。その際のアプローチは,加工のない画像観察群(コントロール群),縫合部などの痛み部位が自動的に消去される画像観察群(自動消去群),対象者の右示指で画像内の痛み部位を擦り消去する群(自己消去群)の3条件とした。画像提示中はコントロール群および自動消去群ともに自己消去群と類似の右示指の運動を実施させた。評価項目は,課題実施前後の刺激部位の痛み閾値と耐性を測定し,Visual Analogue Scaleにより情動喚起画像および痛み刺激の強度と不快感,画像提示中の痛み刺激部位の強度と不快感について評価した。統計学的分析は,全ての評価項目について課題前後および課題中の変化率を算出した。そして,課題間での各変化率を一元配置分散分析にて比較し,有意差が認められた場合,Tukey法による多重比較を実施した。統計学的有意水準は5%未満とした。【結果】痛み閾値は,自己消去群が他の2群と比較し有意な増加を示し(p<0.01),痛み耐性は,自己消去群がコントロール群と比較し有意な増加を示した(p<0.05)。また,課題実施前後の痛み刺激に対する不快感では,自己消去群がコントロール群と比較し有意な減少を示した(p<0.05)。【結論】痛み治療の大半は投薬や物理療法など受動的治療である。最近になり,認知行動療法など対象者が能動的に痛み治療に参加する方法が提案されている。本アプローチにおいても,自身の手で「痛み場面」を消去するという積極的行為を実施しており,痛みの情動的側面を操作する治療としての可能性が示唆された。
著者
生野 公貴 北別府 慎介 梛野 浩司 森本 茂 松尾 篤 庄本 康治
出版者
日本理学療法士学会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.37, no.7, pp.485-491, 2010-12-20 (Released:2018-08-25)
参考文献数
22
被引用文献数
1

【目的】本研究の目的は,脳卒中患者に対する1時間の末梢神経電気刺激(PSS)と課題指向型練習の組み合わせが上肢機能に与える影響を検討することである。【方法】脳卒中患者3名をベースライン日数を変化させた3種のABデザインプロトコルに無作為に割り付け,ベースライン期として偽刺激(Sham)治療,操作導入期としてPSS治療を実施した。1時間のSham治療およびPSS治療後に課題指向型練習としてBox and Block Test(BBT)を20回行い,練習時の平均BBTスコアの変化を調査した。さらに,PSS治療後24時間後にBBTを再評価した。【結果】全症例Sham治療後と比較して,PSS治療後に平均BBTスコアが改善傾向を示した {症例1:+4.9(p < ;0.05),症例2:+3.1,症例3:+5.7(p < 0.05)}。全症例の24時間後のBBTスコアが維持されていた。また,PSSによる有害事象はなく,PSSの受け入れは良好であった。【結論】1時間のPSSは課題指向型練習の効果を促進させ,24時間後もその効果が維持される可能性がある。
著者
冷水 誠 岡田 洋平 前岡 浩 松尾 篤 森岡 周
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0726, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】効果的な運動学習には学習者の動機づけが重要である。この動機づけの1つとして金銭報酬が運動学習を向上させることが報告されている。しかし,金銭報酬はその報酬が取り除かれた際に動機づけが低下するアンダーマイニング効果の存在が明らかにされている。一方,ヒトでは承認や有能感という他者との関わりも動機づけを高めることが知られており,他者からの信頼評価や他者との比較による有能感が効果的な運動学習を導くと報告されている。このように,金銭報酬および他者との関わりそれぞれが運動学習に与える影響については明らかにされているものの,これらの学習効果の違いに関しては不明である。そこで本研究の目的は,他者との関わりとして他者結果との比較が,金銭報酬と比較して運動学習およびモチベーションに与える影響を検証することとした。【方法】対象は右利き健常大学生39名(男性18名,女性21名,平均年齢21.6±1.49歳)とし,13名ずつ無作為にコントロール群,金銭報酬群,他者比較群の3群に割り当てた。学習課題は非利き手でのボール回転課題とし,対象者は2個のボール(直径4.2cm,重量430g)を把持し,20秒間を1試行として可能な限り回転させるよう指示された。実施手順として,対象者はまず初期学習効果を除くために6試行×2セットの練習を実施し,その後1試行ずつ第1セッション(1st),第2セッション(2nd),第3セッション(3rd)を実施した。各セッション間には3分間の自由時間(1st-2nd間;第1自由時間,2nd-3rd間;第2自由時間)を設けた。すべての群において,対象者は1stから3rdにかけて自身の結果に関するフィードバックを受け,できるだけ回転数を増大させるよう指示された。コントロール群では自身の結果のフィードバックのみに対し,金銭報酬群では1stから2ndにかけて,回転数が増大した場合に金銭(500円)を付与することを伝えた。ただし,2nd終了後,3rdにかけて金銭付与はないと伝えた。他者比較群では,自身の結果のフィードバックに加えて,1stから2ndにかけて事前に計測した20名の結果(1stから3rd)を同年代の結果として提示した。全対象者ともに,各自由時間では休息や練習を強制せず自由とし,その様子をビデオに撮影した。評価項目はボール回転課題における回転数とし,1st・2ndおよび3rdにて計測した。また,自由時間中のビデオ映像から,自主練習量として対象者が2つのボールに触れた時間をカウントした。統計学的分析はボール回転数について,反復測定二元配置分散分析(群×セッション)にて検定した。自主練習量は各自由時間において,各群における違いを一元配置分散分析にて検定した。また,両分析ともに多重比較検定にはTukey's multiple comparisons testを用いた。統計学的有意水準はすべて5%未満とした。【結果】ボール回転数は群による主効果は認められず,セッションによる主効果および交互作用が認められた(p<0.05)。多重比較の結果,コントロール群では1stと3rd間のみ有意差が認められ(p<0.05),金銭報酬群では1stと2nd・3rd間のみ有意差が認められた(p<0.05)。他者比較群では1stと2nd・3rd間および2ndと3rd間のすべてに有意差が認められた(p<0.05)。自主練習量は第1自由時間において各群の有意差は認められず(p=0.07),第2自由時間において有意差が認められ,多重比較の結果コントロール群と比較して他者比較群が有意に多かった(p<0.05)。【考察】本研究の結果,金銭報酬群では金銭報酬がなくなる2ndと3rd間のみ有意な学習が得られなかった。このことは,金銭報酬がなくなったことによるアンダーマイニング効果が生じたことによる動機づけ低下の影響と考えられる。これに対し,他者比較群では各セッションともに段階的に有意な学習効果が認められた。これは他者との結果比較によって有能感を得ようとする動機づけあるいは目標設定となることで達成への動機づけが働き,効果的な学習につながったと考えられる。自主練習量についても,金銭報酬群との間に有意差はないものの,第2自由時間においてコントロール群と比較して有意に多く,最も高値を示していることからモチベーションが維持されていたことが考えられる。【理学療法学研究としての意義】健常成人を対象に,運動学習において金銭報酬と比較して他者との関わりを意識させた結果比較がモチベーションを維持し,効果的な学習をもたらすことが確認できた。臨床場面においても,課題の明確な目標設定はもちろん,他者との関わりを意識した設定とすることで効果的な学習が得られる可能性が示唆される。
著者
前岡 浩 冷水 誠 松尾 篤 森岡 周
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1615, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】ヒトが痛みを知覚する場合,加えられた痛みの強度だけでなく,その時の状況や過去の痛み経験,さらに不快,不安の情動面など様々な影響を受ける。つまり,物理的な痛み刺激が強くない場合でも,痛みに対する不安や不快が強い時,主観的な痛みが増強する場合がある。通常,痛みは持続的または頻回に知覚されるが,頸部や肩部などの痛みの強さが軽度の場合でも,痛みが持続的であると不快感を強く感じることはしばしば経験する。先行研究では,反復した痛みには痛みの慣れが起こり,痛みの強度が減少することは報告されているが,不快や不安などの情動的要因については明らかでない。そこで我々は,反復した痛み刺激に対する情動的要因への影響を検証し,痛みの強度は減少するが不快は持続するという結果を得た。また現在,痛み軽減への介入の一つに,非侵襲性に頭皮上の電極から微弱電流を流し,電極直下領域の脳活動を調整する経頭蓋直流電気刺激(tDCS)が挙げられるが,反復した痛み刺激に対する有効性は十分検討されていない。さらに,痛み関連のtDCS研究では,左背外側前頭前野(DLPFC)領域の刺激による報告が多いが,痛みの強度と不快感に共に関連するとされる右DLPFC領域に関する報告は少ない。そこで今回,反復した痛み刺激に対し右DLPFC領域にtDCSを実施し,痛みの強度,不快,不安への効果について検証したので報告する。【方法】健常大学生20名(女性:10名,男性:10名)を対象とした。反復した痛み刺激強度の決定は,事前に温熱を使用した痛覚計を使用し,左前腕内側部(上腕骨内側上顆から10cm遠位)の疼痛閾値と痛み耐性閾値を測定し,疼痛閾値に1℃加えた温度を痛み刺激強度とした。加えて,左前腕遠位部内側部(上腕骨内側上顆から20cm遠位),右前腕近位内側部も同様に各閾値を測定した。tDCSについて,被験者を陽極(anode)刺激または偽物(sham)刺激から開始する2群に無作為に割り付け,1週間以上間隔を設けた後,刺激条件を入れ替えて再度実施した。tDCSの電極は,陽極を右DLPFC領域,陰極を左眼窩上領域とし,2mAで20分間刺激した。sham条件は,anode条件と同様の電極位置で最初の30秒間のみ通電した。反復した痛み刺激は,左前腕近位内側部に1回6秒間の痛み刺激を60回実施した。評価項目は,tDCS前に痛み閾値,痛み耐性閾値,State-Trait Anxiety Inventory(STAI)を使用し状態不安を測定した。tDCS後の反復した痛み刺激中は,60回の痛み刺激ごとに痛み強度と不快感をVisual Analogue Scale(VAS)にて評価した。痛み刺激終了後に再び痛み閾値,痛み耐性閾値,STAIを測定した。統計学的分析は,痛み閾値,痛み耐性閾値,STAIには反復測定二元配置分散分析(tDCS条件×時間)を使用し,有意差が認められたものにはBonferroniによる多重比較検定を実施した。また,VASによる痛み強度と不快感の刺激条件間での比較にt検定を使用した。統計学的有意水準は5%とした。【結果】tDCSの条件間の比較では,痛み閾値と痛み耐性閾値に有意な変化は認められなかった。痛み強度はanode条件で減少傾向(p=0.09)を示し,不快についてはanode条件で有意な低下(p<0.01)が認められた。STAI(状態不安)については,tDCS条件と時間で交互作用(p<0.05)が認められ,多重比較の結果,sham条件で有意な増加(p<0.01)が認められた。【考察】今回,反復した痛み刺激に対し,右DLPFC領域のtDCSによって不快,不安の低下と増加の抑制が認められた。DLPFCは痛みの情動的側面に深く関与する前帯状回や扁桃体と機能的結合があり,DLPFCの活動がこれらの領域に抑制性に作用した可能性が考えられる。今回,右DLPFC領域を刺激したが,tDCSの鎮痛に関する多くの先行研究は左DLPFC領域を標的部位としている。今後さらに左右DLPFCの機能の違いを含め検証することで,より有効にtDCSを実施するための情報提供が可能になると考える。【理学療法学研究としての意義】今回,健常者を対象に反復した痛み刺激における痛みの不快,不安に対し,右DLPFC領域へのtDCSの有効性が示唆された。本研究結果は,tDCSの適応と限界に関する予備的データとして有益な情報になると考える。
著者
前岡 浩 冷水 誠 松尾 篤 森岡 周
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0791, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】痛みは「組織の実質的または潜在的な損傷と関連したあるいはこのような傷害と関連して述べられる不快な感覚的・情動体験」と定義(国際疼痛学会)され,感覚的側面,認知的側面,情動的側面から構成される。近年,痛みに対する治療手段の一つとして,選択的に大脳皮質領域を刺激する経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation:tDCS)が注目されている。これは非侵襲性に頭皮上に設置した電極を介して微弱な電流を適応し,膜電位の変化や大脳皮質を興奮させ,電極直下領域の脳活動を調整するという治療である。実際に,健常者や慢性痛患者に対する鎮痛効果が報告されつつある。しかしながら,これまでの先行研究は疼痛閾値や耐性閾値を指標に一時的な痛み刺激に対する即時効果や持続効果についての報告が大部分である。本来,痛みが発生するとその痛みは持続的に知覚される。さらに,物理的な痛みだけでなく,不快感や不安感などの情動も痛みに大きく影響を与える。このような持続的に加えられた痛みに対し,tDCSの効果を検証した報告は認められない。したがって今回,反復した痛み刺激に対し,tDCSが痛みの感覚的側面および情動的側面に与える影響について検証することを目的とした。【方法】対象は健常大学生7名(女性:4名,男性:3名,平均年齢:20.6±0.5歳)とした。測定手順は,はじめに温熱を使用した痛覚計(ユニークメディカル社製)により,左前腕近位内側部,左前腕遠位内側部,右前腕近位内側部における痛み閾値および痛み耐性閾値を測定した。反復刺激する部位は左前腕近位内側部とし,痛み刺激の強度は測定した痛み閾値に1℃加えた温度とした。その後,tDCS装置(NeuroConn社製)を使用し,参加者7名を陽極刺激(anode)および偽物(sham)刺激から開始する2群に無作為に割り付け,測定2日目に各条件を入れ替えて実施した。各条件間には1週間以上の間隔を設けた。tDCSの刺激部位は国際10/20法に基づき,陽極を右背外側前頭前野領域(F4),陰極を左眼窩上領域に固定し,2mAで20分間刺激した。Sham条件は,同様の電極位置で最初の30秒間のみ通電し,その後通電を停止させ20分間実施した。tDCS実施後,1回の刺激時間が6秒間,刺激回数6回を1ブロックとする反復した痛み刺激を10ブロック連続(合計60回刺激)して実施した。皮膚の感作回避のため刺激部位に近接する3ヶ所で1ブロックごとに刺激部位を移動させた。評価項目は各刺激に対する痛み強度および不快感とし,Visual Analogue Scale(VAS)にて評価した。10ブロック終了後,痛み閾値および痛み耐性閾値を再度測定した。また,tDCS実施前および反復刺激終了後に不安感の尺度であるState-Trait Anxiety Inventory(STAI)を使用し,状態不安の測定もあわせて実施した。分析のため,tDCSにおける刺激条件間での痛み閾値および痛み耐性閾値,そしてVASによる痛み強度および不快感,STAIスコアの平均値を算出した。統計学的分析には,痛み閾値および痛み耐性閾値,STAIについて反復測定二元配置分散分析を使用し,有意差が認められたものにはBonferroniによる多重比較検定を実施した。また,VASによる痛み強度および不快感の刺激条件間での比較にはt検定を使用した。統計学的有意水準は5%とした。【倫理的配慮,説明と同意】全ての被験者に本研究の目的,方法について事前に説明を行い,実験参加の同意を得た。そして,本研究は所属機関の倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号H25-14)。【結果】anode条件とsham条件の比較において,痛み閾値および痛み耐性閾値,痛み強度,STAIに有意な変化は認められなかった。一方,不快感ではsham条件(58.31±11.43)と比較し,anode条件(52.98±11.99)で有意な低下(p<0.05)が認められた。【考察】反復した痛み刺激に対し,anode条件で痛みの情動的側面である不快感に有意な減少が認められた。背外側前頭前野への刺激による鎮痛メカニズムは十分解明されていないが,この領域は主に痛みの情動に関わる情報を伝える内側経路と接続し,痛みの情動的側面に関与するとされる。また背外側前頭前野は前帯状回を介し痛みの下行性疼痛抑制系とも接続する。我々もこれまでに情動喚起画像により起こる痛みに関連した不快感に対し,背外側前頭前野へのtDCSによる軽減効果を報告している。今回の結果により,反復した痛み刺激においても痛みの情動的側面へのtDCSの有効性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】今回,健常者を対象に反復した痛み刺激に対する背外側前頭前野へのtDCSの有効性が示唆された。本研究結果は,実際の有痛者へのtDCSの応用に向けた予備的データとして有益な情報になると考える。
著者
松尾 篤 冷水 誠 前岡 浩 森岡 周
出版者
日本理学療法士学会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.138-139, 2011
参考文献数
3

我々は,経頭蓋直流電気刺激(tDCS)が,健常者の上肢の運動機能を向上させるかどうかを検証した。健常若年者20名(平均年齢21.5 ± 1.2歳,男性16名,女性4名)を対象者とし,研究デザインはシングルブラインドクロスオーバーコントロール研究とした。tDCS刺激条件は,陽極tDCS条件と偽性tDCS条件とし,陽極を右運動関連領域(C4)に設置し,1 mAで20分間の刺激を実施した。測定アウトカムは,左上肢での円描画課題による軌跡長とはみ出し面積,左手握力とした。陽極tDCS後に円描画課題のはみ出し面積に有意な減少効果を認めた。他の測定項目,および偽性tDCS条件においては有意な変化を認めなかった。本結果より,陽極tDCSが健常者の非利き手での運動の巧緻性を変化させることが示唆され,tDCSによる運動関連領野の興奮性増大が関係したことが推察された。
著者
高取 克彦 松尾 篤 庄本 康治 梛野 浩司 徳久 謙太郎 鶴田 佳代
出版者
理学療法科学学会
雑誌
理学療法科学 (ISSN:13411667)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.61-65, 2008 (Released:2008-04-05)
参考文献数
15
被引用文献数
1

右視床出血により左上肢のComplex regional pain syndrome type 1(CRPS1)を呈した1症例に対し,Moseleyの運動イメージ・プログラム(Motor imagery program: MIP)を実施した。MIPは3種類の介入(1.手の左右認知,2.患手の運動イメージ,3.Mirror therapy)で構成されており,皮質ネットワークの賦活を目的としたものである。介入効果は一事例研究デザインにて検証した。結果としては,MIP実施期間に特異的な疼痛軽減が認められ,その効果はMIP終了後も持続していた。また患手の模写による身体図式の評価ではMIP後,より詳細な描写に変化した。これらのことからMIPは脳卒中後CRPS1患者の身体図式を変化させ中枢性の疼痛軽減効果を持つ可能性が示唆された。
著者
細野 芳樹 古田 智彦 須原 貴志 松尾 篤 桑原 生秀 平岡 敬正
出版者
Japan Surgical Association
雑誌
日本臨床外科学会雑誌 (ISSN:13452843)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.165-168, 2005-01-25 (Released:2009-05-26)
参考文献数
8

症例は28歳,男性.以前より胆石を指摘されていたが無症状の為放置していた.職場の検便検査でサルモネラ菌の排菌を指摘され,抗菌薬にて除菌治療を行った.しかし,その後も同様に除菌治療を行ってもサルモネラ菌の排菌を繰り返し,再び抗菌薬治療を行ってもサルモネラ菌を便中に排菌する可能性が高いと考えられた.原因の一つとして胆石が疑われた為,胆嚢摘出術を行った.術後の細菌学的検査では,破砕胆石より便培養で検出されたものと同種のサルモネラ菌を検出した.術後経過良好にて術後第12病日に退院した.術後11カ月後に便培養を行ったがサルモネラ菌を検出しなかった.胆石や胆嚢奇形があるとサルモネラ菌無症候性長期保菌者になりやすいといわれている.胆石を有するサルモネラ菌長期保菌者は,原因の1つとして胆石症を疑い,積極的に胆嚢切除を考慮する必要があるものと思われた.
著者
渕上 健 松尾 篤 越本 浩章 河口 紗織 北裏 真己 松井 有史 森岡 周
出版者
理学療法科学学会
雑誌
理学療法科学 (ISSN:13411667)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.251-256, 2015 (Released:2015-06-24)
参考文献数
27
被引用文献数
3 1

〔目的〕慢性期脳卒中片麻痺患者の下肢機能に対する運動観察治療の効果を検証すること.〔対象〕慢性期脳卒中片麻痺患者21名とした.〔方法〕参加者を運動観察治療群と対照群に分けた.運動観察治療群は他者が前方またぎおよび側方またぎ動作を施行している映像を各5分間観察した後,同様の身体練習を各5分間実施した.対照群はまたぎ動作の身体練習のみを行った.アウトカムは前方および側方またぎ動作の成功回数,functional reach test,four square step testとし,介入前後および介入1ヵ月後に抽出した.〔結果〕群間比較において,functional reach testに交互作用が認められた.また,運動観察治療群において,前方またぎ動作の成功回数,functional reach test,four square step testが有意に向上し,介入1ヵ月後まで持続した.また,効果量についてすべての項目で運動観察治療群が対照群を上回っていた.〔結語〕慢性期脳卒中片麻痺患者に対する運動観察治療は,身体練習のみに比較して下肢パフォーマンスを有意に改善させる.
著者
楠本 泰士 松尾 篤 高木 健志 西野 展正 松尾 沙弥香 若林 千聖 津久井 洋平 干野 遥
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【目的】日本では脳性麻痺に対する痙性の治療として,筋解離術や関節整復術などが行われてきた。現在では選択的痙性コントロール術として,脳卒中後後遺症患者や痙性麻痺を呈する様々な疾患の方々に応用されている。当院は痙性麻痺に対する整形外科的手術を行う数少ない専門病院であり,手術件数は年間250件以上と日本最多である。しかし,痙性麻痺に対する整形外科的手術の認知度は,発達障害領域では比較的高いが,その他神経系の領域では低い。また,発達障害領域であっても手術部位によって,手術の効果に関する認識に大きな差がある。これら認識の差は,術後理学療法を受ける患者や手術適応の患者にとって不利益となる。そこで本研究も目的は,当院における手術部位と対象者を調査し,痙性麻痺に対する整形外科的手術の変遷と新たな取り組みについて検討することとした。【方法】平成16年から平成25年までの10年間の手術件数と手術内容を調査し,対象疾患ごとに手術の傾向を調査,分析した。【結果と考察】過去10年間の総手術件数は2301件で,平成18年以降は年間200件以上の手術件数を維持していた。平成16年の手術対象者の内訳は脳性麻痺患者が89件,脳卒中後後遺症患者が14件,その他が7件,平成25年の手術対象者の内訳は脳性麻痺患者が210件,脳卒中後後遺症患者が40件,その他が14件と脳卒中後後遺症患者の手術件数が徐々に増えていた。また,脳性麻痺患者の手術部位では,上肢や頚部,体幹の手術件数が年度ごとに増加していた。手術部位が疾患によって異なっていたことより,障害別の運動麻痺の程度や二次障害による問題に違いがあると考えられる。上肢と体幹の手術件数が増えていたことから,手術技術の向上や患者の機能改善への期待が関与していると思われる。理学療法士として,痙性麻痺に対する整形外科的手術の効果と限界を把握し,日々の臨床に努める必要がある。
著者
池岡 舞 徳永 奈穂子 手塚 康貴 松尾 篤
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.BeOS3013, 2011

【目的】運動観察治療(action observation therapy:AOT)とは,他者の行為の観察と身体運動の反復練習を組み合わせた治療方法のことであり,脳卒中やパーキンソン病などの神経疾患の運動障害治療に応用されてきた.このAOTの方法論は,他者行為の観察と自身の行動をリンクさせるミラーニューロンシステムの神経学的基盤を背景にして紹介されてきた(Buccino,2006).我々もこれまでに脳卒中患者に対するAOTの効果を検証してきており,その実施可能性と有効性を少数の症例報告で明らかにしてきた.しかしながら,AOTの臨床研究は散見される程度であり,ランダム化研究はほとんどなく,AOTの臨床的根拠は未だ乏しいのが現状である.そこで,本研究では脳卒中患者の麻痺側上肢の運動障害に対するAOTの効果をランダム化比較研究で検討したので報告する.<BR>【方法】対象は亜急性期脳卒中患者16名(男性11名,女性5名,平均年齢65.4±11.5歳,平均発症経過日数81.5±29.1日)とし,研究デザインは4週間のランダム化クロスオーバーデザインとした.対象者は,通常のリハビリテーションに加えて最初の2週間にAOTを実施する群(AOT-PT群,8名)と後半の2週間にAOTを実施する群(PT-AOT群,8名)の2群にランダムに割り付けた.両群ともにAOTを実施しない2週間は,通常のリハビリテーションのみを実施した.AOTは我々が独自に作成したDVDを使用し,対象者はそれぞれの機能レベルに一致した運動課題映像をDVDプレーヤーにて観察し,その直後に観察した運動課題の身体練習を実施した.AOT用DVDは,デジタルビデオカメラで2方向から同時撮影を行い,日常生活場面に関連した健常者の上肢運動のうち,粗大動作,巧緻動作,両手動作の3つのカテゴリーに分けられた58種類の課題指向型の運動課題で構成された.AOT介入時間は1セッション3課題で,1課題につき3分間の運動観察後,3分間の身体練習で計画され,合計18分間実施した.AOT介入期間は週5回,2週間の合計10回とした.評価項目はFugl-Meyer assessment scaleの上肢,手指項目(FM-U/E,FM-F),Action Research Arm Test(ARAT),Motor Activity Logのamount of use scale(MAL-AOU)とquality of movement scale(MAL-QOM)とした.評価時期は,介入前,2週間後,4週間後の合計3回とした.統計学的分析は繰り返しのある2元配置分散分析を使用し,多重比較にはBonferroni法を使用した.<BR>【説明と同意】対象者全員に対し,研究内容や方法を説明し,紙面上にて同意を得た.<BR>【結果】2元配置分散分析の結果,MAL-QOMに時間による主効果を認め,両群ともにAOT実施期に有意な改善を示した(AOT-PT群:P < 0.01,PT-AOT群:P < 0.05).また,その他の評価項目でも時間による主効果を認め,特にAOT-PT群のAOT実施期に有意な改善を示した(ARAT:P < 0.01,MAL-AOU:P < 0.05,FM-U/E:P < 0.01,FM-F:P < 0.05).PT-AOT群においては,AOT実施期における有意な効果を認めなかったが,介入前と比較すると有意な改善を示した.<BR>【考察】AOTによって脳卒中後の麻痺側上肢の運動機能の改善が促進することが示唆された.特にMAL-QOMでは,AOT実施期にのみ有意な改善が明らかとなった.これはAOTによる上肢の運動機能の改善が,日常生活における上肢使用の質的変化を促進することを示しており,治療場面以外での麻痺側上肢の使用状況にAOTが好影響を与えることを示唆する.また,ARAT,FM-U/E,FM-F,MAL-AOUにおいてもAOT-PT群のAOT実施期に有意な改善を示したことから,上肢運動機能が相対的に向上することが示唆された.しかしながら,PT-AOT群においてはAOT実施期の明らかな特異的効果を示さなかったことから,AOT介入の実施時期も影響する可能性が考えられる.AOTの神経メカニズムとしては,意図的運動観察によるミラーニューロンシステムの活性化が関与し,運動実行の準備状態を運動観察と運動実行のマッチングメカニズムから運動シミュレーションを行い,その後の身体練習における学習反応性を向上させると推測される.AOTは標準化した実施プロトコールの準備により,より多くの臨床場面での適応が可能な新しい神経リハビリテ&#8722;ションの方法であり,今後さらに大規模にAOTの効果を検証していくことが必要と考える.<BR>【理学療法学研究としての意義】AOTは,他者の行為の意図的な観察と身体練習を組み合わせることで運動学習効率を向上させ,運動治療効果を高める可能性がある.ミラーニューロンシステムの活性化を臨床応用したAOTは,神経リハビリテ&#8722;ションの新しい方法であり,より効果的で効率的な運動障害の治療に発展する可能性があり,本研究はその臨床効果を明らかにしており理学療法学研究として意義深いと考える.
著者
冷水 誠 笠原 伸幸 中原 栄二 中谷 仁美 西田 真美 望月 弘己 松尾 篤 森岡 周 庄本 康治
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.33 Suppl. No.2 (第41回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.B0075, 2006 (Released:2006-04-29)

【目的】脳卒中片麻痺患者(CVA患者)の転倒要因は様々であるが、その一つに注意能力が挙げられる。その中でも、歩行中出現する課題への注意分配能力の影響が報告されている(Hyndmann.2003)。この注意分配能力による転倒予測法として、Olssonら(1997)による“Stops Walking When Talking test”(SWWT test)がある。これは、歩行中会話などの認知課題により、歩行を中止するかを評価するものである。このSWWT testはバランス機能と関連があると報告されているが、注意能力とは不明である。CVA患者では、動作時と机上テストでの注意能力の違いをよく経験するため、SWWT testによる注意分配能力と机上テストでの注意分配能力の違いが予想される。この違いを捉えることは、SWWT testの適応患者を明確にできると考えられる。そこで本研究は,CVA患者を対象として、SWWT testの結果が、注意分配能力の机上テストであるTrail Making Test part B(TMT-B)の成績に差があるかを検証することを目的とした。【方法】対象は高次脳機能障害を有しない独歩可能なCVA患者20名(男12名、女8名、平均年齢63.8歳、右麻痺11名、左麻痺9名、平均発症期間3年3ヶ月)とした。SWWT testは、対象者に自由速度にて歩行してもらい、歩行開始から約5m付近にて同伴した検者が認知課題として年齢を尋ねた。この時、対象者が歩行を中止するかを記録した。なお、測定前に、対象者には歩行および質問への返答に対する指示は行わなかった。机上での注意能力の評価には、用紙上にある数字と平仮名を交互に結ぶテストであるTMT-Bを使用した。TMT-Bは5分を最大とした実施時間とエラー数を記録した。SWWT testにて歩行を中止した群(中止群)と継続した群(継続群)、TMT-B実施時間が5分以内と5分以上に分類し、2×2のクロス表を作成した。統計学的分析にはFisherの直接確率法を用い、TMT-B実施時間5分以内と5分以上によって中止群と継続群に差があるかを検証した。なお、有意水準は5%未満とした。【結果】SWWT testにて中止群は3名であり、うち2名がTMT-B実施時間5分以上、1名が5分以内であった。継続群は17名であり、うち6名がTMT-B実施時間5分以上、11名が5分以内であった。Fisherの直接確率法の結果、TMT-B実施時間5分以内と5分以上によって中止群と継続群間に有意差が認められなかった(p=0.536)。TMT-Bエラー数は中止群と継続群にて明確な違いは見られなかった。【考察】慢性期CVA患者において、SWWT test陽性には、机上での注意分配能力の評価であるTMT-Bの実施時間の延長およびエラー数の増大が影響していないことが明らかになった。このことから、SWWT test はTMT-Bの机上評価成績に関わらず、多くの慢性期CVA患者を対象とすべきテストであることが示唆された。しかし今回は、SWWT testの課題が年齢を問う容易な課題であったことが影響した可能性があり、今後は課題の特異性等を検証する必要がある。
著者
松尾 篤 冷水 誠 前岡 浩 奥田 彩佳 小寺 那樹 堀 めぐみ 山田 悠莉子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2016, 2017

<p>【はじめに】</p><p></p><p>我々は,患者の表情から体調やリスク,また気分を察知し,医学的・心理的対応を臨機応変に修正しながら理学療法を実践する。このように,他者の表情からその心の状態を想像することは医療専門家として重要である。しかしながら,このような表情識別は意識的に実行されるわけではなく,無意識的かつ自動的に行われており,他者のことをわかろうと積極的に努力しているわけではない。よって,この無意識的な表情識別の過程を検証することで,医療コミュニケーション教育の基礎的知見になると考える。そこで,本研究では本物と偽物の表情を観察している際の視線行動を分析し,他者理解の潜在的な能力を検討する。</p><p></p><p>【方法】</p><p></p><p>研究参加者は,健常大学生99名(男性49名,女性50名),平均年齢20.5±2.1歳とした。実験1として,視線行動分析課題を実施した。笑顔と痛みの表情を本物と偽物をそれぞれペアで提示し,提示時間5秒,インターバル3秒で合計16画像を観察した。その際の視線停留時間をアイトラッカー(Tobii社)で記録した。次に実験2として,表情識別課題を実施した。実験1で使用した笑顔と痛みの画像を1枚ずつPC画面上に提示し,参加者には本物か偽物かを可能な限り早くボタンで回答するよう求めた。実験3では,共感性のテストとして,目から感情を読み取る課題(アジア版RMET)を実施した。PC画面上に目の画像を1枚ずつ合計36枚提示し,各画像の四隅に表示した感情用語から目が表す感情を選択する課題を実施した。実験2と3の正答率および反応時間をSuperLab5.0(Cedrus社)で記録した。実験1と2の統計分析はWilcoxon matched-pairs signed rank testを実施し,実験2と3の関連性検証にはSpearmanの相関分析を使用した。</p><p></p><p>【結果】</p><p></p><p>(実験1)笑顔の場合には本物の方を有意に長く注視することが示された(本物1.92±0.7秒vs偽物1.79±0.6秒,P=0.002)。しかし,痛みの画像では注視時間に有意差を認めなかった。(実験2)笑顔の本物正解率は平均74.1%であり,正解率が平均以上の参加者では,実験1の本物の笑顔に対する注視時間が有意に長かった(本物2.00±0.4秒vs偽物1.78±0.4秒,P=0.01)。(実験3)RMETの正答率が高いほど,本物の笑顔識別が有意に高かった(r=0.2,P=0.03)。</p><p></p><p>【結論】</p><p></p><p>我々は,無意識的に高い精度で本物の笑顔を識別しており,本物の笑顔をより長い時間観察することによって,その識別能力を可能にしていることが示唆された。また,共感性が高い人ほど笑顔識別能力が高いことから,他者理解と表情認知は密接な関連があることが示唆された。しかしながら,痛み表情ではこれらを認めず,笑顔と痛み表情の社会的意義の相違が表情認知に関係することが推察された。</p>
著者
徳久 謙太郎 松田 充代 松尾 篤 冷水 誠 庄本 康治 鶴田 佳世 宇都 いづみ 高取 克彦 梛野 浩司 生野 公貴 岡田 洋平 奥田 紗代子 竹田 陽子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.A0798, 2006

【はじめに】ハンドヘルドダイナモメーター(以下HHD)は簡易かつ携帯性に優れた等尺性筋力測定器であり、先行研究によるとその再現性・妥当性は良好であるとの報告が多い。しかし従来の徒手による膝伸展筋力測定方法では、女性検者のHHD固定力に限界があり、筋力が強い場合には正確に測定できないことや、被検者の体幹筋力が弱い場合には、転倒防止のため2人のセラピストが必要になることなど、臨床的有用性にはまだ問題がある。そこで今回、HHD固定力を強化し、臨床において安全かつ簡易に測定できることを重視した測定方法である「H固定法」を考案し、その男女検者間再現性や、測定にベルトを使用した場合との同時妥当性、及び測定時間の比較により簡便性を検討した。<BR>【対象及び方法】対象は、当院通所リハビリテーション利用者の内、中枢神経疾患の既往のない者25名(男7名、女18名)である。検者は、HHD使用経験のある理学療法士男女2名で、HHDはアニマ社製μTas MF-01を使用した。測定は当院で考案したH固定法にて行った。H固定法は、被検者の肢位を車椅子座位にて下腿下垂位とし、検者のHHDを装着した上腕を同側下肢にて補強することにより、HHDの強力な固定を可能にしている。測定は、各被検者に対し男性検者・女性検者・ベルト使用にて1回ずつ、測定順序はランダムに実施した。測定結果は測定終了時まで、被検者および検者に知らせないことにより測定バイアスを排除した。測定時間は、オリエンテーションの開始から測定終了時までの所要時間を記録者が測定し、同じく検者には測定していることを知らせなかった。統計学的解析は、男女検者間の再現性を級内相関係数(以下ICC)にて、H固定法とベルトによる測定との同時妥当性をピアソンの積率相関係数にて検討した。<BR>【結果】男性検者と女性検者間のICCは0.96であった。ベルト使用時と男性検者、女性検者とのピアソンの積率相関係数は、それぞれ0.94、0.92であった。女性検者のH固定法による測定時間は平均2分26秒、ベルト使用時は平均4分9秒であった。<BR>【考察】山崎らは女性が徒手にてHHDを固定できる最大重量は平均19kgであったと報告している。本研究においては、筋力が19kgを超える被検者が7人いるにもかかわらず、1回の測定でICCが0.96という良好な検者間再現性が得られた。これはH固定法によるHHD固定力が、従来の測定方法よりも優れていることが一因であると考える。また、先行研究において妥当性が確認されているベルト使用による測定と高い相関がみられたことから、H固定法による測定は妥当性を有しているといえる。H固定法を使用した場合の測定時間は平均2分26秒であり、実際の臨床場面においても簡便に測定が可能である。H固定法による等尺性膝伸展筋力測定は、再現性・妥当性・簡便性のある臨床的に有用な測定方法である。
著者
前岡 浩 松尾 篤 冷水 誠 岡田 洋平 大住 倫弘 信迫 悟志 森岡 周
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0395, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】痛みは不快を伴う情動体験であり,感覚的,認知的,情動的側面から構成される。したがって,知覚される痛みは刺激強度だけでなく,不快感などの心理的状態にも大きく影響を受ける。特に,慢性痛では認知的および情動的側面が大きく影響することが報告され(Apkarian, 2011),運動イメージ,ミラーセラピー,バーチャルリアリティなどの治療法が提案されている(Simons 2014, Kortekass 2013)。しかしながら,これらの治療は主に痛みの認知的側面の改善に焦点を当てており,情動的側面からのアプローチは検討が遅れている。そこで今回,痛みの情動的側面からのアプローチを目的に,情動喚起画像を利用した対象者へのアプローチの違いが痛み知覚に与える影響について検証した。【方法】健常大学生30名を対象とし,無作為に10名ずつ3群に割り付けた。痛み刺激部位は左前腕内側部とし,痛み閾値と耐性を熱刺激による痛覚計にて測定し,同部位への痛み刺激強度を痛み閾値に1℃加えた温度とした。情動喚起画像は,痛み刺激部位に近い左前腕で傷口を縫合した画像10枚を使用し,痛み刺激と同時に情動喚起画像を1枚に付き10秒間提示した。その際のアプローチは,加工のない画像観察群(コントロール群),縫合部などの痛み部位が自動的に消去される画像観察群(自動消去群),対象者の右示指で画像内の痛み部位を擦り消去する群(自己消去群)の3条件とした。画像提示中はコントロール群および自動消去群ともに自己消去群と類似の右示指の運動を実施させた。評価項目は,課題実施前後の刺激部位の痛み閾値と耐性を測定し,Visual Analogue Scaleにより情動喚起画像および痛み刺激の強度と不快感,画像提示中の痛み刺激部位の強度と不快感について評価した。統計学的分析は,全ての評価項目について課題前後および課題中の変化率を算出した。そして,課題間での各変化率を一元配置分散分析にて比較し,有意差が認められた場合,Tukey法による多重比較を実施した。統計学的有意水準は5%未満とした。【結果】痛み閾値は,自己消去群が他の2群と比較し有意な増加を示し(p<0.01),痛み耐性は,自己消去群がコントロール群と比較し有意な増加を示した(p<0.05)。また,課題実施前後の痛み刺激に対する不快感では,自己消去群がコントロール群と比較し有意な減少を示した(p<0.05)。【結論】痛み治療の大半は投薬や物理療法など受動的治療である。最近になり,認知行動療法など対象者が能動的に痛み治療に参加する方法が提案されている。本アプローチにおいても,自身の手で「痛み場面」を消去するという積極的行為を実施しており,痛みの情動的側面を操作する治療としての可能性が示唆された。

1 0 0 0 OA 曲田成君略伝

著者
松尾篤三 編
出版者
松尾篤三
巻号頁・発行日
1895