著者
高橋 良輔 金子 文成 柴田 恵理子 松田 直樹
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム (ISSN:13487116)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.59-67, 2018 (Released:2019-09-01)
参考文献数
28

本研究の目的は, 肩関節外旋運動反復トレーニングが肩関節外転運動中の棘下筋を支配する皮質脊髄路興奮性を増大させるのか明らかにすることである. 外旋反復運動をトレーニング課題として, その前後に外転運動中の皮質脊髄路興奮性を経頭蓋磁気刺激による運動誘発電位で評価した. 外旋反復運動は15分毎に100回を3セット実施した. 運動誘発電位は外旋運動反復トレーニング前に2回, 各トレーニング直後, そして3回目のトレーニング直後から30分後と60分後に測定した. 棘下筋の運動誘発電位振幅は3回目のトレーニング直後から60分後まで有意に増大した. 本研究結果から, 肩関節外旋運動反復トレーニングによって, トレーニングと異なる運動である肩関節外転運動中に棘下筋を支配する皮質脊髄路興奮性が持続的に増大することが示された.
著者
木村 剛英 金子 文成 長畑 啓太 柴田 恵理子 青木 信裕
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100461, 2013

【はじめに、目的】二重課題とは,同時に複数のことを行う課題である。この二重課題では,単一の課題を行う一重課題よりも各課題において巧緻性や反応時間などの精度が低下する。これは,ヒトが一度に遂行出来る課題量には限界があることを示している。そして,この限界を規定する因子として,ワーキングメモリが挙げられる。ワーキングメモリとは,目標に向かって情報を処理しつつ,一時的に必要な事柄の保持を行う脳の一領域であり,保持出来る情報量に限界を持つ。また,ワーキングメモリが保持できる情報量は,トレーニングによって増加する。このことから,ワーキングメモリのトレーニングを行うことで同時に遂行出来る課題量が増え,二重課題条件下での各課題の精度低下を防げる可能性があると考えた。そこで本研究では,運動課題を用いた二重課題に焦点を当て,ワーキングメモリ容量の増加が二重課題条件下での運動精度にどのような影響を及ぼすか明らかにすることを目的とした。【方法】対象は健康な男子大学生24 名とした。初期評価として,二重課題条件下での運動課題,ワーキングメモリ容量の測定を行った。その後「ワーキングメモリトレーニング群」「二重課題条件下運動トレーニング群」「コントロール群」に割付け,2 週間の介入後,初期評価と同様の最終評価を行った。ワーキングメモリトレーニング群は,パソコンに次々と表示される円の位置と順番を記憶し,のちに再生する方法を用いた介入を行った。二重課題条件下運動トレーニング群は,評価で用いた二重課題条件下での運動課題を介入として行った。二重課題条件下での運動課題は,右下肢の等尺性収縮と左上肢の肘屈曲運動を同時に行う課題とした。第一課題は,事前に測定した右下肢伸展ピークトルクの20%及び40%を目標トルクとし,等尺性収縮にて目標トルクを維持させる課題とした。同時に行う第二課題として,前方のスクリーンに表示された合図に反応して,肘関節を出来るだけ速く強く屈曲方向へ等尺性収縮する運動を行わせた。下肢運動能力の評価には,実際に測定された下肢伸展トルクと目標トルクとの差の積分値を用いた。上肢運動能力の評価には,上腕二頭筋の表面筋電図より算出したpre motor time(PMT)と整流平滑化筋電図(ARV)を用い,得られたPMTの逆数とARVの積を評価指標とした。さらに,介入前後の二重課題能力の変化を評価するために,上肢と下肢の運動能力評価値から散布図を描き,分布の変化をカイ2 乗検定にて検定した。ワーキングメモリ容量の測定は,パソコン画面に表示される複数個の正方形の色判別課題を行い,結果を点数化した。得られた結果から各群および介入前後の2 つを要因とした二元配置分散分析を実施し,2 つの要因間で交互作用があった場合,多重比較として単純主効果の検定を行った。いずれも有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づき,事前に研究目的や測定内容等を明記した書面を用いて十分な説明を行った。その上で被験者より同意を得られた場合のみ測定を行った。【結果】ワーキングメモリ容量は,全ての群において介入前後で有意に変化しなかったものの,ワーキングメモリトレーニング群において平均値が高値を示した。また,介入前後における散布図の分布の偏りは20%条件で全ての群で有意に変化した。一方,40%条件ではワーキングメモリトレーニング群,運動トレーニング群において分布の偏りが有意に変化した。【考察】下肢40%条件コントロール群のみ二重課題条件下での運動能力改善を認めなかった。これは40%条件では20%条件より負荷量が多く,必要とする注意量が増えたため各運動へ十分な注意を配分出来ず学習が進みにくかったことが原因であると考える。一方,ワーキングメモリトレーニングを行うことで,実際の運動を行っていないにも関わらず20%条件,40% 条件いずれも二重課題条件下の運動能力に改善を認めた。これは,ワーキングメモリトレーニングに伴うワーキングメモリ容量の増加が,上肢,下肢の各運動に十分な注意を配分することが出来たためであると考える。本研究結果より,ワーキングメモリトレーニングによるワーキングメモリ容量の増加は二重課題条件下の運動精度を改善する可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】日常生活の動作や運動は,複数の動作を同時に行うことで成立している。今回,ワーキングメモリトレーニングにより二重課題条件下の運動が改善した。この結果は,認知課題を行うことで,運動の改善が得られることを表している。この事実から,長期臥床の患者様やケガからのスポーツ復帰を目指すアスリートなど,運動を十分に行えない環境にいる者に対し,従来の運動療法に加えて認知面からも運動機能を改善できる可能性が示唆された。
著者
松田 直樹 金子 文成 稲田 亨 柴田 恵理子 小山 聡
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0499, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】運動錯覚とは,実際に運動を行っていないにも関わらず,あたかも運動が生じているような自覚的運動知覚が脳内で生じることである。近年,我々はKanekoらが報告した視覚刺激による運動錯覚を用いて,脳卒中片麻痺患者に治療的介入を実施し,急性効果を検証してきた。本研究では,発症後10年を経過した脳卒中片麻痺患者に対して,視覚刺激を用いた運動錯覚と運動イメージを組み合わせた治療的介入を実施し,上肢の自動運動可動域に急性的な変化が生じたので報告する。【方法】対象は,平成14年に被殻出血を発症した右片麻痺症例(50代男性)であった。Br. stage上肢・手指II,下肢IIIであり,表在・深部感覚は共に重度鈍麻であった。認知機能に障害はなかった。治療的介入方法は,視覚入力による運動錯覚と運動イメージの組み合わせ(IL+MI),動画観察と運動イメージの組み合わせ(OB+MI),運動イメージ単独(MI)の計3種類とし,別日に行った。IL+MIでは,視覚刺激による運動錯覚を誘起するため,事前に撮影した健側手指屈伸運動の映像を左右反転させ,麻痺側上肢の上に配置したモニタで再生し,対象者に観察させた。さらに,動画上の手指屈伸運動とタイミングが合致するように,麻痺側手指の屈伸運動を筋感覚的にイメージするよう教示した。OB+MIでは,IL+MIと同じ映像を流したモニタを,対象者の正面に設置し,観察させた。そして,IL+MIと同様に動画に合わせて運動イメージを行わせた。MIでは,麻痺側手指屈伸運動の運動イメージのみ実施させた。各治療は20分間とし,2週間以上の期間をあけて実施した。日常生活上で本人が希望することとして肘関節屈曲運動があったことから,運動機能評価として,各治療の前後に麻痺側肘関節の自動屈曲運動を実施した。肩峰,上腕骨外側上顆,尺骨茎状突起にマーカーを貼付し,対象者の前方に設置したデジタルビデオカメラによって撮影した映像から,最大肘関節屈曲角度を算出した。また,IL+MIにおいて,上腕二頭筋及び上腕三頭筋に表面筋電図を貼付し,肘関節屈曲運動中の筋活動を治療前後で記録した。さらに,ILを実施した際に,どの程度運動の意図(自分の手を動かしたくなる感覚)が生じたかを,Visual Analog Scale(0:何も感じない~100:とても強く感じる)で評価した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,研究者らが所属する大学および当院倫理委員会の承認を得て実施した。また,対象者に対しては書面にて研究の内容を説明し,同意を得た上で実施した。【結果】IL+MIでは,治療前と比較して,治療後に最大肘関節屈曲角度が増大した(治療前3.1°,治療後56.1°)。これに対し,OB+MIとMIでは治療前後で大きな変化を示さなかった(OB+MI:治療前3.6°,治療後1.2°,MI:治療前2.3°,治療後3.4°)。また,IL+MI後においては,治療前後で上腕二頭筋の筋活動の増加が確認された。さらに,IL中にはVisual Analog Scaleで98と強い運動の意図が生じた。IL+MI後には,対象者から「力の入れ方を思い出した」という内観が得られた。【考察】本症例においては,OB+MI及びMIでは自動運動可動域に変化が生じなかったのに対し,IL+MIでは自動運動可動域が拡大した。このことから,視覚刺激により運動錯覚が生じたことが,自動運動可動域の改善に寄与した可能性があると考える。本研究では,手指の運動錯覚により上腕の筋に急性効果が生じた。Kanekoらは,視覚刺激による運動錯覚中に補足運動野・運動前野の賦活が生じることを報告している。高次運動野は一次運動野と比較して体部位局在の影響が少ないことから,本研究においては,手指の運動錯覚に伴う高次運動野の賦活が上腕の運動機能に影響を与えた可能性があるものと推察する。以上より,本研究では視覚刺激による運動錯覚と運動イメージを組み合わせた治療的介入が,脳卒中片麻痺患者における上肢の自動運動可動域に対して,急性的な変化を生じさせる可能性が示された。【理学療法学研究としての意義】本研究は,視覚刺激による運動錯覚と運動イメージの組み合わせが,慢性期脳卒中患者の運動機能に対して,急性的な変化を生じさせることを示した最初の報告である。本研究で用いた治療方法は,非侵襲的かつ簡便であり,本研究は理学療法における新たな治療方法の開発という点で意義深いといえる。