著者
栗本 享宥 苅谷 愛彦 目代 邦康 山田 隆二 木村 誇 佐野 雅規 對馬 あかね 李 貞 中塚 武
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2020
巻号頁・発行日
2020-03-13

岐阜県北西部から中央部にかけて走る庄川断層帯は,1586年天正地震の起震断層帯として強く疑われている断層帯であり,4条の活断層から成る.その最南端部である三尾河断層の南に移動体体積が2.2×107m3の大規模地すべり地が存在する.これは伝承で「水沢上の大割れ」と呼ばれ,天正地震で生じたとされてきた.しかし,当地すべりに関する地形学・地質学的な観点からの詳しい検討はなかった.演者らは,当地すべりを水沢上地すべり(以下ML)と命名し,現地踏査と1 m-DEMデータから作成した各種主題図(地形陰影図など)に基づく地形判読と現地で採取した試料の年代測定および年代値の分析を基礎として,MLの地形・地質特性や発生時期,誘因を検討した.やや開析された円弧状の滑落崖は北東方向に開き,その直下に地すべり移動体が分布する.移動体末端の一部は直下の河川(吉田川)を越えて対岸の谷壁斜面に乗り上げる.また移動体の一部は比高40~50 mの段丘状地形を成す.滑落崖,移動体の形状はそれらが複数回の地すべりで形成されたことを示唆し,地表面には地すべりに起因する大小の凹凸地形が発達する.地すべり移動体は不淘汰・無層理の安山岩角礫と細粒の基質から成り,礫にはジグソークラックが発達する.Loc. 1の左岸側露頭では移動体構成物質中に,地すべり移動時に巻き込まれたと推定されるクロボク状表土の破片が認められる.この破片に含まれる木片2点の較正年代(2δ)はcal AD 1492~1645の範囲に及ぶ.また,地すべり移動体が吉田川を堰き止めて生じた層厚約2 mの湖沼・氾濫原堆積物も確認できる.この湖沼・氾濫原堆積物の下限の約90 cm上位から採取した直径約20 cmの丸太材の外周部の14C年代はcal AD1513~1618であり,細胞セルロース酸素同位体比年輪年代測定によってAD1615~1620頃と推定された同材の枯死年代とは調和的である.以上のように,MLの規模や地すべり移動体と堰き止め湖沼・氾濫原堆積物の層相および年代から,MLの誘因は強震動が第一に想定される.試料の年代からみて,誘因が1586年天正地震であった可能性は高まったといえる.ただし歴史地震学において提唱されている天正地震の本質から,本震と考えられる1586年1月18日の地震でMLが形成されたか否かといった問題について,なお検討を加える余地がある.同時に1596年慶長伏見地震との関係についても検討の対象となる.
著者
栗本 享宥 苅谷 愛彦 目代 邦康
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2019年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.69, 2019 (Released:2019-03-30)

はじめに 水沢上地すべり(以下ML:35.9363°N,137.0445°E)は岐阜県郡上市明宝に存在する大規模地すべり地である.MLは古文書に基づきAD1586天正地震で生じたとされてきた1,2).しかし先行研究では地質学的論拠が示されていない.筆者らは地質調査と地形判読を基礎として,MLの地形・地質的特徴と最新滑動年代を明らかにした.地域概要と研究方法 <地形>MLは飛騨高地南東部に位置し,周辺には標高2000 m以下の山岳が卓越する.木曽川水系吉田川とその支流がMLを貫く.<地質>ML一帯には烏帽子岳安山岩類が分布する.これはML西方の烏帽子岳から1 Maごろ噴出した安山岩と火山砕屑岩からなる2).同安山岩類は下部の凝灰角礫岩質の部分(以下Ep)と上部の安山岩溶岩(以下Ea)に分類される.他に貫入岩や,花崗岩,かんらん岩,美濃帯堆積岩類も分布する.MLの北に庄川断層帯三尾河断層(以下MF:B級左横ずれ)が走る.MFの最新イベントは840年前以降で,AD1586天正地震が対応する可能性が高い3).<方法>空中写真やDEM傾斜量図等を用いた地形判読と野外踏査を主な手法とした.踏査で採取した試料の14C年代測定も行った。MLの地形と地質 MLは3条の滑落崖と,複数の地すべり移動体に分類される.やや開析された滑落崖は円弧状を呈し,急崖をなす地点ではEaが露出する.地すべり移動体南部の平坦面についてはその分布標高からL~H面に分類できる.全移動体の体積は約2.2×107 ㎥である(侵食部分を含む).以下,各地点での地形・地質的特徴を述べる.<P1>不淘汰かつ無層理のEaの角礫からなる地すべり堆積物を,シルト~中粒砂の堰止湖沼堆積物が覆う.地すべり堆積物にはパッチワーク構造が観察できる.地すべり堆積物に含まれる材はcal AD1494~1601を示す.堰止湖沼堆積物層最下部の材はcal AD1552~1634である.<P2>P2周辺の吉田川の渓岸には割れ目に富むジグソーパズル状に破砕されたEaの岩盤や,シート状の粘土層や著しく座屈・褶曲したEp層がみられる.この堆積物の特徴は大規模崩壊堆積物にしばしば認められる特徴と類似・一致する.<P3>P3を代表とする地すべり移動体南部のL~H面上には,比高がまばらな長円形の小丘状地形や閉塞凹地が分布する.小丘状地形は破砕されたEa・Ep岩屑などで主に構成される。このような地形は、地すべりの移動方向に短軸をもつ4).小丘状地形の短軸方向と分布を集計し,各地形面の移動方向を検討した.地形面同士の関係(切る・切られる)も考慮した結果,過去3回の滑動が推測できた.<P4>P4付近では高さ約20 m,幅約50~100 mにわたり蛇紋岩化の著しいかんらん岩が分布する.かんらん岩は,およそ北―北北東方向に発達しているとみられる2).おわりに本研究は以下のようにまとめられる.①MLの各所に大規模地すべりと判断できる地形や地質的証拠がみられた.②P1ではcal AD1552~1634に地すべりによる堰き止め湖沼が生じた.③地すべり移動体上の微地形判読から,過去3回の滑動が推測された.④そのうち最新の滑動がcal AD1494~1601に発生したことは確実で,その誘因としてAD1586天正地震が挙げられる.⑤地すべりの誘因はML周辺の活断層による地震が,素因は蛇紋岩などの地質的な条件が考えられる参考文献 1)飯田(1987)『天正大地震誌』、井上・今村(1998)歴史地震,14,57-58. 2)河田・磯見・杉山(1988)「萩原地域の地質」.地調.3)杉山・粟田・佃(1991)地震,44,283-295. 4)木全・宮城(1985)地すべり,21(4),1-9.