著者
箱崎 真隆 三宅 芙沙 佐野 雅規 木村 勝彦 中村 俊夫 奥野 充 坂本 稔 中塚 武
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2019年大会
巻号頁・発行日
2019-03-14

十和田カルデラ(青森県/秋田県)と白頭山(中国/北朝鮮)は、10世紀に巨大噴火を起こした。その痕跡はTo-aテフラ、B-Tmテフラとして、北日本の地層に明瞭に残されている。この2つの噴火は、それぞれ過去2000年間で日本最大級、世界最大級のものと推定されている(早川・小山1998)。しかしながら、この2つの噴火に関する直接的な文書記録は、周辺国のいずれからも見つかっていない。そのため、その年代は長らく未確定であった。また、年代が未確定であるために、人間社会や地球環境への影響評価も進んでいなかった。近年、白頭山の10世紀噴火の年代は、日本で発見された西暦775年の炭素14濃度急増イベント(Miyake et al. 2012)を年代指標とする「14C-spike matching」と、日本で実用化された「酸素同位体比年輪年代法」により、西暦946年と確定した(Oppenheimer et al. 2017, Hakozaki et al. 2018, 木村ほか 2017)。この年代は、早川・小山(1998)が日本列島と朝鮮半島のごく限られた古文書(「興福寺年代記」や「高麗史」)から読み取った「遠方で起きた大きな噴火」を示唆する記述と一致した。一方、B-Tmの年代が確定したことにより、十和田カルデラ10世紀噴火の年代に疑義が生じた。十和田カルデラ10世紀噴火は、「扶桑略記」における東北地方の噴火を示唆する記述や、ラハールに埋没する建築遺物の年輪年代をもとに西暦915年と推定されてきた。この915年を基準にTo-aとB-Tmの間に挟まる年縞堆積物をカウントし、上手ほか(2010)は白頭山の噴火年代を929年と推定していた。しかし、先のとおりB-Tmの絶対年代は946年であったため、上手ほかの推定から17年のズレがあることが明らかとなった。つまり、十和田カルデラ10世紀噴火は西暦946年から14年を差し引いて西暦932年である可能性が生じた。もし、これが正しいとすれば、扶桑略記の西暦915年の記述は、十和田カルデラ以外の火山で起きた噴火を示唆している可能性がある。最近、宮城県多賀城跡の柵木に、酸素同位体比年輪年代法が適用され、西暦917年の年輪が認められた(斎藤ほか 2018)。この柵は、考古学的調査ではTo-aテフラ(915年)の降灰前に築造されたと考えられてきた(宮城県多賀城跡調査研究所 2018)。その構造材に西暦917年の年輪が認められたことは、To-aテフラの年代と大きく矛盾する。さらにその構造材には樹皮も辺材も残存せず、伐採年は917年よりも後の年代であることが明らかである。本発表では、「14C-spike matching」と「酸素同位体比年輪年代法」という2つの新しい年輪年代法によって、白頭山や多賀城跡の木材の年代がどのようにして決定したのか、十和田カルデラ10世紀噴火の絶対年代の確定に必要な調査とは何かについて示す。
著者
今津 勝紀 中塚 武
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2019年大会
巻号頁・発行日
2019-03-14

年輪酸素同位体比の解析により、年単位の高解像度の気候復原が実現し、過去数千年にわたる気候変動が明らかになった。年輪を構成するセルロースの酸素同位体比はその年の夏期の乾燥と湿潤を反映する。文字資料のない先史時代などの分析では、気候の数十年から数百年の中期的・長期的変動が有効であるが、文字を本格的に利用する国家成立以降の段階では、年単位のイベントと気象のあり方を照合することが可能となったのである。人間の生活が、自然との応答の中にあることは間違いないが、これまでの歴史学においては、過去の人間の生活と自然との応答を客観的に把握する方法が十分ではなかった。高解像度の古気候復原は、歴史学に新たな「ものさし」をもたらしたのである。本研究では、日本の古代、とりわけ8世紀と9世紀を取りあげ、当該期の気候と社会との応答関係を明らかにする。中塚武による当該期の年単位気候復原により、8世紀は総体として乾燥気味ではあったが安定的であり、9世紀後半に不安定化して湿潤化し、10世紀に一転して乾燥が進行することが明らかとなった。当該期の歴史を記した文献資料『続日本紀』・『日本後紀』・『続日本後紀』・『日本文徳天皇実録』・『日本三代実録』にも気象に関する記事が含まれるが、それは簡略なものであり、実際にどれだけの旱や旱魃、霖雨や大雨であったのかはわからなかった。ようやく、高解像度の気候復原により、夏期の極端な乾燥や湿潤がどのような規模で、どのような被害をもたらしたのかを史料に即して理解することができるようになった。また、中長期的な気候の変動が把握できるようになることで、気候変動と国家や社会の変容との関連について見通しをえることも可能になった。とりわけ、本研究で注目したいのは、古代の人口変動と社会システムの変容についてである。8世紀初頭の大宝律令の施行により、中国に範を求めた律令国家が完成するが、律令国家の諸制度は、日本という枠組みの起源となり、その後の日本の歴史を根底において規定する重要な意味をもった。律令国家の支配人口は、8世紀初頭で450万人程度、9世紀初頭で550万人程度と見込まれており、8世紀から9世紀の年平均人口増加率は0.2%となる。江戸時代の初頭、17世紀の人口は1200万人~1800万人と推定されており、古代から近世にかけて人口は微増するのだが、中世から近世に至る800年間の年平均人口増加率はせいぜい0.1%から0.15%である。日本古代は飢饉や疫病が頻発し脆弱で流動性の高い社会であったが、中世に比して高率の人口増加が実現した。その背景には、人と田を中央集権的に管理する律令制による再生産システムが機能していたことが想定できるとともに、8世紀の比較的安定的な気候が作用していたことが考えられる。また、唐や新羅といった日本の周辺諸国の変動にともない、日本の律令制もなし崩し的に崩壊する。律令国家は、9世紀の後半から10世紀後半にかけて大きく変容するのだが、こうした社会システムの変容には、当時の世界情勢の変化とともに気候の変動が作用した。9世紀の後半には、耕作できない土地の増加や水損被害の田が問題化するが、その現実的な背景として、湿潤化という気候の変動があったことは間違いない。律令国家は、人と田を把握し管理することを放棄するようになるのであり、律令制再生産システムは崩壊していった。この時期は日本列島で地震が頻発し、火山の噴火もみられ、飢饉に疫病が集中する時期でもある。いわば、9世紀後半は日本古代社会の全般的危機の時代であった。8世紀の初頭に完成した律令国家の中央集権的構造は、9世紀の後半以降、崩壊しはじめ、中央政府は都市平安京の王朝政府へと縮小するのであった。
著者
栗本 享宥 苅谷 愛彦 目代 邦康 山田 隆二 木村 誇 佐野 雅規 對馬 あかね 李 貞 中塚 武
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2020
巻号頁・発行日
2020-03-13

岐阜県北西部から中央部にかけて走る庄川断層帯は,1586年天正地震の起震断層帯として強く疑われている断層帯であり,4条の活断層から成る.その最南端部である三尾河断層の南に移動体体積が2.2×107m3の大規模地すべり地が存在する.これは伝承で「水沢上の大割れ」と呼ばれ,天正地震で生じたとされてきた.しかし,当地すべりに関する地形学・地質学的な観点からの詳しい検討はなかった.演者らは,当地すべりを水沢上地すべり(以下ML)と命名し,現地踏査と1 m-DEMデータから作成した各種主題図(地形陰影図など)に基づく地形判読と現地で採取した試料の年代測定および年代値の分析を基礎として,MLの地形・地質特性や発生時期,誘因を検討した.やや開析された円弧状の滑落崖は北東方向に開き,その直下に地すべり移動体が分布する.移動体末端の一部は直下の河川(吉田川)を越えて対岸の谷壁斜面に乗り上げる.また移動体の一部は比高40~50 mの段丘状地形を成す.滑落崖,移動体の形状はそれらが複数回の地すべりで形成されたことを示唆し,地表面には地すべりに起因する大小の凹凸地形が発達する.地すべり移動体は不淘汰・無層理の安山岩角礫と細粒の基質から成り,礫にはジグソークラックが発達する.Loc. 1の左岸側露頭では移動体構成物質中に,地すべり移動時に巻き込まれたと推定されるクロボク状表土の破片が認められる.この破片に含まれる木片2点の較正年代(2δ)はcal AD 1492~1645の範囲に及ぶ.また,地すべり移動体が吉田川を堰き止めて生じた層厚約2 mの湖沼・氾濫原堆積物も確認できる.この湖沼・氾濫原堆積物の下限の約90 cm上位から採取した直径約20 cmの丸太材の外周部の14C年代はcal AD1513~1618であり,細胞セルロース酸素同位体比年輪年代測定によってAD1615~1620頃と推定された同材の枯死年代とは調和的である.以上のように,MLの規模や地すべり移動体と堰き止め湖沼・氾濫原堆積物の層相および年代から,MLの誘因は強震動が第一に想定される.試料の年代からみて,誘因が1586年天正地震であった可能性は高まったといえる.ただし歴史地震学において提唱されている天正地震の本質から,本震と考えられる1586年1月18日の地震でMLが形成されたか否かといった問題について,なお検討を加える余地がある.同時に1596年慶長伏見地震との関係についても検討の対象となる.
著者
中塚 武
雑誌
日本地球惑星科学連合2019年大会
巻号頁・発行日
2019-03-14

〇はじめに-文理融合と言う課題 歴史学や考古学と地球惑星科学は、ともに過去におきた出来事を対象に含み、長い時間を掛けて進む、いわゆる歴史的プロセスを扱う学問分野である。その共通の特性を生かして、さまざまな共同研究が行われてきた。しかし文理融合にはさまざまな課題があり、その背景には学問の根源的な目的の違いという問題があった。ここでは、総合地球環境学研究所(地球研)で2014年から5年間にわたって行われた研究プロジェクト「高分解能古気候学と歴史・考古学の連携による気候変動に強い社会システムの探索」(気候適応史プロジェクト)の経験から、歴史学・考古学と地球惑星科学の協働の活性化の方向性について議論したい。〇気候適応史プロジェクトの基本構造 地球研は文理融合の手法を用いて地球環境問題の解決に資するプロジェクトを全国の大学等から多数公募し、時間を掛けて準備と審査を繰り返したのち期限を定めて本格的な研究を行わせる大学共同利用機関である。古気候学者である私は、その枠組みの中で2010年から全国の古気候学、歴史学、考古学の関係者に呼びかけて、3つのステップからなる気候適応史プロジェクトの構想を作った。1)最新の古気候学の手法を用いて過去数千年間の日本の気候を年単位で復元する、2)得られた古気候データを歴史学・考古学の膨大な史・資料と詳細に対比する、3)気候と社会の関係の無数の事例を比較分析して、気候変動に強い社会と弱い社会の特徴を明らかにする。このプロジェクトでは当初、文献史料から天候を解読する歴史気候学を除くと、理系から文系への一方的な情報の流れだけを想定していたが、実際には両者の緊密な相互作用により、事前の想定を遥かに越えた研究の進展があった。以下、プロジェクトで最も重視した古気候復元指標である樹木年輪セルロースの酸素同位体比を用いた夏の降水量の復元を例にして、文理融合の効果と課題について述べる。〇文理融合による研究の進展と課題 樹木年輪セルロースの酸素同位体比は、年輪古気候学に独特の難しさがあった日本のような温暖湿潤域で高精度の気候復元を可能にした画期的なプロキシーであり、プロジェクトでは、そのデータを日本全国で過去数千年間にわたって早期に構築することを目指していた。文系の研究者は、当初、年輪古気候データのユーザーとしてのみ位置づけられていたが、実際にはさまざまなレベルでデータ構築自体に大きく貢献することになる。理系から文系へは高精度の古気候情報と共に、酸素同位体比を用いた新しい年輪年代情報が提供されたが、それに対して文系から理系には以下のような反応があった。1.出土材や建築古材の積極的な提供、2.データの史・資料による批判、3.データの時空間的な精度と範囲の改善要求である。理系の側にとって1は全面的に歓迎できるが、2,3は耳が痛く、自らの発想からは生まれにくい。しかし3の要求が、世界で初めて酸素と水素の同位体比を組み合わせて、年輪古気候学が最も苦手とする長周期の気候復元を可能にした。その結果、2の批判も克服して、過去数千年間に亘る年~千年のあらゆる周期の気候変動の復元に成功し、古気候学・歴史学・考古学の研究は一気に進展したが、プロジェクトの目的である肝心の「気候変動に強い社会システムの探索」の方はなかなか進まなかった。文理を越えた学問の根源的な目的への相互理解が足りなかったからである。〇おわりに-相互理解が協働の基本 空前の長さと精度を持つ高分解能古気候データの構築という気候適応史プロジェクトの成果は、文理双方の学問的なニーズが緊密に相互作用した結果である。当初は理系データの文系への提供だけを考えていたが、実際には相手のニーズを無視した一方的なデータの押し付けはうまく行かず、文理を超えた相互批判が重要であった。これは、文系のデータを理系が利用する場合でも同じである。一方で、文理融合が個別分野の発展を促すだけでなく、真の「融合」になるためには、より深いレベルでの相互理解が必要であった。私が気候適応史プロジェクトの中で気付いた最も重要な事実は、「歴史学者や考古学者は、必ずしも現代の問題の解決のために、歴史の研究をしている訳ではない」ということである。もちろん、それには意味がある。文系の歴史研究が重視するのは、研究対象とする時代の人々の価値観の違い、つまり歴史上の各時代の人々の多様性を理解し、現代の私たちを相対化することである。現代が過去と違うのと同様に、未来も現代とは違う以上、未来志向で現在の問題を解決していくためには、法則性の発見を重視する理系の研究者と、多様性の理解を重視する文系の研究者が、相互に尊重し合って未来に向って共に考えていくスタンスが必要である。そのことに気が付いたことが私にとってプロジェクトの最も重要な教訓であった。
著者
中塚 武 木村 勝彦 箱崎 真隆 佐野 雅規 藤尾 慎一郎 小林 謙一 若林 邦彦
出版者
名古屋大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2017-05-31

全国の埋蔵文化財調査機関と協力して、年輪酸素同位体比の標準年輪曲線の時空間的な拡張と気候変動の精密復元を行いながら、酸素同位体比年輪年代法による大量の出土材の年輪年代測定を進め、考古学の年代観の基本である土器編年に暦年代を導入して、気候変動との関係を中心に日本の先史時代像全体の再検討を行った。併せて、年輪酸素同位体比の標準年輪曲線(マスタ―クロノロジー)を国際的な学術データベースに公開すると共に、官民の関係者への酸素同位体比年輪年代法の技術一式の移転に取り組んだ。
著者
諫早 庸一 大貫 俊夫 四日市 康博 中塚 武 宇野 伸浩 西村 陽子
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2021-04-01

本研究は、「14世紀の危機」に焦点を当てるものである。「14世紀の危機」とは、「中世温暖期」から「小氷期」への移行期にあたる14世紀に起きたユーラシア規模での、1)気候変動、2)社会動乱、3)疫病流行、これら3つの複合要素から成り、ユーラシア史を不可逆的に転換させた「危機」を意味する。本研究では、気候の変動は人間社会にとって特に対応の難しい20年から70年ほどの周期で「危機」を最大化するという仮説に基づいて議論を進める。100年単位の生態系の長期遷移と、社会や気候の短期のリズムとのあいだにある中間時間を、気候データと文献データとの組み合わせによって危機のサイクルとして析出する。
著者
山田 隆二 木村 誇 苅谷 愛彦 佐野 雅規 對馬 あかね 李 貞 中塚 武 國分(齋藤) 陽子 井上 公夫
出版者
公益社団法人 砂防学会
雑誌
砂防学会誌 (ISSN:02868385)
巻号頁・発行日
vol.73, no.5, pp.3-14, 2021-01-15 (Released:2022-01-17)
参考文献数
46
被引用文献数
1

Establishing chronologies for large-scale landslides is crucial to understand the cause of the mass movements and to take measures against potential hazards in future. We discuss the applicability of dating methods for determining landslide chronologies in relation to the type of samples and the stratigraphic setting of sampling location. Case studies are carried out with fossil wood samples buried in the deposits of large-scale landslides in two areas of the Japanese Alps region in historic times ; Dondokosawa rock avalanche (DRA) and Ohtsukigawa debris avalanche (ODA). Ages are determined by accelerator mass spectrometry radiocarbon dating and dendrochronological analysis using the oxygen isotope composition of tree ring cellulose. We report seven radiocarbon ages and five dendrochronology data for the wood samples taken from outcrops and excavated trenches in the lacustrine sediments of dammed lakes formed by DRA, and two radiocarbon ages and two dendrochronology data for wood samples of ODA. Two sets of data for DRA are crosschecked independently to ensure the accuracy of results. Most of ages in the DRA area are concordant with the period of AD 887 Ninna (Goki-Shichido) mega-earthquake as proposed in previous studies. In the ODA area, ages are not concentrated in a specific period. When the preservation condition of buried wood trunks is good enough to date the exact or approximate tree-death years dendrochronologically, it is possible to estimate landslide occurrence periods in further detail by comparing the landslide chronology with historical records of heavy rainfall and large earthquakes.
著者
中塚 武
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.203, pp.9-26, 2016-12

日本を含む東アジアでは,近年,樹木年輪幅の広域データベースや樹木年輪セルロースの酸素同位体比,或いは古日記の天候記録や古文書の気象災害記録などを広く用いて,過去2,000 年以上に亘って気温や降水量の変動を年単位で解明する,古気候復元の取り組みが進められている。その最新のデータ群を歴史史料や考古資料と詳細に比較することで,冷害や水害,干害といった気候災害に対して,過去の人々がどのように対応できたか(できなかったか)を,時代・地域ごとに詳細に明らかにできる可能性がある。近世・中世・古代のそれぞれの時代における,これまでの気温や降水量の復元結果からは,数十年の周期で夏の気温や降水量が大きく変動した際に,大きな飢饉や戦乱などが集中的に発生していたことが明らかとなってきた。このことは,地震や津波による災害を含めて数十年以上の間隔をおいて同じ種類の災害が再発する際に,つまり数十年間平穏な時期が続いた後に災害が起きる際に,社会の対応能力が低くなるという普遍的なメカニズムの存在を示唆する。本論ではさらに,古代から近世に至る歴史の時間・空間座標の中から,数十年以上の時間間隔をおいて大きく気候が変動した無数の事例を抽出して,気候災害の再発に際して社会の中のどのような要因が災害の被害を増幅(縮小)させたのかについて,普遍的に明らかにするための統計学的な研究の枠組みについて提案した。こうしたアプローチは,「高分解能古気候データからスタートする歴史研究」において初めて可能になる方法論であり,伝統的な歴史学・考古学の方法論を補強できる,新しい歴史研究の可能性を拓くものになるかもしれない。災害への社会の対応力を規定する要因が何であるのかは,現時点では結論は下せないが,中世や近世の事例は,特に「流通経済と地域社会の関係のあり方」が飢饉や戦乱の有無に深く影響することを示唆しており,関連するデータの収集が急がれる。Past changes in temperature and precipitation during last two millennia are now being reconstructed in Japan and East Asia at annual time resolution using various paleoclimate proxies such as tree rings, including large scale database of tree ring width and tree-ring cellulose oxygen isotope ratios, and literature records, covering diary weather descriptions and documentary climate disaster reports. By comparing those high resolution paleoclimate datasets with historical and archaeological evidences, it might be possible to elucidate how people in local societies of past periods reacted to climate disasters due to cold summer, severe flood or drought in detail. So far, reconstructed variations in summer temperature and precipitation during early modern, medieval and ancient ages have clarified apparent coincidences that multi-decadal variations in summer temperature and precipitation often underlain many large famines and/or warfare at the corresponding periods. This fact implies a universal mechanism that societies cannot successfully react to disasters, including earthquake and tsunami, which reoccurs after long pausing periods, more than multi-decades. In this paper, I proposed a statistical research strategy to elucidate what kinds of societal properties enhanced (reduced) people's damages owing to the disasters by extracting and analyzing of numerous historical examples on multi-decadal or longer time intervals of large climate changes and their societal consequences. This statistical approach to historical researches starting from high resolution paleoclimate data may develop a new possibility to strengthen traditional historical and archaeological methodologies. Although I cannot conclude now about the important factors determining degree of people's damages by the disasters, medieval and early modern examples suggest that relationships between distribution economy and local societies might have played key roles.
著者
安江 恒 久保 典子 赤尾 実紀子 佐野 雅規 中塚 武
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.128, no.1, pp.49-59, 2019-02-25 (Released:2019-04-03)
参考文献数
31
被引用文献数
3 1

Ring width, maximum density, and δ18O chronologies of Tsuga diversifolia and Picea jezoensis var. hondoensis growing in a sub-alpine forest at Mt. Senjo in the Akaishi Mountains were developed. Ring width and maximum density were measured with X-ray densitometry. Tree-ring δ18O was measured using a mass spectrometer after cellulose extraction. The chronologies developed have significant positive correlations with monthly temperatures in July, August, and September, with the exception of the ring width of T. diversifolia. The transfer functions for July-September temperature were developed using the four chronologies and were verified statistically. The transfer functions reveal a high coefficient of determination, whereas statistical verifications were not successful with rather low RE, CE, and sign test. The estimated temperatures since 1774 partially agreed with reported climate changes based on historical records. The results indicate that estimated temperature is weak for reconstructing increasing trends and low-frequency variations of temperature, although it is potentially useful for higher frequency temperature changes in local areas.
著者
中塚 武 大西 啓子 安江 恒 光谷 拓実 三瓶 良和
出版者
一般社団法人日本地球化学会
雑誌
日本地球化学会年会要旨集 2010年度日本地球化学会第57回年会講演要旨集
巻号頁・発行日
pp.78, 2010 (Released:2010-08-30)

享保の飢饉は、享保17年(1732年)に起きた江戸時代の西日本最大の飢饉であり、虫害という特異的な背景を持つ。原因となったウンカは、東南アジアから中国南部を経て、毎年風に乗って日本に飛来する、日本では越冬できない昆虫であり、当時の大発生の背景には何らかの大気循環の変化があったことが推察できる。本研究では、江戸時代の日本全国における樹木年輪セルロースの酸素・炭素同位体比の時空間変動パターンを解析して、当時の大気循環の特徴、及びその日本社会の変動との関係を解析した。
著者
中塚 武
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.203, pp.9-26, 2016-12-15

日本を含む東アジアでは,近年,樹木年輪幅の広域データベースや樹木年輪セルロースの酸素同位体比,或いは古日記の天候記録や古文書の気象災害記録などを広く用いて,過去2,000 年以上に亘って気温や降水量の変動を年単位で解明する,古気候復元の取り組みが進められている。その最新のデータ群を歴史史料や考古資料と詳細に比較することで,冷害や水害,干害といった気候災害に対して,過去の人々がどのように対応できたか(できなかったか)を,時代・地域ごとに詳細に明らかにできる可能性がある。近世・中世・古代のそれぞれの時代における,これまでの気温や降水量の復元結果からは,数十年の周期で夏の気温や降水量が大きく変動した際に,大きな飢饉や戦乱などが集中的に発生していたことが明らかとなってきた。このことは,地震や津波による災害を含めて数十年以上の間隔をおいて同じ種類の災害が再発する際に,つまり数十年間平穏な時期が続いた後に災害が起きる際に,社会の対応能力が低くなるという普遍的なメカニズムの存在を示唆する。本論ではさらに,古代から近世に至る歴史の時間・空間座標の中から,数十年以上の時間間隔をおいて大きく気候が変動した無数の事例を抽出して,気候災害の再発に際して社会の中のどのような要因が災害の被害を増幅(縮小)させたのかについて,普遍的に明らかにするための統計学的な研究の枠組みについて提案した。こうしたアプローチは,「高分解能古気候データからスタートする歴史研究」において初めて可能になる方法論であり,伝統的な歴史学・考古学の方法論を補強できる,新しい歴史研究の可能性を拓くものになるかもしれない。災害への社会の対応力を規定する要因が何であるのかは,現時点では結論は下せないが,中世や近世の事例は,特に「流通経済と地域社会の関係のあり方」が飢饉や戦乱の有無に深く影響することを示唆しており,関連するデータの収集が急がれる。
著者
中塚 武
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2020
巻号頁・発行日
2020-03-13

年輪年代法は、考古学で用いられている最も精度の高い年代決定法の1つである。それは、同じ気候条件下にある地域内の同じ種類の樹木であれば、気温や降水量などの共通の環境因子の変化に応じて、年ごとの成長量、すなわち年輪幅の変動パターンが同じになるという原理に基づいている。年輪幅は測定が容易なので、世界中の様々な地域で年輪年代の決定や気候変動の復元に活用されているが、日本のように森林内に生息する樹木の種類が多く個体数密度が高い温暖で湿潤な地域では、第一に、年輪幅の変動パターンの比較の際の物差しになる標準年輪曲線を、全ての樹種に対して作ることは難しく、第二に、隣接する樹木個体間での光を巡る競争などの局所的な要因によって、年輪幅の変動パターンの個体間相関が低くなるという問題があり、日本ではヒノキやスギなどの年輪数の多い一部の樹木に対してしか適用できなかった。それに対して、年輪に含まれるセルロースの酸素同位体比の変動パターンは樹種の違いを越えて高い相関を示すことから、年輪数の多いヒノキやスギから得られた年輪酸素同位体比のデータを、広葉樹を含む他のあらゆる種類の木材の年輪年代決定に利用できる。この酸素同位体比年輪年代法は、未だ誕生から10年にも満たない新しい手法であるが、この間、標準年輪曲線の構築・延伸とさまざまな技術革新を重ねてきた。ここでは、その原理と課題、未来について、包括的に報告したい。年輪セルロース酸素同位体比の高い個体間相関性は、セルロースの原料が作られる葉内の水の酸素同位体比が、降水(水蒸気)の同位体比と相対湿度という2つの気象学的(日生物学的)因子によって決まることに由来している。また、そのメカニズムを介して、年輪酸素同位体比は夏の気候の感度の良い代替データになることが分かっており、先史時代を含むあらゆる時代の気候変動について、他では得られない高解像度のデータを提供できる。年代決定や気候復元を進めるためには、できるだけ多くの地域でできるだけ古い時代までさかのぼって、年輪酸素同位体比の標準年輪曲線(マスタークロノロジー)を構築する必要があるが、これまでに日本各地で現代から紀元前3000年前まで遡れる年単位で連続的な約5千年間のクロノロジーができ上がっており、それを使って縄文時代から現代までの日本各地、さらに韓国まで含めた様々な地域・時代の遺跡出土材や建築古材の年代決定が成功裏に行われてきている。その中では、膨大な数の年輪の迅速な分析技術、劣化した出土材からのセルロースの確実な抽出技術などが開発され、着実に年代決定の成功率を向上させてきた。また残された課題であった、考古学の研究に資する長周期の気候変動の復元や、遺跡出土材の大部分を占める年輪数が10年程度の小径木の年代決定が、最近になって可能になってきている。以降は、その技術革新の現状を踏まえて、未来の研究の可能性を議論したい。年輪を使えば文字通り年単位の気候復元が可能であるが、考古学では年単位の気候データよりも百年単位の気候データの方が重宝される。一方で年輪には生物学的な樹齢効果が長周期の気候情報と干渉することも分かっていて、一般に年輪から百年、千年単位の気候変動を復元することは難しいと考えられてきた。しかし近年、年輪セルロースの酸素と水素の同位体比を組み合わせて、あらゆる周期の気候変動を正確に復元する技術(Nakatsuka et al., 2020: https://doi.org/10.5194/cp-2020-6)が開発され、さまざまな時代や地域への応用が期待されている。一方でセルロースの酸素(水素)同位体比は、年層内の季節(春から夏の)変動パターンを測定することもでき、気候復元の高解像度化と共に、年代決定情報の高精細化が進められている。これまでに弥生後期や古墳前期といった年単位での年代決定が歴史の解釈の鍵を握る時代を対象に、近畿地方などでセルロース酸素(水素)同位体比の年層内変動のデータベース作りを始めており、その成果は小径木の年代決定に実際に利用され始めている。こうした技術革新の先にある酸素同位体比年輪年代法の考古学への最大の貢献とは何であろうか。遺跡から出土する杭や板、柱などのあらゆる小径木の年代が年単位で決定できるようになると、そのデータの年代別ヒストグラムを作ることで、土器の型式編年に依拠している日本の考古学では難しかった「単位時間当たりの人間活動の定量的な指標」を作成することができる。その知見を、あらゆる周期で正確に復元可能な年輪の酸素・水素同位体比に基づく気候変動の情報と照らし合わせることで、気候変動が人間社会の動態にどのように影響したのか(しなかったのか)を客観的に示すことが可能になる。このように全く新しい視点からの考古学の誕生が期待されている。
著者
中塚 武 大西 啓子 河村 公隆 尾嵜 大真 光谷 拓実
出版者
一般社団法人日本地球化学会
雑誌
日本地球化学会年会要旨集 2009年度日本地球化学会第56回年会講演要旨集
巻号頁・発行日
pp.32, 2009 (Released:2009-09-01)

弥生時代末期に生じた倭国大乱や邪馬台国の卑弥呼の登場など、日本の古代社会の変動と気候変化の関係を解析するため、長野県南部で発掘された2個体の埋没ヒノキから、紀元前1世紀~紀元3世紀の1年毎に年輪セルロースを抽出し、その酸素同位体比を測定して、当時の夏季の水環境の経年変動を復元した。変動の周期や振幅は時代と共に大きく変化し、特に2世紀後半の倭国大乱の時期には、長周期の大きな水環境の変動が生じ、その収束と共に、卑弥呼の時代が到来したことなどが明らかとなった。こうした結果は、初期稲作社会からなる弥生時代の日本において、気候、特に水環境の変化が、社会に大きな影響を与えていた可能性を強く示唆する。
著者
中塚 武 佐野 雅規 許 晨曦
出版者
一般社団法人日本地球化学会
雑誌
日本地球化学会年会要旨集
巻号頁・発行日
vol.61, 2014

日本とアジアにおいて、樹木年輪やその酸素同位体比を用いて、近年、急速に進んできた過去2千年間の年単位での古気候(気温と降水量)の復元研究の成果を元に、これまでの日本の古文書・古日記等にもとづく古気候復元研究の蓄積を再評価し、日本の歴史時代の気候変動を、気候学的・歴史学的に概観する。具体的には、江戸時代における古文書記録から復元された総観気候場と樹木年輪酸素同位体比の広域時空間データが、夏季モンスーンの動態を良く説明できることや、弥生時代以来の日本の飢饉や反乱・内乱が、気温や降水量の数十年周期変動に伴って起きていることなどを明らかにすると共に、今後の研究課題を議論したい。
著者
山田 隆二 井上 公夫 苅谷 愛彦 光谷 拓実 土志田 正二 佐野 雅規 李 貞 中塚 武
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

赤石山地鳳凰山東麓小武川支流ドンドコ沢に大量に分布する花崗岩質の巨大な角礫群は、堆積層から採取した樹幹試料等の放射性炭素(14C)年代測定に基づいて、奈良-平安時代に発生した大規模岩屑なだれに由来し天然ダムを形成したと考えられている(苅谷, 2012, 地形, 33: 297-313)。本研究では、酸素同位体比年輪年代測定法を用いて、岩屑なだれの誘因や堆積過程の解明に迫った。年代測定用の試料は、ドンドコ沢天然ダム湖堆積物の地表下約1 mの砂泥層に含まれるヒノキ(樹幹直径約50 cm、年輪計数による推定樹齢約400年)からディスク状に切り出して採取した。切り出したディスクから木口面に平行な厚さ1 mm、幅1 cmの薄板をスライスして板のままセルロース化し、最外年輪を53年分切り出して、総合地球環境学研究所が所有する熱分解元素分析計付きの同位体比質量分析計で測定した。測定結果の経年変動パターンを木曽ヒノキの標準変動曲線と対比したところ、ヒノキはAD 883+α(αは1年以上、数年程度)以降に倒伏・枯死したと考えられる。岩屑なだれの誘因を地震による強震動であると限定した場合、同じ露頭から採取した樹幹の14C年代測定結果は809-987(CalAD, 2σ; 苅谷, 2012)であることから、既往文献(宇佐美ほか, 2013, 日本被害地震総覧599-2012, 東京大学出版会)によると誘因となる可能性のある歴史地震が4つ程度考えられる(AD 841 信濃、 AD 841伊豆、AD 878 関東諸国、AD 887 五畿七道)。一方、酸素同位体比年輪年代のレンジはAD 883+αであるため、誘因となる可能性のある歴史地震はこれらのうちAD 887 五畿七道地震に絞られる。苅谷ほか(JPGU 2014, HDS29-P01)は同じ樹幹試料より年輪幅を計測し、AD 887晩夏の枯死年代を得ており、五畿七道地震(仁和三年 = AD 887夏)に関連して枯死したと指摘したが、酸素同位体比年輪年代測定の結果はそれに矛盾しない。この研究は、平成27年度砂防学会の公募研究会の助成を受けた。
著者
中塚 武 阿部 理
出版者
総合地球環境学研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2011-04-01

年輪に含まれるセルロースの酸素同位体比が、樹種の違いに依らず、降水同位体比と相対湿度と言う2つの気象因子のみに支配されて変化することに着目し、日本全国の多様な樹種からなる考古木質遺物の年輪年代決定に利用できる普遍的な年輪セルロース酸素同位体比の標準変動曲線を、過去数千年間に亘って日本各地で作成した。そのために、全国から得られた縄文時代以来のさまざまな年代の長樹齢の年輪試料(自然埋没木、考古木質遺物、古建築物、現生木などのさまざまな檜や杉の木材)の年輪セルロース酸素同位体比を測定すると共に、その成果を縄文時代以降の東海、北陸、近畿などのさまざまな地域の考古遺跡の年代決定に利用することに成功した。
著者
中塚 武
出版者
北海道大学低温科学研究所
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.65, pp.49-56, 2007-03-23

近年、分析技術の発達により、樹木年輪に含まれるセルロースの酸素同位体比を古気候復元に利用する取り組みが進められている。酸素同位体比は、年輪幅や年輪の炭素同位体比と異なり、樹木自身の生理生態学因子の影響をほとんど受けず、もっぱら降水の酸素同位体比と相対湿度のみに依存して変化するため、日本のように降水量が多く森林内の樹木密度が高い地域においても、過去の水循環変動の復元等に利用できる。また、年層内の酸素同位体比の季節変動を詳細に測定することで、樹木から過去の月単位の古気候情報を取得することも可能になりつつある。
著者
江淵 直人 中塚 武 西岡 純 三寺 史夫 大島 慶一郎 中村 知裕
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2006

オホーツク海および北西北太平洋親潮域の高い海洋生物生産性を支えている物質循環のメカニズムを,海洋中層(400~800m)の循環と鉄の輸送過程に注目して,現場観測と数値モデルによる研究を行った.その結果,オホーツク海北西大陸棚起源の鉄分が,海氷の生成とともに作られるオホーツク海中層水によって移送され,千島海峡で広い深度層に分配された後,西部北太平洋に送り出されている様子が定量的に明らかとなった.