- 著者
-
目代 邦康
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2021年度日本地理学会春季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.160, 2021 (Released:2021-03-29)
1.はじめに 地球温暖化対策としての化石燃料使用の抑制,また東日本大震災での原子力発電所事故により原発の危険性が広く認識されたことにより,再生可能エネルギーによる発電が注目されるようになっている.各地で,地域主体の市民共同発電が行われるようになっている(たとえば豊田2016,大門2016など).一方で,地域住民の合意に基づかない,再生可能エネルギー事業のため,地域に軋轢が生じているところもある.再生可能エネルギー施設設置による乱開発を規制する条例が各地で制定されているのは,この表れであるといえる(例えば岩手県遠野市など).国立公園,国定公園といった自然公園は,自然公園法に定められている通り,優れた自然の風景地を保護し,保険,休養,教化に資することを目的としている.こうした自然公園において,環境省は,2015年には,再生エネルギーの大規模な導入という政府方針に基づき,自然公園においても自然環境と調和した再生可能エネルギー発電施設の導入を,限定的に許容すべきという立場をとっており,現在では,さらに許容の立場を進め,国立公園内での再生可能エネルギーの発電所設置を促す方針となっている.今日,多面的にその価値が理解されるようになっている自然公園において,これまでの規制をさらに厳しくするのであれば理解はできるが,安直にその規制を緩めることは,これまで多くの関係者の努力により築き上げてこられた自然公園の仕組みを破壊するものであるといえる.ここでは,自然地理学的観点から,国立公園,国定公園といった自然公園の価値を考えたうえで,再生可能エネルギー乱開発(再エネ乱開発)の問題点を指摘する.2.自然公園の多様な価値 それぞれの地域に暮らす人は,その地域の自然環境から様々な恩恵を受けており,それは生態系サービスという概念において,整理されている.その生態系は,地域によって異なるが,一つのまとまりのある範囲が流域である.流域の中で,水とそれによって運搬される砂礫,諸元素があり,地形環境がそのなかで形成され,そこで人間が生活している.この流域全域が自然公園となっていることもあるが,日本では,山地の上流部,もしくは河口周辺の海岸部が自然公園地域として指定されている.山地が自然公園として指定される意味は,そもそも開発が進んでおらず,美しい景観が残存していることが第一であるが,それとともに河川に流入する水やさまざまな栄養塩が供給される場所であること,また,山地環境における緩和作用により,流出量が調整されることがあるためである.自然公園法では,法文のなかで生物多様性保全の場であるという位置づけをしているが,生物多様性を支えるための流域やそれより広域の自然環境が存在する意義については十分理解されていない.山地に風力発電施設や大規模太陽光発電施設(メガソーラー)を設置する場合,そこの場所に存在している植生の面積が減少すること,地形が変化すること,水文プロセスが変化することは必然であり,それは許容されるべきものであるのかどうかは,土地所有者と許認可を出す行政関係者だけでなく,地域住民や研究者との合意も必要であろう.水文プロセスの変化は,その山地の保水能力の低下や,流出する水の水質の変化ももたらす.2017(平成29)年3月に環境省自然環境局より出された,「国立公園普通地域内における措置命令等に関する処理基準等の一部改正の概要」によれば,「太陽光発電施設の新築,改築及び増築による土砂及び汚濁水の流出のおそれがないこと」は適合するかどうか審査されることになっているが,何らかの地形改変を行って,土砂を河川に流出させないことなど,実質的に不可能である.