著者
棚橋 尚子
出版者
奈良教育大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

本研究の目的は、漢字に付されたルビが児童の漢字習得に有効であるかの解明にある。近年、一般に使用する漢字の総体が多くなるに伴い、新聞等において常用漢字表外の漢字にルビを付す形のいわゆるルビ付き表記が多く見られるようになった。また、名文暗唱の流行も手伝い、児童が目を通す書物の中には総ルビ表記のものが目につくようになってきた。名文暗唱のブームを作った斎藤孝は総ルビ表記を評価し、児童が漢字の読みに習熟するために効果があるとしている。斎藤に限らず、従来多くの識者が、ルビ付き表記で漢字は覚えられる旨の指摘を続けてきた。しかしながら、棚橋が1999年に行った複数の調査によれば、漢字に対して苦手意識のある児童は、ルビの有無にかかわらず漢字そのものを敬遠する傾向があることが分かっている。本研究では、このような実態を踏まえ、教師の意識調査と、児童に対する漢字習得調査を柱に「ルビは漢字の習得に有効か」という点を追究した。その結果、まず教師の意識調査からは、自身の漢字習得経験においてルビの有効性を自覚していたかどうかにかかわらず、母集団(108名)の3割以上の教師が、漢字の「書き」についてもルビが効果的だと考えていることが理解できた。さらに、小学生1699名を対象にした、実験群(ルビ付き表記による事前学習をさせる群)と統制群(事前学習をさせない群)を設定した漢字ルビの効果を測定する調査では、統計処理の結果、ルビ付き表記を見せて学習させることが、漢字の読みの習得ばかりか、書きの習得にまで影響を及ぼす(極めて有為である)ことが判明した。したがって、従来、研究者個人の経験則に基づいて指摘されてきた漢字習得における漢字ルビの有効性は、科学的にも存在すると結論することができた。