著者
楠見 友輔
出版者
日本教育方法学会
雑誌
教育方法学研究 (ISSN:03859746)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.25-36, 2021-03-31 (Released:2022-04-01)
参考文献数
50

本稿では,ニュー・マテリアリズムの理論を教育研究に取り入れる意義について論じた。社会科学や人文学では,旧来,主体性は意思のある人間の性質とされ,物は因果的な性質を持つとして人間からは区別されてきた。近年の社会科学において注目されている社会構築主義においては,人間と物の多様で複雑な関係が考慮され,子どもの学習のミクロな過程が明らかにされてきた。しかし,物は人間にとっての道具に置き換えられることによって人間との関係を有すると考えられ,子どもの学習は言説的相互行為を分析することを通してのみ明らかにされてきた。ポスト構築主義に立つニュー・マテリアリズムでは,上記のような物と人間の二元論の克服が目指される。ニュー・マテリアリズムでは物の主体性と人間の主体性を対称的に捉え,コミュニケーションへの参加者が非人間にまで拡大される。物と人間はアッサンブラージュとして内的-作用をしていると捉えられ,特定の発達の筋道を辿らない生成変化が注目される。研究者は,回折的方法論によって実践から切り離されたデータと縺れ合うことで新しい知識を生産する。このようなフラットな教育理論を採用することは,これまで否定的な評価を受けてきた子どもの学習の肯定的側面を捉えることや,これまで見過ごされてきた知識の生産を促し,規範的な教育論から逃れた教育実践と研究の新しい方向性を見出す可能性を有している。
著者
楠見 友輔
出版者
一般社団法人 日本特殊教育学会
雑誌
特殊教育学研究 (ISSN:03873374)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.213-222, 2016
被引用文献数
1

本稿では、異なる学校や学級に在籍する障害児と健常児の直接的交流を射程とし、わが国の交流教育に関する研究の課題と今後の展望を示した。筆者は交流教育の先行研究をその目的によって、1. 交流経験とその効果の関係を検証する研究、2. 交流の実施状況や交流に対する意識の実態の調査、3. 実践の開発を志向した事例分析、4. 交流計画や実践の報告の4領域に整理し、その知見をまとめた。今後の展望は4点に整理された。第一は、形式・内容・構造の違いによる目的・効果の差異を考慮することである。第二は、集団間接触理論の知見との結合により、効果的な交流の条件を解明することである。第三は、事例研究と態度研究の併用によって、交流の過程と効果の関係を明らかにすることである。第四は、障害児と健常児の交流機会を継続的に確保し、全学校種・障害種における交流の効果や有効な方法を検討することである。
著者
楠見 友輔
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.206-224, 2023 (Released:2023-04-01)

人間を世界と切り離して分析する研究法では,大加速する地球規模の危機に人間自身が巻き込まれている現代社会の問題を解決することが困難である。このような状況下で,質的研究の内部において,ドゥルーズの哲学,ニューマテリアリズム,ポストヒューマニズム等の理論とともに思考し,反-表象主義,物質と人間の対称性,脱人間中心主義を標榜するポスト質的研究を希求する運動が生じている。ポスト質的研究は,倫理-存在-認識論という独自の立場から研究を行うため,調査と分析の過程や論文の文体は,伝統的な研究と大きく異なっている。さまざまなデータと研究者は脱領土化・脱層別化された内在平面で内-作用し,新しい知識を創造することが目指される。ポスト質的研究で用いられる造語と転義に親しむこと,ポスト質的研究への批判を概観すること,ポスト質的研究の重要な特徴をつかむことを通して,本稿は,質的研究のフレームを開き,ポスト質的研究の可能性を拓くことを目的とする。
著者
楠見 友輔
出版者
日本教育方法学会
雑誌
教育方法学研究 (ISSN:03859746)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.49-59, 2018

<p>本稿では,社会文化的アプローチの視点から学習者の主体性に基づく教授と授業のあり方についての議論を行った。社会文化的アプローチにおける学習者の「媒介された主体性」という概念は,個人の有能さではなく,文脈や環境に埋め込まれた主体の意思や行為する力を示すものである。このような観点からは学習者を同質的な主体性を有する集団と捉えたり,教師の教授と学習者の学習を対立的に捉えたりする見方は否定され,授業が教師と個々の学習者の主体性による複雑な相互活動の過程とみなされる。学習者と教師の主体性の関係の二者択一を解消するために重要となるのが教師の教授におけるコンティンジェンシーである。コンティンジェンシーへの注目は学習者の主体性を教師の教授の起点とし,学習者の主体性の発現を促し,授業に学習者の生活世界の文脈を導入することを可能にすることが示された。個々の学習者と教師が授業において主体として相互活動を行うためには授業を対話的構造に転換することが必要であると言われている。筆者は主体性に基づく教授と授業を行うためには,授業の具体的文脈における学習者の主体性に基づき,個々の学習者の主体性が実現されるような多様な教授や授業の方法や形式について議論することが必要であることを指摘した。</p>