著者
樋口 美雄 佐藤 一磨
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.15-36, 2015-04

論文挿図表本稿の目的は, 国際比較可能な雇用統計・賃金統計を使って, 日米英独仏における労働市場の動きについて検討することである。この分析の結果, 次の14点が明らかになった。(1)2000年以降, 5か国における経済成長率は, 大きく低下し, それに呼応して, いずれの国においても雇用者数の伸びが低下した。どの国においても, 製造業では雇用は減少したが, 医療・福祉分野において雇用は増えた。(2)各国の雇用調整の速度を計測すると, ドイツを除く, いずれの国においても, 近年, 調整速度は早まっている。(3)平均労働時間の動きを見ると, 日本・イギリス・ドイツ・フランスでは過去20年間で労働時間は大きく低下したし, アメリカでも若干短縮した。(4)有期契約労働者比率の上昇は日本, ドイツ, フランスで見られる。(5)アメリカ, イギリス, ドイツ, フランスでは名目賃金, 実質賃金ともに以前に比べれば, 上昇の幅は小さいものの, 上昇を続けている。これに対し, 日本では名目賃金において大きな低下を示しており, 実質賃金でも若干の低下が長期間にわたり続いている。(6)賃金と労働生産性の伸びを比較してみると, アメリカ, 欧州諸国では労働生産性の伸びを賃金の伸びが上回っているのに対し, 日本では逆に生産性の伸びを賃金の伸びが下回っている。(7)わが国における平均賃金の低下は, 一般労働者の賃金の若干の低下とともに, パート労働者の増加によって生じている。(8)雇用の伸び率の低下と賃金の抑制は, イギリスを除く4か国で労働分配率の低下をもたらした。(9)日本やドイツでは生産年齢人口が減少した一方, アメリカでは, リーマンショック後女性や若年層において, 就業意欲喪失効果により非労働力化が進展し, 労働力率が低下した。また5 か国いずれの国においても, 高齢者の就業率は上昇しており, アメリカを除く4か国で, 女性の労働力率は上昇しているが, 若年層の労働力率は低下した。(10)5か国いずれの国においても, 大きさに差があるものの, 所得格差の拡大傾向が観察される。(11)所得階層トップ1%の人が1国全体の所得に占める比率は, とくにアメリカとイギリスにおいて大きく上昇している。(12)平均賃金格差を属性間で比較すると, 学歴間賃金格差は日本を含むいずれの国においても拡大する傾向にある。(13)男女間の賃金格差は, いずれの国においても縮小する傾向にある。(14)日本における, 同じ年齢, 学歴についての個人間の賃金格差を見ると, 近年, 拡大傾向が観察される。
著者
樋口 美雄 石井 加代子 佐藤 一磨
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.67-91, 2016-08

本稿は, 最近の公的統計や慶應義塾大学パネルデータ設計解析センターが実施した「日本家計パネル調査」を使って, 国際比較・時系列比較を行うことにより, わが国の所得格差の現状とその変化について展望することを目的とする。とくに各世帯における世帯員の就業状態・雇用形態の変化, 賃金の変化によって世帯所得がどう変化するかを追跡調査し, 所得階層の固定化, 恒常的貧困率・一時的貧困率について国際比較を行う。最後に所得格差やその原因, さらには政府の所得再分配機能に関する国民意識の違いやその変化に接近し, わが国の所得格差拡大の背景に潜む課題について考察する。分析の結果, 以下の点が明らかになった。(1)わが国の所得格差はアメリカやイギリス, オーストラリア, カナダのアングロサクソン諸国に比べると大きくないが, 他の多くのOECD諸国と同様, 近年, 拡大する傾向が見られる。(2)等価可処分所得の年齢階層別ジニ係数を見ると, 20歳代, 30歳代において格差拡大が観察されるのに対し, 60歳代後半以降の所得格差はもともと大きいものの, 近年, 年金給付の拡充により縮小する傾向にある。(3)低所得層に焦点を当てた相対的貧困率や高所得層に焦点を当てたトップ1%の人の所得占有率のいずれを見ても, ほとんどのOECD諸国でこれらが上昇する傾向にあり, わが国もその例外ではない。わが国では1997年以降, 全体の所得が低下し, 貧困(所得)線が名目にしろ, 実質にしろ, 低下するようになったが, それにもかかわらず, 貧困線以下の相対的貧困率は上昇している。(4)日仏独米英における労働分配率を見ると, いずれの国でも近年, これが低下する傾向にあるが, 日本においてはとくにその傾向は強く, 付加価値に占める総人件費割合の低下が大きい。(5)世帯主の就業状態・雇用形態別に貧困率を見ると, 世帯主が失業している世帯, 無業の世帯の貧困率は高いが, 日本においては非正規労働者である世帯の貧困率も高い。夫婦2人がそろって働いても, 2人とも非正規労働の場合, 夫だけが正規労働者として働いている世帯よりも貧困に陥っている割合は高い。多くのOECD諸国では無業世帯における貧困割合が高いが, わが国では失業率も低く, 無業世帯も少ないことも反映して, 貧困層に占める無業者世帯は少なく, 2人以上の世帯員が働いていても, それらが非正規雇用である世帯の割合が高い。(6)世帯主所得が低い世帯では, 配偶者の就業率は高く, 個人単位での所得格差よりも, 世帯単位の所得格差は総じて小さい。(7)所得階層間の移動を見ると, 前年, 貧困層にあった世帯の貧困脱出率は全体では39%であるのに対し, 世帯主が前年, 非正規労働者であった世帯, 無業であった世帯の脱出率は27%, 24%と低い。前年, 貧困層になかった世帯が翌年貧困に陥る貧困突入率は全体では3%であるのに対し, 非正規労働者であった世帯では7%, 無業世帯では15%と高い。3年間の所得観察期間中, 1度も貧困層に入らなかった比率は, OECD17か国平均値に比べ, わが国ではやや低く, 3年とも貧困層に入っていた恒常的貧困率は若干高い傾向にあり, 所得階層の固定化が観察される。こうした現象には, 主に長期にわたり非正規労働者にとどまる者が急増していることが影響している。(8)わが国では, ドイツやスウェーデンに比べ, 貧困は個人の怠惰により起こっているというよりも, 不公正な社会の結果として起こっていると考えている人はもともと少なかったが, 近年, 貧困は個人の責任というよりも, 社会の不公正により起こっていると考える人が増えた。所得格差の拡大は人々のインセンティブを高めると考える人は少なく, むしろ政府の所得再分配機能の強化や貧困対策を求める人が多い。This paper analyses income inequality in Japan by international comparison and time-series analysis using official statistics and Japan Household Panel Survey (JHPS) by Keio University Panel Data Research Center. It also achieves the international comparison of income dynamics, such as income mobility and dynamic poverty analysis, focusing on the changes of working conditions and wages. Additionally, it tries to reveal the reason why the income inequality rises, and shows the changes of people's attitudes toward income redistribution policy and poverty. The findings are followings. (1) Although the level of income inequality is not as high as those in the Anglo-Saxons countries like U.S., U.K., Canada, and Australia, as like other OECD countries, it is rising recently. (2) The income inequalities among the age of 20s and 30s are rising, and on the other hand, the inequalities among the elderly are decreasing because of maturation of pension system. (3) The income share of the poor is decreasing and that of the top 1% is increasing among most OECD countries including Japan. In Japan, after 1997, even though overall income level is getting lower and the poverty line is decreasing, the relative poverty rate is rising. (4) The labor shares are decreasing in U.S., U.K., Germany, and France. In Japan, it is sharply decreasing. (5) The poverty rates in households with no workers are high in most countries. This can be seen in Japan, and additionally, among household where heads are non-regular workers the poverty rate is high. Although there are more than two workers in households, if they are not regular employment, the probability of falling into poverty is high. (6) Among households where heads earn less, the employment rate of spouses are high. Therefore, the income disparity among households is smaller than that among individuals. (7) The overall annual exit rate from poverty is 30%, but focused only on households whose heads are non-regular employments, the rate is 27%, and where heads are jobless, the rates is 24%. About annual entry rates, it is 3 % overall. Among the households where heads are non-regular employments, entry rate is 7%, and where heads are jobless, it is 15%. The share of households which are not poor among continuously three years is low in Japan compared with other OECD countries, but the share of households which are poor in continuously three years is relatively high. This reflects the increase of non-regular workers who cannot escape from the same working conditions for long period. (8) In Japan, there are getting more people who think poverty is the way society is unfairly organized rather than it is the result of individual attitudes. Also, in Japan, there are getting more people who expect government to achieve income redistribution and poverty reduction.論文挿図
著者
八代 充史 早見 均 佐野 陽子 内藤 恵 守島 基博 清家 篤 石田 英夫 樋口 美雄 金子 晃 八代 充史 早見 均 宮本 安美
出版者
慶応義塾大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1995

これまで労働市場では、労働者の保護を目的にして様々な規制がなされてきた。こうした規制は、労働市場における労働者の交渉力を高め、彼らの基本的人権を守るという重要な役割を果たしてきた。しかし、労働市場における需給バランスの変化や、労働者の所得水準の向上によって、こうした規制の中で時代にそぐわなくなったものが多々見られることも事実である。従って戦後労働法制の基本枠組みが構築されて50年を経た今日、労働市場の規制緩和について議論することは重要であると言えるだろう。しかし労働市場の規制緩和は、民営職業紹介や人材派遣業など職業安定行政に係わるもの、裁量労働制や雇用契約期間の弾力化、女性保護規定の緩和など労働基準行政に係わるもの、さらには企業内労働市場の人事管理や労使関係に係わるものまで多岐に渡っている。この研究では、こうした幅広い問題領域の中で主に労働基準法関係に焦点を絞って検討を行った。ただし報告書の第2章では、労働市場の規制緩和に関する問題領域全体を鳥瞰している。我々は、労働市場の規制緩和について各界の有識者を講師に招いてヒアリングを実施し、文献の収集・検討を行った。それに基づいて企業に対する郵送質問紙調査や企業の訪問調査を実施した。郵送質問紙調査では、労働基準法の規制緩和が企業のビジネスチャンスや雇用機会とどの様に関連するかという点を明らかにすることに努めた。
著者
石井 加代子 樋口 美雄
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.37-55, 2015-08

本稿では, 近年の非正規雇用の増加が個人間の所得格差と世帯間の所得格差にもたらす影響について, 慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センターの実施している「日本家計パネル調査(JHPS)」を用いて分析を行う。その結果, 非正規労働者の給与所得は所得分布の下層に集中しており, 非正規労働の増加は労働者間の給与所得の格差拡大に大きく影響していることがわかった。その要因について分析したところ, 単に非正規労働者の労働時間が短いことが原因であるのみならず, むしろ時間当たり賃金率に大きな格差があり, それが所得格差拡大に寄与していること, さらに時間当たり賃金率が低い者ほど労働時間が短い傾向にあることが, 給与所得における格差拡大を助長していることがわかった。一方で, 世帯所得にかんしては, 非正規労働の増加は必ずしも格差拡大をもたらす要因とはなっておらず, 非正規労働者が正規労働者と生計を共にし, 家計の補助的な役割を担う場合は, むしろ世帯間の所得格差を縮小させる方向に働くことがわかった。しかしながら, 非正規労働者が家計の主たる稼得者である場合には低所得に陥る確率が高く, ワーキングプアと非正規労働の関係の強さを改めて確認した。これらをOECDの加盟各国における分析結果と比較すると, 日本では正規労働者と非正規労働者の間で賃金の格差が大きいこと, しかしながら, 非正規労働者が世帯の主たる稼ぎ手となっているケースは, 従来, 少なく, むしろ家計補助的な役割を担っていることが多いため, 非正規労働者の給与所得が低いにもかかわらず, 世帯単位で見ると所得格差を縮小させていることが明らかとなった。もちろん, このことは非正規労働者の賃金の低さを是認するものではなく, これが高ければ, 個人のみならず, 世帯単位でも格差の縮小をもたらすことになる。論文