著者
河合 正弘 島崎 麻子
出版者
東京大学社会科学研究所
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.145-169, 2003-01-30

近年,日本おいて地域通貨制度(community currency systems)が急増しており,かつ多数の非営利組織(NPO)がこの制度の導入を検討している.日本の地域通貨制度の多くは,経済的,経済外的なメリットの追求をめざして導入されてきた.その歴史がまだ浅いことから,地域通貨が参加者や参加コミュニティーに与えてきた経済的なyリットを測定することは現時点では困難だが,この制度は地域社会における互恵的な,市場では取引されにくい財・サービスの取引を通じて,人的交流や相互扶助の精神を深め,ボランティア活動・環境保護活動の促進など経済外的なメリットをもたらしてきたといってよい.地域通貨制度は,コミュニティー・レベルでの結束,連帯,ネットワーク強化など地域的な「社会資本」を作り出す上で有用な道具となる可能性を持っている.公共政策的な観点からは,地域通貨制度は国民経済全体に対して,少なくとも初期の段階においては重大な影響を与えるものではない.地域通貨制度は現状の規模を極めて大きく上回らない限り,一国の経済運営にとって脅威となることはなく,中央・地方政府は支援することはあっても,それに歯止めをかける目的で干渉すべきではない.
著者
河合 正弘 島崎 麻子
出版者
東京大学
雑誌
社會科學研究 (ISSN:03873307)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.145-169, 2003-01-30
被引用文献数
1

近年,日本おいて地域通貨制度(community currency systems)が急増しており,かつ多数の非営利組織(NPO)がこの制度の導入を検討している.日本の地域通貨制度の多くは,経済的,経済外的なメリットの追求をめざして導入されてきた.その歴史がまだ浅いことから,地域通貨が参加者や参加コミュニティーに与えてきた経済的なyリットを測定することは現時点では困難だが,この制度は地域社会における互恵的な,市場では取引されにくい財・サービスの取引を通じて,人的交流や相互扶助の精神を深め,ボランティア活動・環境保護活動の促進など経済外的なメリットをもたらしてきたといってよい.地域通貨制度は,コミュニティー・レベルでの結束,連帯,ネットワーク強化など地域的な「社会資本」を作り出す上で有用な道具となる可能性を持っている.公共政策的な観点からは,地域通貨制度は国民経済全体に対して,少なくとも初期の段階においては重大な影響を与えるものではない.地域通貨制度は現状の規模を極めて大きく上回らない限り,一国の経済運営にとって脅威となることはなく,中央・地方政府は支援することはあっても,それに歯止めをかける目的で干渉すべきではない.
著者
伊藤 宏之 河合 正弘
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.153, pp.76-122, 2023 (Released:2023-08-24)
参考文献数
42

本論文は,為替レート制度と国際金融のトリレンマ制度に焦点を当てて,国際通貨体制の変遷を明らかにする。為替レート制度は,為替レート変動の程度や為替レート安定化のアンカー通貨が何かによって決まり,トリレンマ制度は為替レートの安定性,金融市場の開放度,金融政策の独立性の程度の組み合わせによって決まる。伝統的なFrankel-Wei(1996)やその修正版であるKawai-Pontines(2016)の推定式から,為替レートの安定性の指数(推定式の二乗平均平方根誤差(RMSE))を得ることができるだけでなく,各国にとっての為替レート安定化の対象であるアンカー通貨を特定することができる。金融市場の開放度は,各国の対外資産と対外負債の和の対GDP比,対貿易比によって示すことができる。金融政策の独立性は,各国の短期金利が海外金利と国内外の経済要因(国内のGDPギャップやインフレ率,海外の成長率や原油価格)のどちらにどの程度反応するかによって示すことができる。トリレンマのいずれの指数も0から1の間をとるものとして測定される。 100か国以上の諸国における為替レート制度の分析から,世界全体や各地域における主要通貨圏(米ドル圏,ユーロ圏,英ポンド圏,日本円圏,中国人民元圏)と自由な為替フロート制を採用する経済圏の規模およびその変遷を求めることができる。また,各国のトリレンマの組み合わせがどのように変化してきたかをトリレンマ三角形に図示することで,直観的な分析が可能になる。本論文から,いくつかの興味深い結果が得られる。 第1に,米ドル圏の世界経済シェアは依然として世界最大であるものの,ユーロ圏の出現と近年における人民元圏の急速な台頭により,低下する傾向にある。同時に,為替フロート制を採用する経済圏の世界シェアは拡大する傾向にある。第2に,一部の例外(ユーロ地域諸国など)を除き,先進国と新興・発展途上国の両者は,為替レートの柔軟性と金融市場の開放度を高める方向で,トリレンマ制度を選択してきた。今日,自由な為替フロート制,開放的な金融市場,独立した金融政策の維持という「コーナー制度」を採用する国は,先進国,新興・発展途上国の間で広がりを見せている。その一方,安定的な為替レート,閉鎖的な金融市場,独立した金融政策の維持という別の「コーナー制度」を採用する先進国は存在しない。また,安定的な為替レート,開放的な金融市場,独立した金融政策の放棄という3つ目の「コーナー制度」を採用する先進国はユーロ地域などに存在するが,それを採用する新興・発展途上国はごく少数に限られる。その一方,これら3つのコーナー制度以外の組み合わせ(「中間領域」を含む)を選択する国も多い。第3に,先進国と新興・発展途上国の両者に最良のマクロ経済パフォーマンスをもたらすトリレンマ制度は存在しない。
著者
河合 正弘
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.153, pp.9-75, 2023 (Released:2023-08-24)
参考文献数
52

第2次世界大戦後の国際通貨システムは,1971年のニクソン・ショックを境に大きく変貌した。それまでのIMF・ブレトンウッズ体制と呼ばれる米ドルを基軸通貨とする固定為替レート制から,1973年以降,主要先進諸国を中心に変動為替レート制に移行したからである。国際通貨システムは,1999年の西欧11か国による共通通貨ユーロの創出によって,複数基軸通貨制度へと展開し,第2の変貌を遂げることになった。2007-09年には,国際通貨システムの中心国である米国発の世界金融危機が起きたが,最も支配的な国際通貨としての米ドルの機能が損なわれる事態には至っていない。2010-15年の欧州金融危機により,ユーロのもつ制度的な脆弱性が明らかになり,ユーロが世界的な規模で米ドルに匹敵する役割を果たすようになることは容易でないことが示された。中国は世界金融危機以降,増大する経済力・金融力を背景に人民元の国際化を積極的に進め,米国の通貨・金融覇権に対する競争に乗り出している。ロシアも2022年のウクライナ侵攻後の金融制裁により,人民元への傾斜を深めている。しかし,人民元が本格的な国際通貨になるためには,国際資本移動の自由化や開放的で深み・厚みがあり流動性の高い人民元建て金融市場の存在が欠かせず,それには相当の期間を要すると考えられる。 本稿では,まず国際通貨システムの諸類型を固定為替レート制度,変動為替レート制度,協調的通貨制度(欧州通貨制度〔EMS〕とユーロの経済通貨同盟〔EMU〕)の3つにまとめ,それぞれの特徴を整理する。次いで,国際通貨システムの主要な柱として,通貨の交換性,為替レート制度と金融政策の枠組み,国際通貨の選択,グローバル金融セーフティーネットを取り上げて説明する。さらに,国際通貨システムの焦点として,グローバル・インバランスと米国の経常収支赤字,ユーロの導入と欧州金融危機,発展途上国の金融危機・債務危機,中国人民元の国際化,中央銀行デジタル通貨を取り上げて分析する。最後に,国際通貨システムの将来として4つの将来シナリオ(「新たな米ドル本位制」,「グローバルな準備通貨制度」,「多極的な国際通貨システム」,「国際通貨システムの分断」)を挙げ,ユーロ経済通貨同盟の強靭化,アジアにおける準備通貨の創出と金融協力,国際通貨システムの分断のリスクについて論じる。