著者
江口 允崇 畑農 鋭矢
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.150, pp.19-45, 2022 (Released:2023-03-10)
参考文献数
64

本論文では,最近までの関連研究を俯瞰しながら財政の持続可能性に関する議論をまとめ,最後に試験的な実証分析を試みた。第Ⅰ節では,財政の持続可能性について概観し,政府のデフォルトについての議論をまとめた。第Ⅱ節では,財政の持続可能性の代表的な定式化として横断性条件を紹介した。第Ⅲ節では,貨幣を導入し,中央銀行が存在する下での横断性条件について整理した。この設定では,物価の変動によって横断性条件が満たされると主張する物価水準の財政理論(FTPL)が重要である。第Ⅳ節では,利子率と経済成長率の大小関係,すなわちドーマー条件の観点を加味して3つの議論を行った。第1に,ドーマー条件を考慮しながら横断性条件と政府債務GDP 比の収束条件の関係を明らかにした。第2に,動学的最適化・効率性という視点からドーマー条件の意味を考え,財政の持続可能性に対する含意を示した。特に,g>r のケースにおいては,財政に合理的バブルが生じうること,(横断性条件ではなく)政府債務GDP 比の一定値以下への収束が持続可能性指標として妥当である可能性を示唆した。第3に,r-g に不確実性がある場合の実証分析(確率的債務持続可能性分析)を試行した。計算の結果によると,r-gに不確実性があるとき,たとえ現状がg>r であったとしても,2030 年の日本の国債GDP比は非常に大きな値となる可能性がある。
著者
米岡 秀眞 赤井 伸郎
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.149, pp.112-136, 2022 (Released:2023-02-10)
参考文献数
34

政治家の在職年数と財政運営の間における関係性については,これまで先行研究により,多くの議論が行われてきたが,正負いずれの影響を及ぼしているかについて論争がある。また,わが国の地方自治体の財政運営を分析した先行研究は,2000 年初頭までのデータによる検証が多かったため,2000 年の前後に生じた地方財政を取り巻く環境変化について十分な考慮が行われた上で,議論がなされてきたとも言い難い。本研究の目的は,こうした既存研究の課題を克服するために,1975 年から2017 年までの都道府県パネルデータを用いて,知事の在職年数と地方歳出との関係性を実証的に明らかにすることにある。その際,2000 年の前後を境として,地方歳出と知事の在職年数と の関係性が異なる可能性,あるいはそうした関係性が知事の属性及び就任時期によっても異なる可能性に着目して,実証分析を行った。実証分析から,以下の3 つの結論を得た。まず,知事の在職年数が長いほど地方歳出が 抑制されるかどうかに関しては,データの全体(1975~2017 年)では見出せなかったものの,2000 年以後において,その抑制傾向が確認された。2000 年の地方分権一括法の施行に伴った影響をより強く受けていたものと推察される。また,こうした2000 年以後に見られる知事の在職年数が地方歳出にもたらす影響は,知事の出身属性によって異なる効果が生み出されていること,さらには,その知事の出身属性の違いによる効果も,2000年以後に新たに知事が就任したか否かで異なることが確認された。得られた結論には,既存研究においてこれまで明らかにされてこなかった点,あるいは既存研究の見解とは異なる点がいくつかあり,少なくない示唆が含まれている。これらの結果を踏まえ,今後,首長の在職年数の長さが及ぼす効果と関連する制度のあり方について,さらに分析を深めていく必要がある。
著者
浅妻 章如
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.152, pp.30-56, 2023 (Released:2023-08-24)
参考文献数
71

国際租税法における企業課税をめぐり,伝統的には生産地基準で所得の地理的割当を観念してきた。そこでいう生産地基準とは,人,機械,工場等の有形の生産要素の稼働が from what の意味での所得源泉であり,その場所が from where の意味での所得源泉である,という考え方である。所得の地理的割当と,移転価格税制で独立当事者間原則により導かれる所得の人的帰属とは,異なる。しかし,21世紀に入り,独立当事者間原則を微修正し,有形の生産要素の稼働を重視する傾向が生まれつつある。他方,国家間課税権配分に需要地基準を取り入れようとする議論が,1990年代以降学界で,2018年以降は政府代表者レベルで,論じられるようになってきた。生産要素に着目して課税関係を決めることへの懐疑といえる。 個人に関する最適課税論は,地理的な視点を含まない点で国際租税法と異なる。しかし,生産要素に着目する伝統的な考え方に対し,事後的な結果も考慮に入れる考え方の意義が論じられるようになってきた,という点で,共通点がある。また,国際租税法における需要地基準への期待の高まりも,個人の最適課税論における事後的な結果の重視の姿勢も,GAFAのような勝者総取り的な企業の所得や,個人に関するスーパースター効果のような勝者総取り的な所得への対応という観点から,正当化しうる。
著者
山下 耕治 赤井 伸郎 福田 健一郎 関 隆宏
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.149, pp.202-223, 2022 (Released:2023-02-10)
参考文献数
11

本稿の目的は,水道管路の老朽化や人口減少の進行は,家事用の水道料金にどのように反映されるのか,さらには,口径別か用途別かという料金体系の違いは,水道料金の格差を生む要因であるのかについて実証的に明らかにすることである。パネルデータを用いた検証から,次のようなファクト・ファインディングを得た。 第一に,老朽化した水道管路の割合が高い事業体ほど,家事用の水道料金は有意に高くはなるが,そのパラメータはゼロに近く極めて小さいことを確認した。すなわち,管路の老朽化を見据えた水道料金の設定・改定は機能していないことを示唆するものである。第二に,口径別料金体系を採用している事業体では,用途別の事業体と比較して,家事用の水道料金は高い水準にある。さらに,口径別の事業体では,老朽化した管路の割合が高いほど水道料金が高いことが確認された。すなわち,用途別の事業体では,「家事用」という区分が明示的に存在することで,家事用の水道料金を高い水準に設定・改定することへの反発を招くなど意思決定上の困難性が存在するのかも知れない。第三に,口径別料金体系を採用している事業体は収益性が高く,用途別の事業体は収益性が低いことを確認した。 地方公営企業である水道事業は,独立採算制が原則で,原価に見合った料金設定・改定が求められている。用途別の料金体系を採用することで,水の使用目的により水道料金が異なる状況は,原価に見合った料金設定が機能していないことを意味する。用途別の料金体系は,施設の老朽化や事業の収支を見据えた適正な水道料金の設定・改定を阻む制度的要因になっていると思われ,持続可能性の観点からは,口径別料金体系の導入が望まれる。
著者
金坂 成通 倉本 宜史 赤井 伸郎
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.149, pp.137-157, 2022 (Released:2023-02-10)
参考文献数
45

汚職は,予算権限を持った個人主体が,ある特定の団体に利益(資金)を誘導・配分する代わりに,個人での利益を得る仕組みであり,公益とは乖離し,社会全体での効率的な資源配分を歪める要因となる。新たな資金を配分する場合には,歳出総額は拡大し,また,資金配分が非効率になる場合には,特定分野の資金が拡大し,歳出の無駄が発現すると考えられる。本稿は,汚職の存在と歳出の増加との関係について,汚職は発覚するまで存在がわからないという点に注意しながら,統計データを用いて明らかにする。 先行研究の多くがクロスカントリーデータを用いており,国家間の財政制度の違いを考慮できていないという限界を踏まえ,日本国内のデータを用いたことが,本稿の新規性である。本稿では,初めて日本の都道府県データを用いて,汚職発覚が歳出(歳出総額,土木費および落札率)に与える影響を検証している。 推定結果から,汚職の発覚後に歳出を抑える可能性がある事が示された。加えて,政治的状況による汚職発覚の影響を分析した結果,選挙において得票率が高かった知事のいる地方自治体ほど(競合する他候補者の得票率が低いほど),汚職発覚による歳出削減の効果は抑制されることを示唆する結果となった。この結果より,政治構造次第では,汚職発覚が直ちに歳出削減に繋がるわけではなく,知事の行動についても注視するべきという含意も得られる。
著者
神山 弘行
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.152, pp.123-142, 2023 (Released:2023-08-24)
参考文献数
44

本稿では,まず現在世代が将来世代に対してどのような責任を負っているのかという点について,財政問題を念頭に議論状況を概観する。そこでは,①不法行為法の視点,②契約法の視点,③人類の連鎖の視点,④私よりもよい状況に(better than me)という視点,⑤現在の中位層よりも良い状況に(better than our current median)という視点が検討の対象となる。その上で,各論として(1)危機対応とその財源としての税負担の世代間配分,(2)租税法と社会保障法の交錯領域といえる社会保険料の賦課対象である「所得」について検討を加える。国民健康保険料や後期高齢者医療制度の負担水準を決める場面では,賦課物件が個人住民税の「所得」と連動していることから,その範囲と捕捉方法について,世代間衡平の視点から検討を加える必要がある。
著者
伊藤 宏之 河合 正弘
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.153, pp.76-122, 2023 (Released:2023-08-24)
参考文献数
42

本論文は,為替レート制度と国際金融のトリレンマ制度に焦点を当てて,国際通貨体制の変遷を明らかにする。為替レート制度は,為替レート変動の程度や為替レート安定化のアンカー通貨が何かによって決まり,トリレンマ制度は為替レートの安定性,金融市場の開放度,金融政策の独立性の程度の組み合わせによって決まる。伝統的なFrankel-Wei(1996)やその修正版であるKawai-Pontines(2016)の推定式から,為替レートの安定性の指数(推定式の二乗平均平方根誤差(RMSE))を得ることができるだけでなく,各国にとっての為替レート安定化の対象であるアンカー通貨を特定することができる。金融市場の開放度は,各国の対外資産と対外負債の和の対GDP比,対貿易比によって示すことができる。金融政策の独立性は,各国の短期金利が海外金利と国内外の経済要因(国内のGDPギャップやインフレ率,海外の成長率や原油価格)のどちらにどの程度反応するかによって示すことができる。トリレンマのいずれの指数も0から1の間をとるものとして測定される。 100か国以上の諸国における為替レート制度の分析から,世界全体や各地域における主要通貨圏(米ドル圏,ユーロ圏,英ポンド圏,日本円圏,中国人民元圏)と自由な為替フロート制を採用する経済圏の規模およびその変遷を求めることができる。また,各国のトリレンマの組み合わせがどのように変化してきたかをトリレンマ三角形に図示することで,直観的な分析が可能になる。本論文から,いくつかの興味深い結果が得られる。 第1に,米ドル圏の世界経済シェアは依然として世界最大であるものの,ユーロ圏の出現と近年における人民元圏の急速な台頭により,低下する傾向にある。同時に,為替フロート制を採用する経済圏の世界シェアは拡大する傾向にある。第2に,一部の例外(ユーロ地域諸国など)を除き,先進国と新興・発展途上国の両者は,為替レートの柔軟性と金融市場の開放度を高める方向で,トリレンマ制度を選択してきた。今日,自由な為替フロート制,開放的な金融市場,独立した金融政策の維持という「コーナー制度」を採用する国は,先進国,新興・発展途上国の間で広がりを見せている。その一方,安定的な為替レート,閉鎖的な金融市場,独立した金融政策の維持という別の「コーナー制度」を採用する先進国は存在しない。また,安定的な為替レート,開放的な金融市場,独立した金融政策の放棄という3つ目の「コーナー制度」を採用する先進国はユーロ地域などに存在するが,それを採用する新興・発展途上国はごく少数に限られる。その一方,これら3つのコーナー制度以外の組み合わせ(「中間領域」を含む)を選択する国も多い。第3に,先進国と新興・発展途上国の両者に最良のマクロ経済パフォーマンスをもたらすトリレンマ制度は存在しない。
著者
河合 正弘
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.153, pp.9-75, 2023 (Released:2023-08-24)
参考文献数
52

第2次世界大戦後の国際通貨システムは,1971年のニクソン・ショックを境に大きく変貌した。それまでのIMF・ブレトンウッズ体制と呼ばれる米ドルを基軸通貨とする固定為替レート制から,1973年以降,主要先進諸国を中心に変動為替レート制に移行したからである。国際通貨システムは,1999年の西欧11か国による共通通貨ユーロの創出によって,複数基軸通貨制度へと展開し,第2の変貌を遂げることになった。2007-09年には,国際通貨システムの中心国である米国発の世界金融危機が起きたが,最も支配的な国際通貨としての米ドルの機能が損なわれる事態には至っていない。2010-15年の欧州金融危機により,ユーロのもつ制度的な脆弱性が明らかになり,ユーロが世界的な規模で米ドルに匹敵する役割を果たすようになることは容易でないことが示された。中国は世界金融危機以降,増大する経済力・金融力を背景に人民元の国際化を積極的に進め,米国の通貨・金融覇権に対する競争に乗り出している。ロシアも2022年のウクライナ侵攻後の金融制裁により,人民元への傾斜を深めている。しかし,人民元が本格的な国際通貨になるためには,国際資本移動の自由化や開放的で深み・厚みがあり流動性の高い人民元建て金融市場の存在が欠かせず,それには相当の期間を要すると考えられる。 本稿では,まず国際通貨システムの諸類型を固定為替レート制度,変動為替レート制度,協調的通貨制度(欧州通貨制度〔EMS〕とユーロの経済通貨同盟〔EMU〕)の3つにまとめ,それぞれの特徴を整理する。次いで,国際通貨システムの主要な柱として,通貨の交換性,為替レート制度と金融政策の枠組み,国際通貨の選択,グローバル金融セーフティーネットを取り上げて説明する。さらに,国際通貨システムの焦点として,グローバル・インバランスと米国の経常収支赤字,ユーロの導入と欧州金融危機,発展途上国の金融危機・債務危機,中国人民元の国際化,中央銀行デジタル通貨を取り上げて分析する。最後に,国際通貨システムの将来として4つの将来シナリオ(「新たな米ドル本位制」,「グローバルな準備通貨制度」,「多極的な国際通貨システム」,「国際通貨システムの分断」)を挙げ,ユーロ経済通貨同盟の強靭化,アジアにおける準備通貨の創出と金融協力,国際通貨システムの分断のリスクについて論じる。
著者
藤谷 武史
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.152, pp.4-29, 2023 (Released:2023-08-24)
参考文献数
70

「法と経済学」(法の経済分析)の分野の古典的業績に数えられるのが,「厚生主義(welfarism)の下では,法制度は効率性のみを追求し,所得分配の不公平性の問題は専ら税制および財政的給付(tax and transfer)を通じた所得再分配によって対応すべきである」という命題を提出した,Kaplow & Shavell (1994)(以下,「KS1994」)である。KS1994は,米国を中心とする「法と経済学」の研究者に幅広く受容された一方で,所得分配の問題に関心の強い論者からは,法と経済学が専ら法の効率性の観点を重視し,所得分配の公平の問題を等閑視することに免罪符を与えるものとして,批判の対象となってきた。しかし,わが国では,こうした論争自体,必ずしも広く知られているとは言えない状況にある。 本論文では,この缺を補うべく,関連文献を渉猟して,米国におけるKS1994をめぐる論争から得られた理論的蓄積を整理し(その際には,議論の拡散を避けるため,広い意味での厚生主義に依拠する陣営内部での論争に焦点を絞ることとした。),特に同論文の命題の射程を検討した。 検討の結果,以下の諸点が明らかとなった。まず,厚生主義者でKS1994の成果を全面的に否定する者は見当たらず,批判のほとんどは,KS1994が理論モデルから言える範囲を超えて一般的な射程を持つ「かのように語られる」点に向けられていた。理論モデルから言える範囲では,KS1994の結論は穏当ですらある。たとえば,KS1994は,「所得」以外の不平等について法制度が対応することについては否定も肯定もしておらず,衡平を考慮した法的権原(entitlement)の分配もKS1994の理論モデルからは必ずしも排除されない。また,KS1994が成り立つ条件も実は限定されている。例えば,所得再分配の手段としてみた場合に常に「所得税+給付」が優れているとも限らず,政治的に利用可能な手段であるとも限らない。論争を通じて明らかとなったこれら諸点は,いずれもKS1994が十分に述べなかった理論モデルの留保条件や射程を明らかにし,KS1994を理論的に補完するものである。ただし,政策的指針として見た場合には,「これら理論的留保により補完されたKS1994」がそのオリジナルの形態に比べて,簡明さゆえの魅力を大きく損われたものになっていることは否定しがたい。
著者
大西 宏典
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.151, pp.181-205, 2023 (Released:2023-04-21)
参考文献数
46

公的介護制度における自己負担率については,わが国でも近年度々見直しの対象となる等,その政策的な重要性が増している一方,先行研究が限られており,自己負担の効果については未だ明らかになっているとは言い難い状況である。そこで本稿では,公的介護制度における自己負担率が,サービス利用や利用者の健康状態に与える効果について,先行研究のサーベイを行った。公的介護制度が整備されているフランス,オランダ,韓国,日本の先行研究の分析結果をまとめたところ,概ね自己負担の増加(減少)によってサービス利用が減少(増加)するという結果は一致しており,また,自己負担の変化が利用者の健康状態には有意な効果を与えていないことも,複数の研究で指摘されていることが分かった。他方,自己負担の変化に対する価格弾力性は,国・地域・制度・時期・サービス種別・利用者の属性等によって異なっていることも明らかになった。とりわけ,日本の介護保険において2015 年8 月に導入された2 割負担の効果は,諸外国の先行研究や,医療分野の先行研究と比べても極めて小さかったと考えられるが,今後の研究では,このように国によって,あるいは医療と介護の間で,自己負担の効果が異なるメカニズムについて,解明 していくことが重要な課題である。
著者
中田 大悟
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.151, pp.235-253, 2023 (Released:2023-04-21)
参考文献数
34

2020 年初頭から世界を襲った新型コロナ危機における世界各国の緊急財政対応について,その対応策のバリエーションを整理するとともに,日本の緊急財政対応策と類似の政策を行った国々における政策評価分析について,サーベイを行った。特に,特別定額給付金に類似した家計への直接移転政策を行ったアメリカ,韓国,イスラエルにおける分析,雇用調整助成金に類似した雇用維持政策を実施したアメリカ,オーストラリアにおける分析,さらには日本では実施されなかったものの議論の俎上にあがることは多かった付加価値税(消費税)率の引き下げを行ったドイツにおける分析について,この数年で公表されたものについてサーベイした。これら諸外国の経験,分析結果をまとめることで,今後の日本の政策形成に関わる示唆と知見を整理する。
著者
野村 亜紀子
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.150, pp.46-75, 2022 (Released:2023-03-10)
参考文献数
31

少子高齢化が進む日本では,公的年金はマクロ経済スライドによる給付抑制を実行することが求められており,私的年金の役割が増すと共に,私的年金自体の持続可能性が重要を増す。私的年金の一種である確定拠出年金(DC)は2001 年の導入以降着実に普及しているが,改善すべき制度上の課題も抱えている。まず,DC 拠出限度額は,個人が働き方 や職場の年金制度等に関わらず均等に拠出機会を享受できる方向での,抜本的な見直しが求められる。租税理論及び財政の観点からは,私的年金税制の「EET 型」への移行も重要な論点となる。また,多くの個人がDC に加入し有効活用していることが重要であり,更なる普及拡大に向けて自動加入制度のような思い切った手段も検討の余地がある。さらに,DC 制度の運営の担い手は民間企業であり,事業として持続可能でなければならない点には留意が必要である。
著者
森 知晴
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.151, pp.83-106, 2023 (Released:2023-04-21)
参考文献数
97

本論文では,課税と給付の経済分析において,行動経済学の知見を用いた研究のサーベイをおこない,日本の課税・給付政策を行動経済学の観点から議論する。行動経済学とは,主体が「標準的な仮定」とは異なる仮定で動いているモデルを想定した研究の総称であり,近年では課税・給付の理論分析・実証研究においても研究が急増している。具体的には,税に関する不注意,課税・給付の複雑性がもたらす影響,退職貯蓄と年金の制度設計,納税促進,労働・教育・医療における給付の影響などが研究されている。また,理論的には最適課税との関係が研究されている。行動経済学的な知見は日本における課税・給付にかかる制度・政策を検証する新たな視点を提供し,より現実的な人間像を踏まえた制度設計を提案することができる。
著者
山形 辰史
出版者
財務省財務総合政策研究所
雑誌
フィナンシャル・レビュー (ISSN:09125892)
巻号頁・発行日
vol.2005, no.1, pp.171-191, 2005-02

HIV/AIDS、SARS、鳥インフルエンザといった新興感染症、薬剤耐性を持った病原体の出現によって問題が深刻化している結核、マラリア等再興感染症への関心が世界で高まっている。感染症の予防や治療はそれを個人に施すことのプラスの効果が国境を超えてスピル・オーバーすることが多く、国際公共財としての性質を持っている。また、新薬・ワクチンの成分・製法に関する情報および、感染症の流行に関する情報は典型的な公共財であり、誰しもがフリー・ライドするインセンティブを持っている。したがって、これら公共財の過少供給の問題を解決するためには国際的な協調行動が必要である。 世界の感染症対策は、感染がより大規模に広まっている発展途上国を中心としたものにならざるを得ない。現在これをリードしているのはアメリカであり、日本はWHOへの出資については存在感を示しているものの、それ以外の機関への出資や二国間協力の面において、少なくとも今現在においては貢献度が大きいと見られていない。また、新薬・ワクチン開発については日本の財政的な面での貢献は全く目立たない。 国際的な感染症対策に関する日本の印象を高めるためには、沖縄感染症イニシアティブの際になされたような形で金銭的貢献度を再び高める、あるいは、国際的に必要と考えられているものの他国が協力を決めていない分野への貢献をいち早く宣言する、等の対応が考えられる。