- 著者
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清水 光明
- 出版者
- 公益財団法人 史学会
- 雑誌
- 史学雑誌 (ISSN:00182478)
- 巻号頁・発行日
- vol.129, no.10, pp.34-55, 2020 (Released:2021-12-01)
本稿の目的は、近世後期の尊王思想の流通について、幕府の政策(出版統制と編纂事業)との関係で再検討することである。ここでいう尊王思想とは、大政委任論・「みよさし」論・朝廷改革構想・尊王攘夷思想等を念頭に置いている。先行研究は、これらの尊王思想に関してその形成過程や機能に着目してきた。例えば、中国思想(朱子学)との関係や、内政状況(宝暦・明和事件や尊号一件)、外政状況(対露関係やペリー来航)、幕末の政治状況(将軍継嗣問題や安政大獄)等への着目である。
これらの研究は、尊王思想についての基礎的な成果と見做すことができる。その上で、次の課題は以下の二点である。一点目は、尊王思想の流通と幕府の政策との関係である。近世後期の尊王思想は、天皇・朝廷の権威の上昇や対外危機の勃発によって、幕府の統制を越えて流布したというイメージがある。このイメージは、天保改革における出版統制の強化によって補強される。しかし、尊王思想は、近世後期には広く公然と流布していた。例えば、中井竹山『草茅危言』、頼山陽『日本外史』、会沢正志斎『新論』等である。何故このような現象が生じたのであろうか。本稿では、幕府の政策(出版統制と編纂事業)との関係から、尊王思想が流布する過程と環境を検討する。
二点目は、天皇像と他の為政者像との関係である。よく知られているように、近世日本では幕府が朝廷を厳しく統制した。したがって、この時代の天皇像を考察するためには、天皇と他の為政者(将軍や大名)との相互関係に留意する必要がある。
以上の観点を踏まえて、本稿では、まず十八世紀から十九世紀にかけての出版統制の変遷と編纂事業の展開を跡付ける。その上で、天保改革において出版統制が大きく変更された経緯や背景を検討する。そして、その変更の結果や機能について分析する。これらの考察を通して、本稿ではこの出版統制の変更(一部規定の緩和)が尊王思想の流通や近世から幕末への連続面・非連続面を考える上で重要な転換点であることを明らかにする。