著者
高橋 日出男 大和 広明 紺野 祥平 井手永 孝文 瀬戸 芳一 清水 昭吾
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.127, 2011

<B><U>◆はじめに</U></B>:東京など沿岸部の大都市では,海風吹走時に都市域風下側で海風前線が停滞しやすく,そこでの上昇流が強化されること,海風前線前方の地上付近には弱風域・下降流域が存在することなどが数値モデル(Yoshikado 1992, Kusaka et al. 2000, Ohashi and Kida 2002など)やパイバル観測結果の解析(Yoshikado and Kondo 1992)から指摘されている.しかし午後以降の海風前線通過後における都市域の風系鉛直構造については明確に示されていない.東京都心風下にあたる都区部北側には降水エコーや強雨の高頻度域が認められ,これを考察するためにも鉛直流に関する理解が不可欠である.本観測では,東京都心の海風風下側でドップラーソーダを用いて三次元風速成分の鉛直分布を測定し,海風前線の通過時とそれ以降における鉛直流の構造の把握を目的とした.<BR><B><U>◆観測概要と解析資料</U></B>:観測は2010年8月24, 25日の日中に戸田市戸田公園付近の荒川左岸河川敷で実施した.両日とも午後に関東平野北部や関東山地で発雷があったものの,観測場所では概ね晴天で経過した.観測項目は,ドップラーソーダ(Scintec社製MFAS)による700mまでの三次元風速成分(平均時間30分),パイバル(30分~1時間ごと),総合気象測器(Luft社製WS600)による地上1.5mの風・気温・水蒸気量・気圧(1分平均),および長短波放射(英弘精機社製MR-50,1分間隔)である.また,当日の気象条件の解析にあたり,東京都と埼玉県の大気汚染常時監視測定局(常監局)の観測値およびMTSAT可視画像を参照した.<BR><B><U>◆観測結果と考察</U></B>:観測両日とも太平洋高気圧のリッジが日本のすぐ南(30N付近)に位置しており,700hPa付近までは一般風として南~南西風が期待された.常監局の風データによると,都区部東部において,両日とも10時頃より東京湾岸から南東~南南東風が北側へ拡大し,その後に都区部西部で南~南南西風が強まった.12時には埼玉県南部(都県境付近)まで,15時には埼玉県中北部まで南風が達しており,これに対応した積雲列の北上も認められた.また,観測点では水蒸気混合比(地上)の増大が24日は12時半頃,25日は12時頃にあり,これ以降は地上から1300m程度上空(パイバル観測による)まで安定して南風が卓越していた.つまり,この頃に観測点を通過した海風前線がその後さらに内陸へ進入したと考えられる.<BR> 図は24日のドップラーソーダによる風速の南北(V)および鉛直(W)成分の時間変化(南風層の下側半分に相当)であり,海風前線の通過に対応して,上空には大きな上昇流(1m/s以上)が認められる.海風前線が埼玉県中北部まで移動したと判断される15時においても,200mより下層には弱い下降流がある一方で,上空には1m/s近い上昇流が持続的に存在している(25日も同様).海風前線が都市域を通過した後に認められた都市(都区部)風下の大きな上昇流は,風系や対流雲発生に対する都市の影響を考えるうえで興味深い現象と考えられる.今後,都心風上側あるいはより内陸側を含めた複数個所で同時観測を実施する予定である.<BR><BR>図 ドップラーソーダによる風速の南北(V)および鉛直(W)成分(24日)<BR>図のベクトルは鉛直成分を10倍に拡大している.等値線は鉛直成分の大きさを示す.