著者
澤口 俊之
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

本研究の目的は、前頭連合野の作業記憶(ワーキングメモリ)過程におけるノルアドレナリン受容体(α1、α2、β)の役割を明らかにすることにあった。この目的のため、二種類の実験、すなわち「局所薬物注入法による実験」と「イオントフォレスシ法による実験」を2年間に渡って展開した。まず、数頭のサルに眼球運動による遅延反応(oculomotor delayed-response、ODR)を訓練した。この課題では、サルは数秒の遅延期の前に提示された視覚刺激の位置に記憶誘導サッケードをすることが課される。この課題を正しく行なうためにはターゲットの空間位置を遅延期の間に覚えておく必要があり、空間情報のワーキングメモリが必須である。サルがこの課題を行なっている際に、マイクロシリンジを用いて各種ノルアドレナリン受容体阻害剤を前頭連合野に局所的に微量注入し(4・8μg/μl, 3μl課題遂行に対する効果を解析した(実験1)。さらに、多連微小炭素線維封入ガラス電極を用いて、前頭連合野からニューロン活動を記録し、各種ノルアドレナリン受容体阻害剤をイオントフォレティックに投与してニューロン活動に対する効果を解析した(実験2)。そして、1) α1受容体の阻害剤prazosinやβ受容体の阻害剤propranololの注入は、ODR課題遂行に有意な影響を持たないが一方、α2受容体の阻害剤yohimbineの注入によって、ODRが特異的に阻害されること。2) Yohimbineのこの効果は記憶誘導サッヶ-ドの「精度」に特異的であり、サッケードの反応時間や速度には影響を持たないこと。3) ニューロンレベルは、prazosinやpropranololのイオントフォレティック投与によって、ODR課題の遅延期に関連するニューロン活動(メモリを担う活動)は影響を受けないが、yohimbineによって著しく減弱すること。4) ニューロン活動に対するyohimbineの減弱効果は、背景活動よりも遅延期の活動でより強く、とくに、その方向選択性を著しく減弱させること。などの諸点をあきらかにした。これらのデータを総合すると、前頭連合野におけるα2受容体の賦活がワークングメモリのニューロン過程に調節的な役割(modulatory role)をもち、この役割が欠損するとワーキングメモリを必要とする行動が障害されることが示唆される。こうしたデータ・結論は世界で初めてのものである。また、前頭連合野におけるα2受容体の機能不全と同時にワーキングメモリの障害を伴う精神疾患(分裂病やKorsakoff痴呆症、注意欠損過活動症など)の理解や治療法の改善にも寄与すると思われる。
著者
澤口 俊之
出版者
医学書院
雑誌
神経研究の進歩 (ISSN:00018724)
巻号頁・発行日
vol.44, no.6, pp.929-936, 2000-12-10

はじめに 近年の認知脳科学で大きく注目されてきた認知機能の一つに,ワーキングメモリがある。この働きは,とくに「思考」の中心・ベースとなっており,ワーキングメモリの脳内メカニズムを明らかにすることが,思考に代表される高度な精神機能の脳レベルでの解明に直結すると考えられている。そして,PETや機能MRIなどによる脳イメージング法での研究や,サルを用いたニューロンレベル,さらには情報伝達分子レベルでの研究が豊富になされてきた。 そうした精力的な研究の結果,多くのデータが得られてきたが,ワーキングメモリの「ニューロンシステム」に関しては,まだ十分にわかっていない。ワーキングメモリの脳内メカニズムの解明には,それを担うニューロンシステムの理解(システム的理解)が不可欠である。ところが,実証データに基づくそうしたモデルとしては,現時点では,一つしか提唱されていない。
著者
澤口 俊之
出版者
日本認知科学会
雑誌
認知科学 (ISSN:13417924)
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.189-194, 2000-09-01 (Released:2008-10-03)
参考文献数
13
被引用文献数
2

Whereas brain studies of symbol manipulations, including thinking and tool-use, have been extensively performed in human with brain-imaging techniques, neuronal data for this issue have been limited. However, recent studies with monkeys have provided some interesting data that allow us to hypothesize neuronal mechanisms of symbol manipulations. For example, neuronal groups of the prefrontal cortex code and retain behavioral meaning/abstract information for guiding goal-directed motor acts. These neurons appear to play a role in manipulating and retaining of symbolic information. Further, the prefrontal cortex is well known as a center of working memory, which contains “executive” associated with manipulation of information and control of brain systems. Based on these and other findings, we can hypothesize that the prefrontal cortex has a neuronal system for “executive symbol manipulation”. The executive is a central neuronal system of goal-directed symbol manipulations for controlling other brain systems, and this system would first evolve for tool-use and eventually develop for language and other symbol manipulations. Since the executive symbol manipulation is a possible neuronal system of the prefrontal cortex and can be examined with non-human primates, this hypothesis would be useful for leading neuronal studies of brain mechanisms of symbol manipulations.