著者
煎本 孝
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:24240508)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.125-154, 1988-09-30 (Released:2018-03-27)

アイヌの狩猟の象徴的意味と行動戦略を、文献資料、調査資料に基づき、生態学的および民族生態学的視点から分析した。アイヌの狩猟技術の特徴は、矢毒(トリカブト)、自動装置(仕掛弓)、手持ち弓と狩猟犬の使用である。矢毒と犬は、それぞれトリカブトの神、庭にいる神と考えられており、火の媼神の使者として山の神(熊)を招待する役割を持つ。アイヌ(人間)とカムイ(神、精霊)との間の互酬性は、山の神(熊)の招待と送還という肯定的機序、および、悪い神(悪態;狩猟の不確定性、危険性の象徴)に対する防御、反撃、制裁という否定的機序から成る。熊祭は人間界で飼育された子熊を、特別な使者として熊の先祖のもとに送還することにより、互酬性の反復を意図とする発展した肯定的機序として解釈される。また、占い、夢見は良い狐の頭骨の神、森の樹の女神からの伝言と考えられており、狩猟行動の意志決定における重要な機能をはたす。以上の分析から、狩猟における行動戦略は、人間によって認識された自然と、現実の自然との間の相互作用の動的過程として理解される。
著者
煎本 孝
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.320-343, 2001-12-30
被引用文献数
2

北海道阿寒湖畔において50年間続けられてきたまりも祭りは、アイヌの伝統的送り儀礼の形式を取り入れて創られた新しい祭りである。当初、この創られた伝統は、アイヌ本来の祭りではない、あるいはアイヌ文化を観光に利用しているという批判を受けることになった。しかし、祭りを主催するアイヌの人々は、この祭りは大自然への感謝祭であると語る。本稿では、まりも祭りの創造と変化の過程、それをめぐる語り、阿寒アイヌコタンと観光経済の関係、さらに現在行われているまりも祭りの分析から、アイヌの帰属性と民族的共生の過程を明らかにする。その結果、(1)アイヌの民族性の最も深い部分にある精神性の演出により、新しいアイヌ文化の創造が行われていること、(2)この祭りの創造と実行を通して民族的な共生関係が形成され、それが維持されていること、(3)そこでは、アイヌとしての民族的帰属性が、アイヌと和人とを含むより広い集団への帰属性に移行していること、が明らかになった。さらに、最後に、民族的共生関係の形成を可能にするのは、経済的理由や語りの技術によるだけではなく、異なる集団を越えて、それらを結び付ける人物の役割と人間性が重要であることを指摘した。
著者
煎本 孝
出版者
北海道大学
雑誌
北海道大学文学研究科紀要 (ISSN:13460277)
巻号頁・発行日
vol.113, pp.左31-左64, 2004-07-30

北海道西南部のある小さな町で,2002年3月に,アイヌ文化伝承者として多くの人々から尊敬されていた一人のアイヌの長老が享年91歳で死去した。葬儀には長年とだえていたアイヌの伝統的儀式がとり入れられ,葬儀は仏式とアイヌ式の併用でとり行われた。 4日間に渡る葬儀は,1日目の自宅における小屋がけ,死装束・墓標・副葬品の製作,湯灌,アイヌ語によるカムイノミ(神々への祈り),2日目のカムイノミと死者への告辞,遺体の包装,町の生活センターへの移動,そこでの仏式葬儀と通夜,3日目の生活センターにおける僧侶による読経,弔辞,出棺,そして墓地におけるアイヌ式葬儀による埋葬,再び生活センターでの僧侶による法要,そして自宅近くの河原でのアイヌ式葬儀にもとづく小屋の焼却,自宅でのカムイノミ,そして4日目の自宅におけるカムイノミにより構成されていた。アイヌ式葬儀ではアイヌ語・アイヌ文化の研究者であり,かつそれらの数少ない伝承者となっている一人の和人が祭主となった。アイヌ語によるカムイノミ,葬儀の式次第が彼の指導のもとにアイヌと一緒にとり行われた。 この論文では,アイヌの死の儀礼の復興を広い意味での民族間の紛争とその解決の過程として捉え,人類学的視点から葬儀とそれをめぐるさまざまな語りの分析を行った。その結果,(1)アイヌ式葬儀の復興が民族的帰属性の実践として行われたこと,(2)紛争の解決に共生という理念が働いたこと,そして(3)民族的共生の形成のとって行為主体の役割りが重要であったこと,が明らかにされた。
著者
煎本 孝
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.125-154, 1988-09-30
被引用文献数
1

アイヌの狩猟の象徴的意味と行動戦略を、文献資料、調査資料に基づき、生態学的および民族生態学的視点から分析した。アイヌの狩猟技術の特徴は、矢毒(トリカブト)、自動装置(仕掛弓)、手持ち弓と狩猟犬の使用である。矢毒と犬は、それぞれトリカブトの神、庭にいる神と考えられており、火の媼神の使者として山の神(熊)を招待する役割を持つ。アイヌ(人間)とカムイ(神、精霊)との間の互酬性は、山の神(熊)の招待と送還という肯定的機序、および、悪い神(悪態;狩猟の不確定性、危険性の象徴)に対する防御、反撃、制裁という否定的機序から成る。熊祭は人間界で飼育された子熊を、特別な使者として熊の先祖のもとに送還することにより、互酬性の反復を意図とする発展した肯定的機序として解釈される。また、占い、夢見は良い狐の頭骨の神、森の樹の女神からの伝言と考えられており、狩猟行動の意志決定における重要な機能をはたす。以上の分析から、狩猟における行動戦略は、人間によって認識された自然と、現実の自然との間の相互作用の動的過程として理解される。
著者
煎本 孝
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:24240508)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.320-343, 2001-12-30 (Released:2018-03-27)

北海道阿寒湖畔において50年間続けられてきたまりも祭りは、アイヌの伝統的送り儀礼の形式を取り入れて創られた新しい祭りである。当初、この創られた伝統は、アイヌ本来の祭りではない、あるいはアイヌ文化を観光に利用しているという批判を受けることになった。しかし、祭りを主催するアイヌの人々は、この祭りは大自然への感謝祭であると語る。本稿では、まりも祭りの創造と変化の過程、それをめぐる語り、阿寒アイヌコタンと観光経済の関係、さらに現在行われているまりも祭りの分析から、アイヌの帰属性と民族的共生の過程を明らかにする。その結果、(1)アイヌの民族性の最も深い部分にある精神性の演出により、新しいアイヌ文化の創造が行われていること、(2)この祭りの創造と実行を通して民族的な共生関係が形成され、それが維持されていること、(3)そこでは、アイヌとしての民族的帰属性が、アイヌと和人とを含むより広い集団への帰属性に移行していること、が明らかになった。さらに、最後に、民族的共生関係の形成を可能にするのは、経済的理由や語りの技術によるだけではなく、異なる集団を越えて、それらを結び付ける人物の役割と人間性が重要であることを指摘した。