著者
熊谷 公男
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.179, pp.229-268, 2013-11-15

最北の城柵秋田城は,古代城柵のなかでも特異な存在であり,また歴史的にも大きく性格が変化する点で興味深い存在である。本稿は,秋田の歴史への登場から元慶の乱まで秋田城の歴史をたどり,秋田城の歴史的特質を明らかにしようとするものである。秋田城の起源は天平五年(733)に出羽郡から秋田村に移転した出羽柵である。この秋田出羽柵は,律令国家の版図のなかで北に突出した場所に位置し,北方交流の拠点であったが,通常の城柵とちがい領域支配は著しく未熟であった。その後,仲麻呂政権の城柵再編策によって桃生城・雄勝城が造営されると,出羽柵は秋田城と改称され,陸奥国と駅路で結ばれて,孤立した立地はある程度改善されるが,領域支配の強化が蝦夷との対立をまねいて防備が困難となり,宝亀初年には出羽国から秋田城の停廃が要請される。中央政府もそれを承認するが,まもなく三十八年戦争が勃発し,城下住民が南の河辺郡への移住を拒んだために廃城は先送りされる。山道蝦夷の制圧を前提とした桓武朝の城柵再編が秋田城の歴史の大きな転機となる。胆沢城・志波城の造営によって陸奥国の疆域がようやく秋田城と同じラインまで北進し,また払田柵(第二次雄勝城)が造営されたことで,秋田城の孤立した立地が解消される。さらに秋田郡が建置されて,通常の城柵のように城司―郡司の二段階の城柵支配が行われるようになる。その後,城司の支配がおよぶ「城下」が米代川流域にまで拡大され,秋田城の支配体制が飛躍的に強化される。その結果,百姓の「奥地」への逃亡や,城下の蝦夷村の収奪強化などの新たな矛盾が生まれる。これは一方で「奥地」(米代川流域・津軽地方)の社会の発展を生み出すが,もう一方で城下の蝦夷村の俘囚たちの反発をまねき,やがて元慶の乱が勃発する。
著者
小口 雅史 熊谷 公男 天野 哲也 小嶋 芳孝 小野 裕子 荒木 志伸 鈴木 琢也 笹田 朋孝
出版者
法政大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2011-04-01

本研究では、律令国家最北の支配拠点である秋田城の性格をまず明らかにし、その秋田城による北方支配や北方世界との交流が、具体的にどのようなもので、どこまで及んだのか、またその一方で北方世界内部のみの、秋田城支配と関わらない交流がどのようなものであったかを検討した。それによれば、秋田城の北方支配は意外に限定的で、北の領域では北の論理に基づく主体的な流通が優勢であったことが明らかになった。一方秋田城の性格については、文献史料の解釈からは非国府説、出土文字資料の解釈からは国府説が有利であることを確認した。最終的結論は今後の課題としてなお検討を続けたい。
著者
熊谷 公男 小倉 慈司 堀 裕 川尻 秋生 遠藤 慶太 鹿内 浩胤 新井 重行 福島 真理子 中村 憲司 佐藤 早樹子 佐藤 真海
出版者
東北学院大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究は、弘仁・貞観・延喜の三代の格(律令の修正法)を内容によって分類、再編した『類聚三代格』の新たなテキストを作成することを目的とするもので、そのために必要な主要な写本について史料学的な検討を行いつつ各巻の底本を選び直し、校訂方針の明確化をはかった。その結果、古写本の文字をできるだけ尊重しながら原本の復原をめざすという基本方針を立て、研究代表者・研究分担者から巻ごとの担当者を定めて、協議をしながら校訂作業をすすめてきた。その成果の一部は論文の形でも公表した。また出版社も決定し、全体を3分冊として2022年から順次刊行していく予定である。