- 著者
-
牛山 美穂
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.81, no.4, pp.670-689, 2017 (Released:2018-02-23)
- 参考文献数
- 26
本稿では、「生物学的シチズンシップ」の活動のひとつの事例として、東京のアトピー性皮膚炎患者にみられる脱-薬剤化の現象について論じる。アトピー性皮膚炎の標準治療においては、通常ステロイド外用薬が用いられるが、これが効かなくなってくるなどの問題を訴える患者が一定数存在する。しかし、こうした患者の経験は「迷信」に基づくものと捉えられ、既存の医学知のなかでは適切な位置づけがなされていない。そのため、一部の患者は標準治療に背を向け、脱ステロイド療法と呼ばれる脱-薬剤化の道を選択する。
薬剤を摂取すること、そして薬剤から離脱することは、薬剤の成分を体内に取り入れる、またはそれを中止するということ以上の意味をもつ。薬剤化および脱-薬剤化は、それ自体、生物学的-社会的な自己形成の過程でもある。薬からの離脱は、患者の知覚の仕方を規定し、価値観や判断に影響を与える。そして、そうした判断がさらに身体や価値観を変化させていく。
本稿では、脱-薬剤化の現象がどのように患者に経験されるのかをミクロな視点から描き出すとともに、患者の身体的な経験がいかなる知として位置づけられうるかという点について考察を行う。標準治療を行うにしても脱ステロイド療法を行うにしても、アトピー性皮膚炎治療は患者の身体と生活を巻き込んだ生社会における実験という形をとって現われる。本稿では、薬剤化が進行していくなかで出現してきた脱-薬剤化を試みる患者のあり方を、実験社会におけるひとつの「現れつつある生のかたち」として描き出す。