著者
百々 幸雄 川久保 善智 澤田 純明 石田 肇
出版者
日本人類学会
雑誌
Anthropological Science (Japanese Series) (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.120, no.2, pp.135-149, 2012 (Released:2012-12-21)
参考文献数
60
被引用文献数
3 2

北海道の南西部,中央部,および北東部のアイヌにサハリンアイヌを加えたアイヌ4地域集団を対象にして,日本本土と琉球諸島諸集団の地域差と比較しながら,アイヌの地域差とはいったいどの程度のものであったのかを,頭蓋形態小変異20項目を指標にして評価してみた。地域差の大小関係は,スミスの距離(MMD)を尺度として比較した。北海道アイヌ3集団の地域差の程度は,奄美・沖縄・先島の琉球諸島近世人3集団の地域差よりはやや大きく,東北・関東・九州の日本本土の現代人3集団の地域差とほぼ同程度であった。北海道アイヌのなかでは,道北東部アイヌが道南西部および道中央部のアイヌとやや距離を置く傾向が観察された。サハリンアイヌは北海道アイヌから相当程度遠く離れ,その距離(MMD)の平均値は,北海道アイヌ3地域集団相互の距離の平均値の約4倍にも達した。このような関係は,18項目の頭蓋計測値にもとづいたマハラノビスの距離(D2)でも確かめられた。
著者
川久保 善智 澤田 純明 百々 幸雄
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
Anthropological science. Japanese series : journal of the Anthropological Society of Nippon : 人類學雜誌 (ISSN:13443992)
巻号頁・発行日
vol.117, no.2, pp.65-87, 2009-12-01
参考文献数
70
被引用文献数
3 3

南東北(宮城・福島・山形)由来の古墳時代人・古代人と北東北(青森・岩手・秋田)由来の江戸時代人の頭蓋について,計測的分析と形態小変異の分析を行い,これら東北地方の古人骨に,縄文人やアイヌの形態的特徴が,どの程度遺残しているかを調べた。比較資料として,東日本縄文人,北海道アイヌ,関東の古墳時代人と江戸時代人,それに北部九州の古墳時代人と江戸時代人の頭蓋を用いた。計測的分析では,顔面平坦度計測を含めた18項目の頭蓋計測値を用い,マハラノビスの距離(D<sup>2</sup>)にもとづいた分析と線形判別分析を試みた。頭蓋形態小変異については,観察者間誤差が少なく,日本列島集団の類別に有効であることが知られている6項目に絞って,スミスの距離(MMD)にもとづく分析を行った。D<sup>2</sup>でもMMDでも,縄文人に最も近いのは北海道アイヌであったが,東北地方の古墳時代人(計測的分析では古代人も含む)がこれに次いでおり,古墳時代でも江戸時代でも,九州→関東→東北→北海道アイヌまたは東日本縄文人という,明瞭な地理的勾配が観察された。同様の地理的勾配は,判別分析においても確かめられた。このような地理的勾配から判断すると,今回研究の対象にすることができなかった北東北の古墳時代人は,南東北の古墳時代人よりも,さらに縄文・アイヌ群に近接するであろうと推測された。もし彼らが古代の文献に出てくる蝦夷(エミシ)に相当する人々であったとしても,東北地方の古代日本人(和人)と縄文・アイヌ集団の身体的特徴の違いは連続的であったと思われるので,古代蝦夷がアイヌであるか日本人であるかという"蝦夷の人種論争"は,あまり意味がある議論とは思われなかった。<br>
著者
百々 幸雄
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.91, no.2, pp.169-186, 1983
被引用文献数
4

伊達市南有珠6遺跡の続縄文時代恵山期の貝層下部より掘りこまれた土壙墓より,人骨1体分が発見された(図1)。土壙墓は一部撹乱を受けていたが,層位的にみて恵山期のものであることは確実であり,恵山期に特徴的な片刃の石斧一点が副葬されていた。<br>人骨の保存状態は,頭蓋はきわめて良好であったが,四肢骨は概して不良であった。したがって,ここでは頭蓋のみを研究の対象として報告した。性別は明らかに女性であり,年齢は熟年程度と推定された。<br>頭蓋計測値と形態小変異の出現状態は,それぞれ表1と表4に示した。<br>脳頭蓋は,中型,高型,尖型であり,顔面頭蓋では,中上顔型,中眼窩型,広鼻型,狭口蓋型である。顔面頭蓋は,縄文人に比して,概して繊細であり,とくに頬骨と上顎骨体の退縮が著しい。歯槽性の突顎も著明である。しかし,歯の咬耗は著しく進んでおり,大臼歯で3度ないし4度の段階にある。また,歯の生前脱落と歯槽に膿瘍の痕跡も認められる。<br>21項目の計測値を,近世道南アイヌ,道央•道東北部のアイヌ,東北地方縄文人,西日本の縄文人(吉胡•津雲貝塚)および現代東北地方人女性頭蓋の平均値と比較し,これらとの間にペンローズの形態距離(Cz2)を求めると,南有珠6頭蓋は,道南アイヌに最も近く,次いで道央•道東北部のアイヌに近い。東北地方縄文人とも比較的近い距離にあるが,西日本の縄文人と現代東北地方人とはかなり離れる(表2)。<br>近世アイヌと本州縄文人頭蓋を比較的良く分離する頭蓋示数6項目を比較すると,長幅示数,頭蓋底示数,コルマンの上顔示数および口蓋示数の4示数では,南有珠6頭蓋は近世アイヌに近い。矢状前頭々頂示数はどちらかといえば,縄文人に近いが,前頭弧長および頭頂弧長の絶対値は,はるかに縄文人平均を上回っている。下顎枝示数は著しく大きく,超アイヌ的であるといって良い(図2-図7)。<br>顔面平坦度計測では,頬上顎部の示数のみがアイヌおよび縄文人の示数平均より大きく,南有珠6頭蓋の著しい突顎性を表わしているが,他の2示数,すなわち前頭部と鼻根部の示数は,アイヌと縄文人の示数平均の中間に位置する(表3)。<br>29項目の頭蓋の形態小変異の出現型を用いて,南有珠6頭蓋が,アイヌか和人のいつれかの集団から抽出されたものかを調べるために,尤度比を求めてみたが,和人に対するアイヌの尤度比は9.86となり,南有珠6頭蓋はアイヌ集団に帰属すると判定することができる(表4)。<br>以上の結果を総合的に判断すれば,南有珠6頭蓋は,本州の縄文人頭蓋よりも,近世アイヌ,とくに道南部のアイヌ頭蓋との親近性が強いといえ,山口(1980a,1981)が指摘するように,恵山期の続縄文時代人は,縄文から近世道南アイヌへの形態に移行していく過程にあると推察される。