- 著者
-
稲吉 直哉
荒木 秀明
松岡 健
須﨑 裕一
小野内 雄
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.1804, 2015 (Released:2015-04-30)
【はじめに,目的】我々は,臨床においてフラットバック,スウェイバック,円背など様々な姿勢不良患者を頻繁に経験する。姿勢不良と病態に関しては頸部障害,腰部障害,肩障害,肘障害など様々な障害を生じさせる要因となることが多数報告されている。特に,円背は運動・呼吸能力など身体能力や精神機能の低下などを起たすとの報告ある。しかし,胸椎部の姿勢に関する客観的評価方法は少ない。姿勢の客観的評価方法としては,三次元的動作解析装置や立位時の全身の矢状面レントゲン撮影,Spinal Mouseを用いた脊柱姿勢評価方法が報告がされているが,いずれも高度な機器が必要であり臨床の場面において簡便に測定することが困難である。最近,簡便な胸椎部の柔軟性評価としてOtt Testが報告され,三次元動作解析器を用いてその再現性が確認されている。今回,Ott Testを用いて胸椎部柔軟性を正常群と過少群に分類して,胸椎部柔軟性と生体力学的変化を指先床間距離(以下FFD)と重心動揺を用いて検証した。【方法】対象は下肢,体幹に障害既往がない20歳代の健常男性12名である。Ott Testは1)直立姿勢で第7頸椎棘突起(以下C7)とC7から30cm下方をマーク,2)体幹最大屈曲位で2点間距離をメジャーで測定する。臨床的意義は2点間距離の延長が3cm未満では胸椎部柔軟性が低下していると定義される。対象全例にOtt Testを行い,体幹最大屈曲位で3cm以上群(以下正常群)が6例,3cm未満群(以下過少群)が6例に分類した。両群に対してFFDと体幹屈曲動作遂行時の重心動揺を測定した。重心動揺は重心動揺計(アイソン株式会社製)を用いた。測定方法は重心動揺計上で開眼,裸足,踵接地の直立姿勢から指先をつま先に向け下ろすように指示し,前後方向の重心動揺を測定した。なお,聴覚や視覚刺激による偏位を生じない様な環境設定に留意した。両群間でのFFDと重心の前後動揺の比較・検討を行った。【結果】1)FFDは正常群が過少群より有意(p<0.01)に小さかった。2)前後方向の重心動揺は正常群が過少群より有意(p<0.01)に小さかった。【考察】胸椎部に対するモビライゼーションは胸椎部の痛みや機能障害に対する報告より,むしろ頚部障害,肩障害,上肢障害,下肢障害など胸椎と解剖学的に関係がない部位の障害に対して良好な結果が確認され,Regional Interdependence理論が提唱されている。今回,胸椎の柔軟性と全身的な生体力学的変化を確認するために,三次元動作解析器で胸椎可動性測定の妥当性が確認されているOtt Testで鑑別後,FFDと重心動揺から生体力学的変化を検討した。FFDは一般に下肢筋の短縮や腰部筋群の緊張を評価する方法である。しかし,体幹前屈動作には胸椎部の動きも関連している。Bruggerらは体幹屈曲の際,最初に脊柱起立筋が強く収縮し,次に臀筋群,そして最後にハムストリングスと下腿三頭筋が収縮する。脊柱は最終屈曲域には脊柱の靭帯のみで支えられ骨盤に固定される。その骨盤は前方回旋しているがハムストリングスによる固定されると報告している。また,前屈動作時の胸椎部は椎間関節の前方滑り,肋横突関節も前方滑りが起こる。胸椎部の柔軟性が低下すると上記の運動が障害されFlexion Relaxation Phenomenon(以下FRP)が起こらず,脊柱起立筋の持続的な収縮が起こる。そのため正常群は過少群と比較し有意(p<0.01)に良好な結果が得られたものと考える。重心の前後動揺方向への変化は,過少群はFRPが起きず,脊柱起立筋とハムストリングスの持続的な収縮が起こる。また正常な体幹屈曲動作よりも胸椎の屈曲機能不全が起きているため,重心の位置は支持基底面に対しより前方に逸脱する。その代償として,重心を支持基底面内に留めるためハムストリングス,下腿三頭筋が通常よりも早く収縮が起こる。よって,骨盤は前傾できず,股関節も屈曲機能不全が起こる。そのため正常群は過少群と比較し有意(p<0.01)に重心の前後動揺が少なかったのではないかと考える。今回の結果から胸椎の柔軟性は胸椎のみではなく,FFDや重心動揺などの全身的生体力学的変化が示唆された。【理学療法学研究としての意義】Ott Testを用いた胸椎部柔軟性の結果とFFDと重心動揺に関連性が示唆され,胸椎可動域制限と全身的生体力学的変化が確証された。今後,胸椎部柔軟性の向上と肩関節や頸椎可動域,下肢筋活動変化に関する検討が必要である。また今回の対象者は20代の健常な男性である。性差や年齢差,疾患の有無で同様な結果が得られるのか検討が必要である。