著者
竹村 一男
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2019年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.311, 2019 (Released:2019-03-30)

内村鑑三には、『地理学考』をはじめとする地理や自然(天然)環境に関する著述が多く,内村のキリスト教信仰,思想のバックボーンのおおくを地理思考がなしていると考えられる。その地理思考は,神の創造した宇宙万物の摂理探求が地理学の目的であり,宇宙万物は人間の教育という目的のために神が創造したものでもあるという,神学的,宗教的地理学によるものである。その内村地理学の特徴として,1.キリスト教的目的論を前提としている。2.アーノルド・ギュヨー(Arnord Guyot),カール・リッター(Carl Ritter)など宗教的思考をとる地理学者の影響が認められる。3.内村の地理書『地理学考(地人論)』はギュヨーの影響のもとに宗教的地理学の記述と独自の文化論を展開している。4.「内村の無教会」=「内村が帰する地理的宇宙」の構造が推定される。5.後年,内村の自然観が聖書的自然観寄りに大きく推移している。 年譜にそって内村の地理思考をみていく。札幌農学校入学(1877年)以前から内村には地理学への志があり,受洗以降,開拓使御用掛時の文書は自然を享受するクリスチャンの立場からの地理的記述が多い。アメリカ留学時代(1884~88年)には大学の所在地アマーストの近郊で多くの野外調査を重ねたことを記している。当時の日本では入手困難であったギュヨーやリッターの宗教的地理学の文献を熟読してその影響を受けるとともに,自らの宗教観との一致や信仰確認を行ったことも推測できる。特にギュヨー The earth and manによる「inorganic nature is made for organized nature, and the whole globe for man, as both are made for God, the origin and end of all things.」の記述は内村の宗教的地理学思考に大きな影響を与えたと思われる。また,この時期に内村の回心体験がなされたとされるが,報告者は内村の体験時の筆記メモとされる「I for Japan, Japan for the world, The Word for Christ, And All for God.」に,ギュヨーの記述との関係性を推定しており,リッター及び西欧の宗教的地理学に遡るものでもあると考える。この一文は内村生涯の指針とされ,後に内村は和文で「余は日本の為め 日本は世界の為め 世界は基督の為め 基督は神の為め也」と多くの色紙に残し,やがて内村の墓標となった。留学時に改めて自身の帰する日本に思い至った内村であるが,帰国後は不敬事件(1891年)などの不遇の時期を迎えることで,内村の日本観も揺らぐ。しかし,それらの経験は内村に,自らが帰すべきは現実的存在である日本国やアメリカ合衆国ではなく,これらを超越した「神の国」であり,「世界の市民,宇宙の人」であるべきことを示した。それが,「神の国」「帰すべき地理的宇宙」から「無教会」へと展開する。 1895年に『地理学考』を刊行する。同書は内村の生涯の愛読書となった『The earth and man』の影響が大きいが,その文明論を発展させた,独自の宗教的地理書といえる。「両文明は太平洋中に於て相会し,二者の配合に因りて胚胎せし新文明は我より出て再び東西両洋に普からんとす」と,日本に東西文明の仲介者,新文明の発信者という使命と希望を与えている。なお,両書には環境決定論に傾いた記述や,特に『The earth and man』には人種差別的な記述も観られる。後年(~1930年)は聖書解釈による,神の創造物中における人間の優位性など,自然愛好家としての内村に好感を示す読者を失望させる記述も観られるが,これは内村の地理学が宗教的地理学である以上,免れえない帰結といえるかもしれない。生涯を通じて内村の思想のバックボーンには地理思考があったといえる。
著者
竹村 一男
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.73, no.3, pp.182-198, 2000-03-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
41
被引用文献数
2

本稿では,末日聖徒イエス・キリスト教会の受容と定着の様相の地域的差異について山形・富山地域を中心に考察した.富山地域においては教会員の生家の檀家宗派は浄土系宗派が多く,禅系仏教地域の山形県米沢地域においても同様な傾向がみられた.浄土系宗派の寺院分布が卓越している富山・魚津地域においては布教が難しいが,教会員の定着率は高い.山形県と富山県の受容形態を比較すると,山形・米沢地域においては宗教体験を経て教会員となる場合が多いが,富山地域においては論理的に教義を解釈して教会員となる場合が多い傾向がある.これらの理由として,地域の基層宗教の大枠を構成する仏教では,宗派によって,住民の宗教観に影響を与える教義や地域社会への浸透度が異なるためと考えられる.とくに,浄土真宗地域における末日聖徒イエス・キリスト教会の定着率の高さは,浄土真宗と末日聖徒イエス・キリスト教会を含むキリスト教が教義構造において類似性を持つためと考えた.なお,両地域において教会員の属性には大きな偏りはみられない.1990年代に入り,同教会においては布教の手法と受容に至る過程に分散化・多様化が進んでいる.