著者
梶原 裕二 細川 友秀 梁川 正 広木 正紀
出版者
京都教育大学
雑誌
京都教育大学環境教育研究年報 (ISSN:09193766)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.121-131, 1999-03-31

環境問題は現代社会の中でも重要な課題で,その深刻な影響を考えると早急に対策を講じる必要がある。今日では問題がより複雑化,広域化し,企業ばかりでなく,生活者も主要な汚染者となっている。児童や生徒は次世代の生活者であることから,教育を通して幼少の頃から環境問題に関心をもつように啓蒙することは,長い目でみれば問題を解決する上でよい対処法と思われる。環境を考える基本的な意識として「循環」がある。我々自身を含め,食物連鎖を通した生物圏での循環,窒素・リン化合物の循環,エネルギーや二酸化炭素の地球規模での循環,紙や鉄資源の生産・消費活動での循環のように,多くの環境問題は循環抜きには考えられない。ところが,循環は実体が目に見えないために理解しづらい難点がある。その点,紙や瓶など資源ゴミのリサイクル運動は,実際の効果に加え,循環を認識するとても良い教材と考えられる。学校においても,できるだけ循環を視野に入れたリサイクルを実践したい。以前から行われていたリサイクルの一つとして,生ゴミや糞尿など有機廃棄物の堆肥化がある。化学肥料が十分に発達していない頃,農家では家畜の糞尿から作った堆肥が広く用いられていた。現在でも,比較的土地に余裕のある農家や畜産農家は堆肥を利用している。台所から出る生ゴミに関しては,堆肥化することで可燃ゴミを減らすという面から各自治体で注目を浴びている。その際も,生活者が生ゴミを分別収集することが前提条件となり,生活者の環境意識の向上が不可欠である。さて,今の子供達は生ゴミや家畜の糞尿など,有機廃棄物に潜在的な価値があることを知っているのだろうか。現代の便利な文明の中で成長している子供達は,ゴミ袋に入れさえすれば生ゴミはいつのまにか清掃車が運んでくれるし,下水の発達により,糞尿の行方は見えにくくなり,かえって有機廃棄物の問題を考える機会がなくなった。都市部に住む大半の子供達にとっては,農家における堆肥化の経験は皆無と思われる。そのため,特に糞尿の場合は,単に臭く,汚いものだけという固定観念が出来上がっている恐れがある。家畜の糞尿が肥料として使用できることは実感として捉えにくいであろう。このような状況において,台所の生ゴミや家畜の糞尿など有機廃棄物を堆肥として利用することは,生物圏の循環を実感する環境教育のプログラムになると思われる。京都教育大学の生物,生命系のいくつかの研究室では,実験用にハツカネズミを多用している。その際,比較的多量の糞尿が混じった木材クズが生じるが,焼却処分にせず,圃場の一角に貯め,腐熟させ堆肥として用いている。それを肥料として施した部分としない部分を作ったところ,施肥の効果が歴然として現れた。日常の動物の世話と糞尿の堆肥化を通して,堆肥が植物の生育にとても効果があることを再認識する機会であった。この事例が環境を考える上で必要な「循環」を認識させる教材として利用できると考えられた。
著者
細川 友秀
出版者
京都教育大学
雑誌
京都教育大学環境教育研究年報 (ISSN:09193766)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.85-95, 2000-03-31
被引用文献数
1

大学の主要な役割は学生教育と各専門分野の研究である。しかし,現在の社会では,これらに加えて地域社会に向けて開かれた大学としての役割が求められ,社会人向けの公開講座の開講や児童・生徒向けの野外講座・科学講座の開講,インターネットによるさまざまな情報発信など多くの企画がなされている。我々の研究室でもこのような要求に応えるため,1997年の大学祭(藤陵祭)で研究室の4回生の卒業研究の一部を展示する企画を実行した。この企画の目的は次の3つであった。すなわち,1)主に地域の小中学生対象に,4回生の卒業研究の一部を平易にプレゼンテーションすることで地域社会へのはたらきかけとする,2)この企画を通じて卒業研究生が専門分野の研究内容を理解し,その内容について一般向けのプレゼンテーションと教材化のトレーニングをする,3)大学祭(藤陵祭)を教育大学としての特色あるアカデミックな地域社会との交流の機会として利用しつつ,大学祭への各研究室からの参加を促し,学問的な企画を増して大学祭を充実させる,の3つであった。この卒業研究の展示会場には,地域の小学生とその親を中心として200人以上が来場した。来場者のアンケートの回答のなかには,この企画を積極的に評価する意見が見られ,また,会場での会話の中で,もっとこのような企画を行ってほしいとの要望などもいくつか出された。展示を準備する4回生には,研究の動機,背景,実験結果を分かりやすく説明するように指示した。テーマによっては,現代の文明社会に生活する我々の生活環境と健康との関係に注意を向け,4回生自身への環境教育と小中学生への環境教育につながるように意図して展示の準備をするように簡単に指示した。しかし,多くは4回生の自主性と創意工夫によって,しっかりとしたプレゼンテーションが準備されて実行された。これらのことから,1997年の藤陵祭における展示は上記3つの目的をほぼ達成して成功であった。1997年の結果と反省をふまえて,1998年もその年度の4回生の卒業研究を紹介する展示を藤陵祭で行った。上記3つの目的に加えて,この企画を毎年継続することによって企画の効果の浸透・定着をめざした。1998年の卒業研究のテーマは,「様々な運動がマウスの免疫機能に及ぼす影響」,「緑茶成分の消化管免疫系の機能に及ぼす影響に関する研究」,「残留農薬による免疫系への影響に関する研究」,「内分泌撹乱化学物質の母胎への作用が胎仔の免疫系形成に及ぼす影響」,「ノルアドレナリンによるマウスのマクロファージの機能の制御に関する研究」,「オーラルトレランスの誘導に及ぼすエンドトキシンの影響に関する研究」であり,これらを融合した内容で研究室の院生も加わって,研究の動機,背景,実験結果などを紹介する展示を準備した。特に,免疫系の構成と機能の基本的な内容の説明,アレルギー反応の仕組みと原因の平易な説明,運動とストレスや緑茶の飲用を具体例とした生活習慣と免疫機能の関係についての解説,を展示の柱とした。さらに,残留農薬や内分泌撹乱化学物質(環境ホルモン)が身近な生活環境にあり我々が無意識のうちに摂取する可能性,それらが免疫系の形成過程と免疫機能に影響を及ぼす可能性について分かりやすい説明を準備するように卒業研究生に求めた。展示の準備と実施に際して,これらの課題を達成することで1997年度につづいて卒業研究生自身の環境意識を高め,小中学生の環境教育につながるように意図した。この企画には前年と同様に,地域の小中学生とその親を中心として多数の参加を得ることができた。参加者には簡単なアンケートに答えてもらい,展示の感想,評価,研究室への要望を聞いた。前年同様,親の回答の中にこの企画を積極的に評価する意見がいくつかあり,「この企画を毎年続けてほしい」,「来年も子供を連れてくる」,「来年は子供も連れてくる」などのコメントが見られた。しかし,小中学生の回答は,2,3人を除いてしっかり書いたものがほとんどなく,大学の卒業研究を地域の小中学生向けにやさしくプレゼンテーションするという目的がどの程度達成されたか評価することが困難であった。そのため,アンケートの内容を工夫し記入の説明の仕方をていねいにする必要があることがわかった。全体的には,卒業研究生の自主性と創意工夫によってしっかりプレゼンテーションが準備されて実行されたので,他の2つの目的については達成されたと評価できる。今後の課題としては,小学生,中学生,高校生,社会人のそれぞれに照準を合わせた展示をしっかり準備して,第一の目的を達成することである。また,このような活動の継続により,少しでも生徒の「理科離れ」を改善するのに役立つならば幸いである。
著者
細川 友秀
出版者
京都教育大学
雑誌
京都教育大学紀要 (ISSN:03877833)
巻号頁・発行日
vol.113, pp.115-123, 2008-09

新生児期から幼児期における言語習得は,大脳における複雑な神経系ネットワークの形成と更新に依存する。母親や家族などの話し相手の音声を聴覚で,また,表情や反応を視覚や皮膚の触覚で捉えるなど様々な刺激を大脳の神経細胞が受け取り,多数の脳神経細胞が関わって正しく言語が習得され記憶される。言語習得の過程は侵入抗原に対する免疫反応の過程と驚くほど類似している。私たちの身体に侵入した抗原は免疫細胞を刺激して免疫反応を誘発し,反応が進むにつれて免疫系はその抗原の識別の精度を増し,その抗原を記憶する。この過程には抗原の立体構造を特異的に識別するきわめて多数の免疫細胞が関わる。神経系が外界からの多様な刺激を感覚器官で捉えて処理するのに対して,免疫系は神経系が捉えられない感染などによる抗原刺激を捉えて処理する。この意味で両者は広義の感覚系として必須の役割を果たし,その仕組みが類似すると考えられる。ここではその類似性について考察した。Language learning in infancy depends on the formation and renewal of complex neuronal networks in the cerebrum. Many neurons in the cerebrum receive signals from sensory neurons that transmit the excitation of sense organs stimulated by sounds, voice, and expression of mother and someone to talk to, resulting in the progress of proper and accurate language learning and memory formation. The process of language learning seems amazingly similar to that of an immune response with immunological memory formation. Thus, an antigen that invades our body can stimulate immunocompetent cells that distinguish specifically the third dimensional shape of the antigen, resulting in an antigen-specific immune response. During the immune response, our immune system improves accuracy of the antigen recognition and produces memory cells. The nervous system perceives various stimuli from the environment and the immune system senses infectious agents that the nervous system is unable to perceive. Thus, broadly speaking, the two systems sense environmental stimuli and they have a similar mechanism crucial to our survival. Here, I discuss similarities shared by the two systems.
著者
細川 友秀 八木 要子 鵜飼 真美
出版者
京都教育大学
雑誌
京都教育大学環境教育研究年報 (ISSN:09193766)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.91-100, 2002-03-31
被引用文献数
1

私たちの研究室では,1997年以降,大学祭(藤陵祭)において『マウスといっしょ』という展示を毎年行ってきた。これは,研究室の研究内容を地域の人々に紹介するという企画である。地域社会に向けて開かれた大学が求められている現在,私達の研究室では教育大学としての特色ある地域社会との交流をめざして,この企画を実施してきた。この企画の目的は次の3つである。1)主に地域の小・中学生対象に4回生の卒業研究の一部を平易に紹介し地域社会への働きかけとする,2)卒業研究生は専門分野の研究を理解し,その内容について一般向けのプレゼンテーションと教材化のトレーニングをする,3)大学祭(藤陵祭)を地域社会との交流の機会として利用しつつ,藤陵祭への各研究室からの参加を促すことで学問的な企画を増し,藤陵祭を教育大学としての特色あるアカデミックな地域社会との交流の場としていっそう充実させる。1997年以降,各年度の研究生達は毎年改良を重ねて,いっそう目的に近づけるよう様々な創意工夫をしつつ毎年継続することにより,この企画が地域社会に浸透して定着することも目指している。こわような経過を踏まえて2000年度と2001年度も『マウスといっしょ』を企画した。展示を準備する4回生には,研究の動機,背景,実験結果を分かりやすく説明できる準備をするように指示した。テーマによっては,現代の文明社会に生活する我々の生活環境と健康との関係に注意を向け,4回生自身への環境教育と小中学生への環境教育につながるように意図して展示の準備をするように簡単に指示した。しかし,多くは4回生の自主性と創意工夫によって,しっかりとしたプレゼンテーションが準備されて実行された。2000年度と2001年度の企画にはこれまでと同様に,地域の小中学生とその保護者を中心として多数の人々が参加した。これまでどおり参加者には簡単なアンケートに答えてもらい,展示の感想,評価,研究室への要望を聞いた。保護者の回答の中にこの企画を積極的に評価する意見がふえ,また,小学生とその保護者の回答には,「毎年来ている」,「友達を誘ってきた」,「この企画を毎年続けてほしい」,「来年も子供を連れてくる」,などのコメントが多く,この企画が少しずつではあるが地域に定着してきていると思われる。今後,これまでのこの企画の経験を生かして,学校休業日となる土曜日などに地域の小中学生の希望者を対象にして生命・環境科学分野の実験教室などを企画し,子どもたちが学校の授業外で多彩な活動をする機会を提供したいと考えている。このような活動は,様々な形で大学を地域に開放し大学と地域社会との結びつきを強める,教育大学としての特色ある活動となると考える。また,2000年度と2001年度の企画では,目的の一つ,「卒業研究生は専門分野の研究を理解し,その内容について一般向けのプレゼンテーションと教材化のトレーニングをする」ことを,さらに進めるように努力した。すなわち,卒業研究のテーマがこの企画に合った初等理系や中学理学の教員養成課程の4回生が,これらの年の企画の計画・準備・実施について,それぞれの立場から実施結果の考察とまとめをおこない,各人の卒業論文の中に一つの章として組み入れた。この報告の中にそれらの章の内容が活かされている。
著者
細川 友秀 衣笠 尚子
出版者
京都教育大学
雑誌
京都教育大学環境教育研究年報 (ISSN:09193766)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.61-70, 2003-03-31
被引用文献数
1

我々の研究室は,地域社会に向けて開かれた大学をめざして教育大学としての特色ある取り組みを模索してきている。その取り組みのひとつとして,1997年の大学祭(藤陵祭)において,研究室の研究内容を地域の人々にプレゼンテーションするという企画をはじめて実施した。以降,この企画を毎年充実させる努力をしつつ6年継続してきた。2002年の企画では,例年のように「卒業研究生は専門分野の研究を理解し,その内容について一般向けのプレゼンテーションと教材化のトレーニングをすること」を主要な目的の一つとして卒業研究に関連した展示を行った。さらにそれに加えて,教材開発を卒論のテーマとする4回生が試作中のアニメーションと様々な食材に繁殖したカビを使って模擬授業を数回実施し,試作のアニメーションと模擬授業に対する実験的評価を得るためにこの機会を利用した。模擬授業は「免疫ことはじめ」というタイトルで小学校高学年から中学生を村象として,高等動物の体を微生物の感染などから守る生体防御機構についてやさしく説明するというテーマで実施された。模擬授業受講者のアンケート回収合計は54名であり,小学1〜3年生8名,小学4〜6年生14名,中学生5名,大学生11名,社会人16名であった。小学高学年から大学生の対象者うち,「理科が大好き」あるいは「理科が好き」と答えた人は,小学高学年57%,中学生40%,大学生82%であり,また,免疫のしくみについて「よく知っている」と答えた人はなく,全員が「知らない」あるいは「少しは知っている」と答えた。このような対象者が模擬授業を受けた後,小学高学年の64%,中学生の80%,大学生の82%がそれぞれ「免疫について興味をもった」と回答した。また,模擬授業の説明について,小学高学年の86%,中学生の全員,大学生の91%が「とても分かりやすい」あるいは「分かりやすい」と回答した。アンケート調査の対象が,マウスを見たりさわったりしようとする人で理科系の研究展示を見ようという人に限定された集団であることや集団が小さいことなどの理由により,アンケートの結果から明確な結論を引き出すことはできないと考える。しかし,模擬授業受講者の反応とアンケート結果は試作教材の内容と授業構成の修正点や改善の方向を考える上で大いに参考になった。2002年度の「マウスといっしょ」全体の企画には,これまでと同様に地域の小中学生とその保護者を中心として多数の人々が参加した。これまでどおり参加者には簡単なアンケートに答えてもらい,展示の感想,評価,研究室への要望を聞いた。アンケート回収分の人数は127人であった。アンケートの回収数が例年の60%程度にとどまったことが注意すべき点である。大学生・社会人の数は昨年とほぼ同じであるのに対し,小学生〜高校生の回答者が減少していることが特徴であった。ただし,今年の小中学生の参加者は過年度からのリピーターや期間中のリピーターが目立った。このことは展示そのものは参加者にとってもう一度行ってみたいと考えさせる魅力があることを示している。新規の参加者を呼び込む努力が足りなかったと考え,この点を来年の課題とする。今後もこの企画を継続することで経験を積むとともに,大学を地域に開放し大学と地域社会との結びつきを強めるための特色ある活動としていくことをめざす。