著者
細谷 亨
出版者
社会経済史学会
雑誌
社會經濟史學 (ISSN:00380113)
巻号頁・発行日
vol.80, no.2, pp.149-171, 2014-08-25

本稿の課題は,戦時期に展開された満洲への分村移民を,農家の移住形態と母村の変容過程に着目しつつ検討することでその歴史的特質を明らかにすることである。農家戸数と耕地面積の調整を意図した適正規模論にもとづく分村移民では,農村労働力流出の型でいえば挙家離村(全戸移住)が重視されていた。だが,親戚管理を通じた耕地処分のあり方にみられるように帰村を予定していた農家が多く,実際は母村からの農家世帯の流出はあまりみられなかった。家の存続と家産の保全を目的とする農家にとって分村移民は非現実的な政策にほかならなかったが,その一方で農家の家族移住者が相当数に及んだことは,労力不足による農業生産力の低下を招くなど送出後の母村・集落に与える影響は決して小さなものではなかった。かかる事態に対応すべく政策側は送出後の母村整備に着手していく。農家の対応と母村の政策遂行が密接な連関をもっており,そのことが分村移民の展開を強く規定していたのである。
著者
細谷 亨
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01 (Released:2013-04-25)

本研究の目的は、戦時中に満洲に送られた日本人農業移民(満洲開拓民)を、敗戦後の海外引揚をふくめて総合的に検討することにより、これまで別個に論じられる傾向の強かった満洲移民史と海外引揚史の接続をはかることである。研究の遂行過程においては、開拓民を最も多く送り出した長野県下伊那郡の農村を対象に、政策展開をふまえつつ海外引揚における母村の対応を明らかにした。分析からは、従来あまり言及されることのなかった引揚者援護事業における公的扶助(生活保護)の役割が大きな比重を占めていたことが確認できた。現金給付と現物給付からなる公的扶助は、必ずしも引揚者のみを対象にしたものではなかったが、敗戦後の生活困窮者問題や占領期における社会福祉政策の拡充とも相まって引揚者援護とも結びついていく。もちろん、そのことがただちに引揚者の生活再建を意味するわけではないが、これまで「差別」の視点で語られることの多かった地域における引揚者問題を再検討する手がかりを得たといえる。満洲開拓民の送出についても重要な成果を得ることができた。長野県諏訪郡の農村を対象とした研究では、開拓民が満洲への移住に際して、自家の農地を親戚・知己に貸与して出かけており、敗戦後の農地改革の際、農地を返還してもらい、母村の自作農に復帰するケースを明らかにすることができた。かかる傾向は、当該村だけでなく、程度の差を含みつつも多くの村で確認できることであり、満洲開拓民(分村移民)の遂行が農家の存在形態や母村の対応に大きく規定されていたことをよく表している。上記の研究は、実態面および政策面の双方において、より詳細な検討が必要であるが、満洲開拓民を戦時と戦後の歴史過程のなかに位置付けるうえで重要な貢献をなし得たと考えている。