著者
細谷 幸子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.72-78, 2017 (Released:2018-08-01)
参考文献数
26

本稿では、シーア派12エマーム派を国教とするイランで「治療的人工妊娠中絶法」(2005年)が成立した背景とともに、この法の成立過程で重視された論点を整理し、成立後の変化を概観することで、中東イスラーム諸国の生命倫理をめぐる議論の一つを紹介する。それまで母親の生命を救う以外の人工妊娠中絶に厳罰を科していたイランで、この法の成立は大きな制度的転換点となった。その背景には、不法の人工妊娠中絶による女性の健康被害が深刻な状況にあった。医学的理由による人工妊娠中絶という側面を前面に出し、母の苦痛は回避されるべきとするイスラーム法の概念で支持することで、障害や疾病をもつ胎児の選択的人工妊娠中絶が正当化されたが、障害や疾病をもって生きる権利に十分配慮した議論は、十分におこなわれなかった。法制定後、不法の人工妊娠中絶数は減少していないとされる一方で、胎児の異常を理由とした人工妊娠中絶は許容範囲が拡大され、増加している。
著者
細谷 幸子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本研究の目的は、西洋近代医療の一端を担う看護職をめぐる諸状況の分析から、イスラーム社会における西洋近代医療と宗教の関係性の理解を促すことにある。西洋近代医療においては、治療・看護を目的として、患者身体への直接的介入がおこなわれる。しかし、イスラームが異性身体への関わりを禁止行為とし、人間の排泄物等に触れることを不浄をしているがゆえに、イスラーム社会に住む人々は、西洋近代医療を受容しながらも、身体をめぐるさまざまな倫理的問題に直面せざるを得ない状況に置かれている。本研究では、イラン・イスラーム共和国をフィールドとし、患者身体への直接的な接触(ボディ・ケア)を主業務とする看護職に注目する。民族誌的手法による総合的アプローチをとることで、イスラーム社会における西洋近代医療と宗教の動態的関係性を捉えようとする。平成15年度の研究実績は、以下の通りである。平成15年4月から6月までは、日本国内で、これまでの現地調査で得た資料の整理・分析と、文献研究をおこなった。その後、平成15年7月には、ロンドンにおいて、イギリス在住イラン人慈善家たちの活動と、イラン国内の病院や介護施設における看護・介護実践との関連性について調査をおこなった。平成15年10月から12月には、イラン・イスラーム共和国、テヘランを拠点として、これまでの調査・研究で不足していた情報の収集と、インタビューのテープ起こしをおこなった。平成16年1月から3月には、日本国内で文献研究をおこなうと同時に、イランの看護、介護と医療をテーマとして、看護専門雑誌で連載を受け持ち、小論を発表した。(研究発表の欄を参照)