- 著者
-
細道 和夫
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.69, no.5, pp.288-296, 2014-05-05 (Released:2019-08-22)
超対称な場の量子論の数理の研究において,近年目覚ましい進展が続いている.色々な物理量について,経路積分をあらわに実行し,その値を厳密に評価する強力な手続きが発見されたためである.これは「局所化」(localization)とよばれている.経路積分は量子力学の基本的なアイデアであり,場の理論やその物理量の形式的な定義を与える手段としては非常に優れている.しかし通常は,経路積分による物理量の表示を出発点として,そこから例えば摂動論などの道具立てをさらに整備する必要がある.相互作用する多くの場の理論において,経路積分を解析的に実行するのは一般にはとても難しいので,局所化原理に基づく近年の進展は多くの理論物理学者の関心を集めている.局所化原理は,数学の分野で古くから知られている固定点定理を場の理論の経路積分に応用したものである.固定点定理とは,連続対称性の作用する多様体の位相不変量を,その対称性のもとで不変な点(固定点)の近傍の局地的な情報だけを用いて評価するもので,高次元の困難な積分の問題を,典型的には有限個の固定点の寄与についての足し上げにまで簡単化する著しい定理である.場の理論の超対称性は,じつはこの定理と深い関わりがある.局所化原理によって新しく計算可能になった多くの物理量は,平坦空間ではなく,特殊な背景場の導入された空間や,球面などの曲がった空間の上で定義された場の量子論に関わる.とくに大きな進展は4次元のN=2超対称ゲージ理論においてみられる.このクラスの理論は,ある種の変形によって位相的場の理論になり,4次元多様体のトポロジーとインスタントンの数理の関係を調べる有用な枠組みとなることが知られていた.今世紀に入って,Nekrasovらはこれを発展させ,N=2超対称ゲージ理論の低エネルギー物理に対するインスタントン補正を完全に決める分配関数と,局所化原理に基づくその導出法を提案した.4次元のゲージ理論において局所化原理が大きな成果を収めた最初の例である.より最近では2007年に,PestunによってN=2超対称ゲージ理論が4次元球面上に構成され,分配関数やWilsonループ演算子の期待値が導出された.これをきっかけに,超対称な場の理論を様々な曲がった空間上に構成し,それをもとに場の理論の新しい物理量を定める研究が盛んに行われることになった.局所化原理は今や超対称ゲージ理論の新しい解析手段として広く認識されており,超対称ゲージ理論の数理の研究は,この新しい手法や物理量の厳密公式の発見を機に新たな局面を迎えていると言える.この記事では,4次元N=2超対称ゲージ理論を題材にとり,最近の進展を振り返りながら,局所化原理とは何か,色々な厳密公式がどのように導かれたかを解説する.