- 著者
-
藤井 淑禎
- 出版者
- 立教大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 1995
近代日本における<望郷>の心情をあとづけ、その意味をさぐる本研究の作業は、大きく分けて、二つの山をかたちづくることとなった。ひとつは、昭和30年代を中心とするいわゆる高度経済成長期の動向をめぐって。そしてもうひとつは、近代化を振り返る余裕も生まれた明治末期の動向をめぐって。前者については、おもに社会史・精神史的方法からのアプローチを試みた。当時の流行歌やアマチュアの書き手による手記・投書文などを素材とし、社会背景、経済事情、農業政策などを具体的なデータにもとづき復元し、総体としての高度成長期の様相を明らかにせんとした。その成果の一部は、『望郷歌謡曲考-高度成長の谷間で-』(NTT出版、平9.3)として公刊した。後者については、これとは逆に、もっぱら<振り返る>という行為の仕組みが科学的に明らかにされ、かつそれが表現手段を獲得するまでの過程を探ることに終始した。具体的には、心理学や哲学の分野で試みられた「過去」や「回想」のメカニズムの追求をめぐる諸事情を明らかにし、かつ、そうして得られた「過去」がどのようにして文章や小説のなかで表現可能となっていったかを探ろうとした。この時期、多くの小説で、「過去」の表現をめぐって構成上文体上のさまざまな試行錯誤があったことがわかるのである。