著者
藪崎 聡
出版者
尚美学園大学総合政策学部
雑誌
尚美学園大学総合政策研究紀要 = Bulletin of policy and management, Shobi University (ISSN:13463802)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.69-82, 2018-03-31

講道館柔道の投げ技の中でも、山嵐は使えるものが少なく、極めて特殊な技と言える。また使用者であった西郷四郎が、この技について直接的な文章を残していないことから後世の柔道家にとって、実態がはっきりしない幻の技となっている。筆者は約25年前に日本武道学会で一般口頭発表として、この技が柔道技術書において著者達の得意技に近寄せて記載されていることを指摘し伝承の不十分さと旧来の柔道家達の我田引水的な判断を批判した。また当時は柔道を総合格闘技的な視点でとらえることが流行っていたため山嵐は背負い投げや体落、払い腰などの一連の投げ技とは逆の回転で肘や肩の関節を制しながら投げたのではないか、古流の柔術、特に大東流合気柔術の技が用いられたのではないかという推論が出された。本研究ではこの技を最も間近に見てきたであろう富田常次郎の手記を中心に、嘉納治五郎が山嵐に込めた願いについて述べた。また、西郷四郎の用いた原点の山嵐は、現在講道館の手技として教えられているものに近いものであることを論証した。
著者
藪崎 聡
出版者
関東学院大学理工学部建築・環境学部教養学会
雑誌
科学/人間 (ISSN:02885387)
巻号頁・発行日
no.48, pp.157-162, 2019-03

武道離れの著しい昨今において、戦前に制定された綜合武術格闘術は工夫次第では現代の日本で自国文化の確認や国技愛好の面で貢献しうるものであることを述べた。今回の研究では、綜合武術格闘術の技術再編を開始し、武道の初歩的な技術を体得し、また護身術として活用できる体系への移行の第一歩として構成と試論を行う。技術考察の結果、最も中心となる技法は武器使用では、杖を用いての斜め振り下ろし左右、そして左右突き、徒手では前方回転受身の体得に加え、正拳中段突き左右、中段内受け左右種類は少ないが、まずはこの単純な動作の反復からスピーディーな体得と日々の修練の実施が可能になるであろうよ考えられる。応用技法は様々な広がりが期待できるが、それだけに全ての武器使用や身体操法に関わる根本動作は少数で体得しやすいシンプルなものを選ぶのがよいと考えた。
著者
藪崎 聡
出版者
関東学院大学工学部教養学会
雑誌
科学/人間 (ISSN:02885387)
巻号頁・発行日
no.45, pp.133-138, 2016-03

筆者は従来の研究において、日本武道の在り方について、現代武道を興隆させた著名な人物の思想から勝敗観を読み取ることで示す試みを継続してきた。その言動には武術の種類や流派の違いを越えた根本的な共通点が、士道という、徳としての日本の精神の在り方の領域において現象学的に存在することがうかがえた。本研究においては、こうした武の在り方を根本から支える精神の本質はどこに求められるのかをテーマに、日本の武のシンボル、また皇室において三種の神器の一つでもある草薙剣の記紀におけるはたらきから日本人がいかなる武の現われを尊んできたかを検証する。三種の神器、そして草薙の剣に関しての歴史学的な角度からの考証は過去において十分に行われ議論も行われてきたが、古代からの事項でもあるため十分な真実や証拠を提供するものとはなりえない場合もあるが、少なくとも現代を生きる我々がそれを国家の歴史において重要な役割を果たしていると認識するには十分であるといえよう。皇室が歴代の天皇の即位にあたって、その権威を象徴する鏡、曲玉、剣。中でも力の象徴とされた草薙の剣の存在は広く国民の知るところであるが、その姿を誰も見ることが許されないことからさらに存在の真偽を含めて今後も議論が続けられよう。古事記においては須佐之男命がそれを八俣の大蛇の尾から取り出し天照大御神に献上した。日本書紀では記述が異なるが歴史の流れの中で常に三種の神器は皇室の権威の象徴であり続けたことは事実である。古事記には美麗なものより、より直截的で飾らない表現が多用されているところに特色がある。前述の八俣の大蛇退治の記述も勇猛に闘い斬り殺すと書かれたことはなく、その戦術は酒で眠らせたところを斬る戦術をとっておりその記述は今にそのまま変えられることなく残っている。またここで得られた草薙の剣も、その後何度か歴史に姿を現すがただの一度も戦いで相手を斬りつけることに使われた描写が全く存在しないことは特筆に値する。国を統治するうえで武力の象徴とするならばそれに相応しい表現を神話に残すような記述が残されるようになったり、あるいはそれに適した来歴の武器を以て神器とするのが一般的な神話の構成と言えるのだが、日本における神器 草薙の剣は不殺の剣のまま神器として継承されている。現実として確認できる事実から我々は以下のように神器にかかわる伝説の継承から日本的価値観の現われを勝敗観としてとらえることができよう。神話に残る伝承や歴史は時として後世の者たちの手により書き換えられることもあり、我々はその変化や推移を通じて時代に応じた価値観を読み取ることが出来る。しかるに本研究における考察の対象となった草薙の剣が大きく働きを見せたのは、後に継承した日本武尊が襲われた際に周囲の草を斬り倒した時のみである。 こうした描写から日本人の感性にある武の威徳というものは必ずしも多くを打ち倒す、多くを斬り殺すものに集約されるとは考えがたいものがあるといえよう。古事記の記述の中には殺伐とした場面は少なからず登場するが草薙の剣は剣でありながら全く人や動物をを殺傷した様子がない。草薙の剣の用いられ方から日本の武への姿勢、思想、勝敗観を読み取るならばそれは自身を守る、ということにその本義をおいていたと見るべきであろう。