著者
坂本 剛 野波 寛 蘇米雅 哈斯額尓敦 大友 章司 田代 豊
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.51-62, 2017 (Released:2017-09-07)
参考文献数
44

本研究は,自然資源の管理政策への協力意図に影響を及ぼす要因の効果を明らかにすることを目的として,資源と直接的な関わりの深い地域の住民と比較的関わりの浅い都市の住民による政策への協力意図に至る心理的過程を比較検討する。中国・内モンゴルの牧畜地域の草原管理を事例として,管理政策への協力意図に対して,手続き的公正感,信用度,法規性が与える影響を分析するために,全住民が牧畜に従事するA村(n=146)と大都市のフフホト市(n=262)で調査を行った。信用度から協力意図への影響は地域住民に顕著に見られる一方で,都市住民は草原管理に関わる行政の法規性を高く評価している場合,手続き的公正感による影響が減じられる「法規性の干渉効果」を示した。法規性の干渉効果について,主に法規性が偏重されることの弊害に注目をして考察を行った。社会的ガバナンスの前提となる多様なアクターの参加という条件のもとでは,結果的に,社会の多数派によって行政が持つ単一の価値のみが重視されるというパラドックスが発生する危険性が指摘された。
著者
野波 寬 蘇米雅 哈斯額尓敦 坂本 剛
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.116-130, 2014 (Released:2014-03-18)
参考文献数
32
被引用文献数
3 1

正当性とは,自他がコモンズの管理に関与する権利の承認可能性と定義され,その規定因として,法規などの制度にもとづく準拠枠である制度的基盤と,自他の専門性などへの主観的評価である認知的基盤が提起される。本研究では,内モンゴル自治区における牧民・行政職員・都市住民の間での,牧草地の管理権をめぐる正当性の相互承認構造を検討した。牧民が認知的基盤に依拠して自らの正当性を承認する一方,行政職員は制度的基盤より彼らの正当性を否認するなど,三者間には正当性の判断に不一致が見られた。コモンズの管理など多様な人々の利害にかかわる公共政策の決定において,正当性の相互承認に焦点をあてることの重要性について議論した。
著者
蘇米雅
出版者
公益財団法人 集団力学研究所
雑誌
ジャーナル「集団力学」 (ISSN:21854718)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.102-130, 2010-07-01 (Released:2013-04-16)
参考文献数
34
被引用文献数
1

本稿は、中国・内モンゴルにおいて自然保護政策として実施された生態移民が、地域生活に及ぼす影響を環境正義の観点から考察する。1949年以降、内モンゴルでは、国策として、遊牧から定住への移行が強制され、さらに放牧地が細分化・固定化されたため、草原は耕地化され、その結果、砂漠化が進行、大都市でも黄砂被害が深刻な問題となった。政府は、黄砂被害を食い止めるために、生態移民政策を打ち出した。その政策は、砂漠化の原因は過放牧にあるという前提に立ち、草原を囲い込んで禁牧にするとともに、牧民を都市に移住させるというものだった。本研究は、内モンゴル正藍旗にあるオリックガチャーとバインオーラガチャーという2つの村における生態移民の経緯を、参加観察によって詳しく追尾し、環境社会学で議論されている「環境正義」について新しい視点を導入しようとするものである。 バインオーラガチャーでは、2002年の生態移民によって、牧民は30キロ離れた移民村に移動、集住することになった。生業も、モンゴル牛数10頭の放牧から輸入ホルスタイン牛数頭の畜舎飼育に変化した。高価なホルスタイン牛の購入費は、借金として村民の肩にのしかかった。かつては自家消費に回していた牛乳も商品化され、生活のすべてが貨幣なしには成立しなくなった。また、村民全員に集住が強いられたため、元の村の構成単位(ホトアイル)は壊され、近隣の結びつきは弱体化してしまった。そのような村民が、生活の現状をなげくとき、現状と対比されるのは、元の牧民生活だった。 2004年、バインオーラガチャーよりも早く生態移民が実施されていたオリックガチャーの移民村で、村民の一部が、違法行為を覚悟で、元の草原で再放牧に乗り出した。彼らは、畜舎で飼っていたホルスタイン牛を連れて、元の草原に戻り牧民生活を再開したのだ。それは、も元のホトアイルを新しい形で創造する試みであり、モンゴル語の「スルゲフ」(再生)を連想される試みであった。 本稿では、再放牧の動きを、新しい共同性に基づく正義に支えられた動きであると考察した。すなわち、地検・血縁による自然的共同性でもなく、また、生態移民政策に見られるような人為的共同性でもない。一見、昔の共同性への回帰に見えはするが、それは、人々が内発的に創造する共同性、すなわち、内発的共同性に基づく正義が再放牧を支えているのではなかろうか。
著者
蘇米雅
出版者
公益財団法人 集団力学研究所
雑誌
ジャーナル「集団力学」 (ISSN:21854718)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.102-130, 2010

本稿は、中国・内モンゴルにおいて自然保護政策として実施された生態移民が、地域生活に及ぼす影響を環境正義の観点から考察する。1949年以降、内モンゴルでは、国策として、遊牧から定住への移行が強制され、さらに放牧地が細分化・固定化されたため、草原は耕地化され、その結果、砂漠化が進行、大都市でも黄砂被害が深刻な問題となった。政府は、黄砂被害を食い止めるために、生態移民政策を打ち出した。その政策は、砂漠化の原因は過放牧にあるという前提に立ち、草原を囲い込んで禁牧にするとともに、牧民を都市に移住させるというものだった。本研究は、内モンゴル正藍旗にあるオリックガチャーとバインオーラガチャーという2つの村における生態移民の経緯を、参加観察によって詳しく追尾し、環境社会学で議論されている「環境正義」について新しい視点を導入しようとするものである。 バインオーラガチャーでは、2002年の生態移民によって、牧民は30キロ離れた移民村に移動、集住することになった。生業も、モンゴル牛数10頭の放牧から輸入ホルスタイン牛数頭の畜舎飼育に変化した。高価なホルスタイン牛の購入費は、借金として村民の肩にのしかかった。かつては自家消費に回していた牛乳も商品化され、生活のすべてが貨幣なしには成立しなくなった。また、村民全員に集住が強いられたため、元の村の構成単位(ホトアイル)は壊され、近隣の結びつきは弱体化してしまった。そのような村民が、生活の現状をなげくとき、現状と対比されるのは、元の牧民生活だった。 2004年、バインオーラガチャーよりも早く生態移民が実施されていたオリックガチャーの移民村で、村民の一部が、違法行為を覚悟で、元の草原で再放牧に乗り出した。彼らは、畜舎で飼っていたホルスタイン牛を連れて、元の草原に戻り牧民生活を再開したのだ。それは、も元のホトアイルを新しい形で創造する試みであり、モンゴル語の「スルゲフ」(再生)を連想される試みであった。 本稿では、再放牧の動きを、新しい共同性に基づく正義に支えられた動きであると考察した。すなわち、地検・血縁による自然的共同性でもなく、また、生態移民政策に見られるような人為的共同性でもない。一見、昔の共同性への回帰に見えはするが、それは、人々が内発的に創造する共同性、すなわち、内発的共同性に基づく正義が再放牧を支えているのではなかろうか。