著者
西野 保行 小西 純一 中川 浩一
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
土木史研究 (ISSN:09167293)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.321-330, 1993-06-01 (Released:2010-06-15)
参考文献数
18

明治期のわが国の鉄道用橋梁として主力を占めたものは、プレートガーダー (鈑桁) であって、径間15ftから80ftに至る領域は、これが主力を占めており、早くから標準設計 (定規と称した) が確立していた。しかしながら、その中でも主力を占める官鉄に関するものはかなり詳細が解っていたが、それ以外の私設鉄道のものや、全部を通じての架設状況などは系統的な記録に乏しい。そこで、かなり現物が減少してきたとはいえまだそれが存在するうちに、実証的な裏付けをもとに一連の研究を行って行きたいと考えるもので、今回はその導入部とし概説を述べるものである。
著者
西野 保行 小西 純一 淵上 龍雄
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
日本土木史研究発表会論文集 (ISSN:09134107)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.126-135, 1983-06-24 (Released:2010-06-15)
参考文献数
8

Development of Railway rail used in Japan (1872-1930's) is traced by verifying the rolled mark and the cross-section of individual rails remaining in various forms and in various places. In this 2nd report, rails used by railways other than the national railways are described: rails of private railways, tram rails, light rails, imported used rails and others. Most of these were imported from overseas until 1920's: from U.S.A., U. K., Germany, Belgium and other countries. As for cross-sectional design, the American practice had been widely accepted until the Japanese original sections 40N, 50N and 50T were proposed and adopted as the standard in 1961.
著者
西野 保行 小西 純一
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
日本土木史研究発表会論文集 (ISSN:09134107)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.193-198, 1987-06-20 (Released:2010-06-15)
参考文献数
8

わが国最初の鉄道用鉄桁である70ft3主構ポニーワーレントラスが, 道路橋に転用されて今なお現存しているのが発見された.3主構が揃った姿ではないが, 1873年製の桁を含んでいるのは確実と思われ, これまで最古の鉄道用鉄楠として保存されている1875年製の100ft複線ポニーワーレントラス以前の, 文字通り「わが国最初で最占」の鉄道用鉄桁である, 発見の経緯, 転用状況, 現存の浜中津橋の調査結果などを述べる.
著者
西野 保行 小西 純一 中川 浩一
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
土木史研究 (ISSN:09167293)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.253-258, 1995-06-09 (Released:2010-06-15)
参考文献数
16

わが国における鉄製鉄道橋梁については、トラス橋及びプレートガーダーについては、その記録も多く、またかなり系統的設計がなされたため、その現況ならびに歴史的経緯についても、かなり明らかになってきている。この中にあって、第1次世界大戦のために、大形鋼板が入手しにくくなった時代において、突如として出現したラチス桁は、ヨーロッパにおいてはかなり一般的な存在ではあったけれども、わが国の鉄道用鉄 (鋼) 製桁の流れの中においては、異流に属するものであった。それでもその使用範囲は北海道から中国地方に及んだが、本格的採用とはならず、その後は撤去による減少を重ね、現在は3橋梁を残すのみとなっている。また橋梁架設時の仮桁として使用されたものも現存している。本論文は、その現況から入って、過去の使用状況を中心として、その歴史的経緯を探ろうとするものである。
著者
小西 純一 西野 保行 中州 浩一
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
土木史研究 (ISSN:09167293)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.257-268, 2002-05-15 (Released:2010-06-15)
参考文献数
16
被引用文献数
1 1

明治45年 (1912) に鉄道院が「鋼鉄道橋設計示方書」を公布したが, このころより日本の鉄道橋梁の設計・製作はすべて国内で行うようになった.鉄道網の急激な拡大に対応して橋梁の数量も著しい伸びを示し, 国有鉄道においては, 各地の建設線や線増あるいは取替用に各種標準桁を設計・製作・架設する一方, いろいろな構造形式の導入や大スパンへの挑戦が行われた.民営鉄道においては, 国有鉄道とは異なる設計活荷重に対する独自の桁を架設した会社が多いが, 国有鉄道の設計を準用する会社もある.また, 国有鉄道から鋼桁の払い下げを受けて開業にこぎつけた会社も多い.本稿では, このような大正・昭和前期 (およそ1913-1960年) における鋼鉄道橋技術の発達とその特徴を述べるとともに.現存状況について報告する
著者
小西 純一 西野 保行 淵上 龍雄
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
日本土木史研究発表会論文集 (ISSN:09134107)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.227-238, 1989-06-20 (Released:2010-06-15)
参考文献数
9

官設鉄道が標準桁として採用したクーパー型トラス桁は10種類で、そのうち100ft上路を除く9種類263連が1899年から1915年にかけて架設された。耐用年数は線区によりかなり異なるが、東海道本線で47年程度、中央本線で66年程度であり、経年88年で今なお使用中のものもある。現在使用中の桁は、転用桁を含めて合計72連となっている。クーパー型の採用はそれまでの英国系からの全くの方向転換であり、連続性はない。クーパー型を少し設計変更した100fしと300ftの国産桁が存在した、輸入ピン結合トラスの最後を飾るのは、阿賀野川釜ノ脇橋梁ほかのカンチレバー式架設工法によるトラスである。わが国の橋梁技術者たちは、米国流の進んだプラクティスを体得すると同時に、アイパーを主体のピン結合トラスの欠点を見抜き、リベット結合に改め、輸入から国産へと転換し・技術的な自立を一段と進めることになる。【明治期、鉄道橋、トラス桁】
著者
小西 純一 西野 保行 渕上 龍雄
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
日本土木史研究発表会論文集 (ISSN:09134107)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.207-214, 1985-06-25 (Released:2010-06-15)
参考文献数
15
被引用文献数
1

A historical sketch of railway truss girders constructed in Meiji era (1858-1912) is described. This is the first part dealing with the 200ft double Warren truss girders which is believed to be a representative of the British school of design. A total of 112 girders were imported from England and erected in 1886-1898, 22 of which were made of wrought iron and remainings were wrought iron and steel combined girders. In April 1985, 18 girders are still stand, most of them are in use, though 9 of them are shortened.
著者
西野 保行 小西 純一 中川 浩一
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
土木史研究 (ISSN:09167293)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.321-330, 1993

明治期のわが国の鉄道用橋梁として主力を占めたものは、プレートガーダー (鈑桁) であって、径間15ftから80ftに至る領域は、これが主力を占めており、早くから標準設計 (定規と称した) が確立していた。しかしながら、その中でも主力を占める官鉄に関するものはかなり詳細が解っていたが、それ以外の私設鉄道のものや、全部を通じての架設状況などは系統的な記録に乏しい。そこで、かなり現物が減少してきたとはいえまだそれが存在するうちに、実証的な裏付けをもとに一連の研究を行って行きたいと考えるもので、今回はその導入部とし概説を述べるものである。
著者
小西 純一 西野 保行 淵上 龍雄
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
土木史研究 (ISSN:09167293)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.131-142, 1991

明治期に設計・製作されたトラス桁の歴史と現状を述べてきたこのシリーズの最終回として、日本人の手になるトラス桁について述べる。トラス桁の設計・製作は長らく外国人技術者の手によって行われてきた。標準桁が制定されていたこともあって、1909年以前は、日本人が設計したものはごく少ない。1880年代のものとしては、平井晴二郎による北海道入船町陸橋と原口要による官設鉄道の上路トラスがある。関西鉄道では1895-7年に白石直治、那波光雄の二人が英国流のトラス桁を設計した。宮設鉄道では杉文三設計の日川橋梁の上路トラス (1903年) があるのみで、あとは1910年以降の100ftクラスのものが数例あるくらいである。鉄道院が発足すると既存幹線の橋桁更新が急務となり、橋梁設計を専門とする部署が設けられ、新示方書による統一あるトラス桁の設計が精力的に行われるようになり、その後の発展につながって行く。明治末に相次いで電気鉄道が開業するが、電車荷重で設計した軽快な国産のトラス橋梁が各地に見られるようになる。
著者
小西 純一 西野 保行 淵上 龍雄
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
日本土木史研究発表会論文集 (ISSN:09134107)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.134-141, 1988-06-20 (Released:2010-06-15)
参考文献数
9

わが国に最初に導入された米国系の鉄道トラス桁は1882年開通の幌内鉄道のものであったが, この鉄道限りで他には普及しなかった. 次に導入されるのは木州の官設鉄道がいわゆるクーパー形構桁を採用したときである. 1899年から1915年にかけて大量のアメリカ式トラスが輸入され, 全国的に架設された, 同時期に建設された私設鉄道においてもアメリカ式トラスが輸入・架設された.その数は合計約300連にのぼり, その内約100連が何らかの形で現存している.本報では幌内鉄道, 北海道官設鉄道, 私設鉄道のトラスを扱い, 官設鉄道のクーパー形トラスその他については次回に述べる.