著者
辻 稔 宮川 和也 竹内 智子 武田 弘志
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.97-104, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
18
被引用文献数
3 3

「行動」とは,生体の生理機能とそれを取り巻く外的要因が複雑に相互作用した結果生じる最終表現型であり,動物が示す多種多様な動きの全てを意味する.したがって,基礎医学研究において,実験動物の行動を基盤として情動や認知といった脳高次機能を評価する上では,評価の指標となる行動(本稿では抑うつ様行動)のみならず,用いる実験動物が元来有する行動特性や感覚・運動機能に基づく一般行動についても幅広く検証する必要がある.本稿では,現在,基礎医学研究の分野で汎用されている「一般行動評価法」と「抑うつ様行動評価法」を取り上げ,これら各試験法の特徴や問題点について概説する.代表的な一般行動評価法としては,(1)オープンフィールド試験,(2)ホールボード試験,(3)自発運動測定試験が挙げられる.これらの試験はいずれも,制約がない自由な環境下で実験動物の様々な行動を幅広く観察することにより,生得的な情動性や基本的な身体機能の変化を検出するものである.また,現在最も汎用されている抑うつ様行動の評価法としては,(1)強制水泳試験および(2)尾懸垂試験が挙げられる.両試験は,実験動物に逃避不可能なストレス刺激を負荷した時に誘発される行動低下を抑うつ様行動として評価するものであり,試験操作が極めて簡便であることから,新規抗うつ薬候補物質の前臨床評価や遺伝子改変動物の表現型の解析に幅広く用いられている.さらに最近では,薬物の抗うつ様効果の検出のみならず,うつ病の病態究明を目的として,臨床におけるうつ病患者の症状や抗うつ薬の治療効果との類似性を念頭に置いたうつ病モデル((3)学習性無力モデル,(4)慢性緩和ストレスモデル,(5)嗅球摘出モデルなど)の開発がすすめられている.今後より臨床的妥当性の高いうつ病モデルが開発されることにより,うつ病の病態生理の解明やより有効性の高い治療戦略の開発が飛躍的に発展するものと考える.
著者
宮川 和也 齋藤 淳美 宮岸 寛子 武田 弘太郎 辻 稔 武田 弘志
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.4, pp.212-218, 2016 (Released:2016-04-09)
参考文献数
46
被引用文献数
1

脳機能の発達過程において,最も外界から影響を受けやすい時期は胎生期であり,この時期に過剰なストレス刺激に曝露されることにより,中枢神経の発達や成長後の情動性の異常が惹起される可能性が考えられる.実際,妊娠期に母体が過度のストレス刺激に曝露されることにより,子の成長後のストレス反応に異常が生じるという臨床報告がなされている.本稿ではまず,胎生期ストレス研究について,臨床的側面と実験動物を用いた基礎研究の両面から概説する.また,近年著者らは,胎生期ストレスが惹起する子のストレス脆弱性の病態生理の解明に加え,その治療法の提案を期した薬理学的研究を行っている.その結果,行動学的検討において,妊娠期に強度のストレス刺激に曝露された親マウスから生まれた子マウスでは,成長後の一般情動行動の低下,不安感受性の増強およびストレス適応形成の障害が認められた.また,生化学的検討の結果,その発症機構の基盤として,脳内5-HT神経系の器質的あるいは機能的障害が関係している可能性が示唆された.さらに,胎生期ストレス刺激により惹起される情動障害に対する抑肝散の幼少期投与の効果について検討した結果,胎生期ストレス刺激により誘発される不安感受性の亢進は,抑肝散を生後3週齢から6週齢にかけて処置することにより改善した.本稿では,これらの著者らの研究成果を交え,胎生期におけるストレス刺激が子の精神機能障害を誘発する科学的根拠をまとめるとともに,子の安全かつ有効な薬物療法について議論する.
著者
石井 大輔 齋藤 淳美 宮川 和也 辻 稔 武田 弘志
出版者
国際医療福祉大学
雑誌
国際医療福祉大学学会誌 (ISSN:21863652)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.66-74, 2016-03-31

がん患者の代表的な身体的苦痛である慢性疼痛が,患者の精神症状を増悪することが懸念されている.「痛み」の伝達経路は,情動調節に重要な脳部位である帯状回や扁桃体に直接的または間接的に入力しているため,痛み刺激自体がストレスへの対処(ストレスコーピング)に影響を及ぼす可能性が示唆される.本研究では,慢性疼痛がストレスコーピングに及ぼす影響について,マウスの強制水泳試験を用いて行動学的に検討した.その結果,炎症性慢性疼痛は,ストレスコーピングに影響を及ぼさなかった.一方,神経障害性慢性疼痛は,強制水泳試験における無動時間の短縮,すなわち,ストレス刺激に対する受動的コーピングの障害を惹起した.なお,この条件下において,オープンフィールド試験における探索行動およびロータロッド試験における運動協調性には特筆すべき変化は認められなかった.また,神経障害性急性疼痛は,ストレスコーピングに影響を及ぼさなかった.これらの所見から,神経障害性慢性疼痛は,ストレス刺激に対する受動的コーピングに影響を及ぼすことが考えられる.
著者
武田 弘志 辻 稔
出版者
国際医療福祉大学
雑誌
国際医療福祉大学紀要 (ISSN:13424661)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.1-10, 2008-07-31

1950年代にイミプラミンの抗うつ効果が発見されて以来,三環系ならびに四環系抗うつ薬,選択的セロトニン再取り込み阻害薬,およびセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害などの様々な抗うつ薬が開発され,うつ病の薬物治療は大きな発展を遂げた。しかし,これらの抗うつ薬の治療効果や安全性には未だ満足できない面もあることから,より有効性や安全性が高い新規抗うつ薬の開発が望まれている。蘇葉は,現在臨床において,うつ病や不安障害に対する有効性が認められている数種の漢方処方に共通して配合されている要薬の一つである。最近,著者らは,蘇葉に含まれるロズマリン酸およびその主要代謝産物カフェー酸が新規の抗うつ・抗不安様物質であることを明らかにした。また,神経化学的検討において,ロズマリン酸およびカフェー酸は,現在臨床で使用されている抗うつ薬の主たる薬理作用であるモノアミン再取り込み阻害作用やモノアミン酸化酵素阻害作用を有さないことを明らかにした。したがって,今後,これら両化合物の薬効の特徴や作用機序の詳細を明らかにすることにより,うつ病や不安障害に対する新規治療薬の開発やこれら疾患の病態生理の解明の一助になるものと考える。
著者
武田 弘志 辻 稔
出版者
国際医療福祉大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

5-HT_1A 受容体作動薬の 24 時間前処置により形成される急性ストレス刺激に対する情動的抵抗性が、海馬におけるヒストン H3 のアセチル化に経時的相関があることを見出した。さらに、ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬であるトリコスタチン A を脳室内に投与することで、ヒストン H3 アセチル化に相関するストレス抵抗性が形成された。したがって、海馬ヒストン H3 アセチル化を主軸としたエピジェネティクス制御が、ストレス性精神疾患の治療および予防に有用である可能性が示唆された。