- 著者
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近藤 紀子
伊澤 栄一
渡辺 茂
- 出版者
- 三田哲學會
- 雑誌
- 哲学 (ISSN:05632099)
- 巻号頁・発行日
- vol.121, pp.183-205, 2009-03
特集 : 小嶋祥三君退職記念展望論文カラスは, 霊長類や鯨類などの社会性哺乳類と類似した. 固定的な個体群が緩やかに結びついた離合集散型と呼ばれる社会を形成している. そこでは, 個体間に競合関係や友好関係が生じ, 資源競合の解決策として機能している. 近年のカラス科の研究はその証左としての優れた社会認知戦略を明らかにしてきたが, それらに不可欠な個体認知機能のメカニズムは明らかにされていない. 個体の離合集散を伴う社会では, 音声による個体認知が有効であり, 実際に, 多くの社会性哺乳類がコンタクトコールと呼ばれる音声を用いて個体認知を行うことが知られている. 鳥類の音声個体認知については, つがい相手や親と子, なわばり隣接個体などの社会生態学的に固定的関係をもつ個体間に関するものがほとんどであり, 個体間の社会関係が時刻 と変化する複雑な社会において, どのように個の個体を認知しているのかは不明であった. 本論文では, 離合集散型の社会を形成するハシブトガラス(Corvus macrorhynchos)について, 我 が近年行ってきた研究の中から, 音声コミュニケーションについて紹介する. 彼らは音声能力に長けているとされながらも, その多くは不明のままであったが, 野外観察研究と実験室研究の両者を行うことで, コンタクトコールを特定し, それを用いたコミュニケーションが担う個体認知機能を明らかにしつつある. これらの研究は, 従来なされなかった社会性鳥類における音声個体認知のメカニズムとその機能を明らかにするだけでなく, 社会性哺乳類の知見との比較議論を可能にし, 社会生態と音声コミュニケーションの進化に関する理解を深める可能性をもつ.