- 著者
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佐瀬 隆
近藤 錬三
- 出版者
- 帯広畜産大学
- 雑誌
- 帯広畜産大学学術研究報告. 第I部 (ISSN:0470925X)
- 巻号頁・発行日
- vol.8, no.3, pp.465-483, 1974-03-20
- 被引用文献数
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本研究では,まず現在の東北海道に生育するイネ科植物表皮細胞中の珪酸体の記載分類を行なった。次にこの分類に基づいて,北海道各地域に分布する約1,300B.P.年以降の埋没火山灰土について,そのA層中の植物珪酸体の形態別組成と含量を明らかにした。さらに,各地域で生成年代の明らかな火山灰土A層につき植物珪酸体生産量(g/cm^2/年)を算出し,主としてイネ科植物生産量の側面から,北海道の後氷期の古気候変遷について考察した。その結果は,次のように要約することができる。(1)イネ科植物表皮細胞中の珪酸体は,その形態的特徴と植物分類学グループとの関係から,I)ササ型,II)ヒゲシバ型,III)キビ型,IV)ウシノケグサ型,V)棒状型,VI)ファン型およびVII)ポイント型の7グループに分類することができる。このうちII),III),IV)およびV)の珪酸体グループは,TWISS et al.の分類を暫定的に採用したものである。これらの珪酸体グループのうち,I)はササ属,II)はヒゲシバ族,III)はキビ亜科,そしてIV)はウシノケグサ亜科の表皮細胞中に特徴的に含まれる。V),VI)およびVII)の珪酸体グループは,特定の植物分類学グループとの関係は認められなかった。しかし,ファン型グループの珪酸体は,ウシノケグサ亜科よりキビ亜科に一般的に多く含まれる傾向があり,とくにササに非常に多く含まれている。また,ヨシのファン型珪酸体は著しく粒径の大きいのが特徴である。(2)北海道各地の埋没火山灰土A層には,棒状型,ポイント型およびファン型グループの各植物珪酸体が,全試料に含まれていた。ササ型珪酸体は,5,000〜6,000B.P.年以降の埋没火口灰土A層に普遍的に認められた。ウシノケグサ型グループの珪酸体は,絶対年代に関係なく,道南渡島地域の試料を例外として,すべての地域の試料に含まれていた。キビ型グループの珪酸体は,数種の試料にごく少量認められたが,ヒゲシバ型珪酸体は,すべての試料にまったく含有されていなかった。これらの結果から推定される北海道の後氷期の火山灰地古植生は,5,000〜6,000B.P.年以前はウシノケグサ亜科のイネ科植物が優先し,それ以後はササが優先したものと推定される。5,000〜6,000B.P.年以降ササ植生が優先したという推定は,現在の北海道の火山灰地草地植生とほぼ一致するものである。(3)埋没火山灰土A層の珪酸体含量と,腐植含量の間には,正の相関(γ=0.64)が認められた。珪酸体生産量は,時代や地域の違いによって次のように変動したものと思われる。1)10,000〜7,000B.P.年,0.1〜0.2×10^<-4>g/cm^2/年(胆振,根釧地域)2)7,000〜4,500B.P.年,1.2〜1,9×10^<-4>g/cm^2/年(渡島,胆振地域)3)4,500〜2,500B.P.年,2.7×10^<-4>g/cm^2/年(渡島地域),1.3×10^<-4>g/cm^2/年(十勝地域)4)2,500〜1,500B.P.年,1.4×10^<-4>g/cm^2/年(渡島地域),1.0×10^<-4>g/cm^2/年(胆振地域),0.9×10^<-4>g/cm^2/年(十勝地域)イネ科植物の珪酸体生産量が,主に気候(とくに気温)によって規定されるという見地に立つならば,北海道の後氷期の古気候変遷は,ほぼ上記の珪酸体生産量の変動に対応したものと推定することが可能である。上述したように,埋没火山灰土A層中の植物珪酸体の形態組成および珪酸体生産量についての研究は,古植生のみならず,過去の気候条件を推定する有効な手段となることが明らかである。