著者
早川 由紀夫 由井 将雄
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.1-17, 1989-05-31 (Released:2009-08-21)
参考文献数
23
被引用文献数
22 or 0

The eruptive history of the Kusatsu Shirane volcano is well described by means of 14 beds of key tephra and intercalating loess soil. Three eruptive stages are recognized. During early or middle Pleistocene the Matsuozawa volcano was formed; this is the first stage. The second stage was initiated by effusion of the Horaguchi lava, which was followed by eruptions of the Oshi pyroclastic flow, older lava flows, 3P pumice fall, and Yazawahara pyroclastic flow. Brown loess soil about 10m thick covering these deposits indicates that a dormant period of more than 100, 000 years followed this stage. The summit area upheaved about 400m or more against the foot of the volcano during this period, as is suggested by the extraordinarily steep (6.1°-3.0°) surface of the Oshi ignimbrite plateau. The third stage, which started about 14, 000 years ago, is the formation of three pyroclastic cones on the summit and contemporaneous effusion of the younger lava flows, e. g. the Kagusa lava of 7, 000 years ago and the Sessyo lava of 3, 000 years ago. In historic times, phreatic explosions have frequently occurred on the summit crater, Yugama. This means that the present belongs to the third stage. It is unlikely that eruptions of the third stage are caused by cooling of the magma chamber which was active in the second stage. The activity of the third stage seems to denote arrival of a new magma chamber at shallow depth.
著者
鈴木 毅彦 早川 由紀夫
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.105-120, 1990
被引用文献数
15 or 0

Five distinctive tephra beds (A<sub>1</sub>Pm-A<sub>5</sub>Pm), carrying abundant biotite and quartz crystals, are widely distributed in central Japan. They are here collectively called Omachi APms or APms in short, and are petrographically identified by high refractive indices of hornblende (n<sub>2</sub>=1.685-1.696) and orthopyroxene (γ=1.728-1.737). One bed of the APms is found as far as 239km from the presumed source, Momisawadake in the Hida Mountains, where it is 4cm thick and composed mainly of silt-sized glass. No proximal deposit made up of coarse pumice fragments is found owing to unfavorable preservation of the mountainous landscapes; however, the eruption style is supposed to be of plinian type based on analyses of grain size along the dispersal axis.<br>Assuming that the accumulation rate of loess soil has been constant at each locality, the age of APms is estimated 0.24-0.33 Ma by the overlying soil thickness. Moreover, in the south Kanto district, one of the APms is intercalated between two well-established marker-tephra: GoP (0.25-0.30Ma) and TE-5 (0.35-0.40Ma). It is very likely that the age of APms is 0.30-0.35Ma. The time interval between A<sub>1</sub>Pm and A<sub>5</sub>Pm eruptions is estimated to be less than 0.05Ma, because the thickness of the soil layer intercalatcd between APms does not exceed 106cm at any locality.<br>The Omachi APms are found on the flanks and slopes of many volcanoes in central Japan, such as Azumaya, Yatsugatake, Kusatsu Shirane, and Takahara. They are also found among deposits forming fluvial terraces in north Kanto. The significance of APms as Middle Pleistocene time-markers will be established hereafter.
著者
Shigeo SUGIHARA Isao TAKAHARA Mamoru HOSONO
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
The Quaternary Research (Daiyonki-Kenkyu) (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.29-39, 1972-05-25 (Released:2009-08-21)
参考文献数
33
被引用文献数
2 or 0

This thesis was written of the topography and volcanic ash layers (the so-called Kanto Loam) of the Musashino upland extending over the western region of Tokyo Metropolis. The results are summarized as follows:1) The geomorphic surfaces of the Musashino upland may be divided into Yodobashi, Narimasu, Akabane, Nakadai and Tachikawa terraces from older to younger in order. These terraces are covered with the volcanic ash layers. It was found that the older terraces are covered with the thicker volcanic ash layers, compared with the younger terraces.2) In classifying Yodobashi and Narimasu terraces, two pumice beds, namely SIP and Pm-1 found in the volcanic ash layers are used as key beds. In the case of Akabane and Nakadai terraces, TP would be used as key bed.3) Beneath the sediments of Yodobashi and Akabane terraces, observed are drowned valley features. Those valleys are filled up with marine sediments representing each of the transgression periods. The amounts of transgression are estimated several ten meters with Yodobashi terrace, and several meters with Akabane.
著者
後藤 直
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.33, no.5, pp.285-302, 1994

朝鮮半島の原始農耕は, 近年の集落遺跡発掘調査と栽培穀物遺体発見例の増加によって, 耕地・耕作具など不明の部分もあるが, その輪郭が明らかになりつつある. 畑作農耕は, 中国東北地方新石器時代の畑作農耕の伝播により, 有文土器時代中頃 (紀元前4,000~3,000年) に始まったと推定される. 次の無文土器時代 (紀元前1,000年) に農耕社会が形成され, この時代には水稲農耕が始まった. 暖かさの指数の等値線分布と畑作・水稲耕作の分布はほぼ対応し, 漢江流域より北では畑作が主で, 水稲耕作はほとんど行われなかった. 漢江流域以南では畑作とともに水稲耕作が行われ, 水稲耕作は南ほど盛んであった.<br>農耕集落遺跡の立地は5つにわけられる. (1) 山間部の河川中・上流部の河川沿い, 曲流部, 合流部の河岸段丘などは, 漁撈・狩猟・採集にも適し, 小集落, 支石墓が点在するが, 狭隘なため耕地の拡大と農耕社会の発展には限度がある. 水稲への依存度も低い. (2) 河川中流から下流の平野部の河岸段丘や中洲と, (3) 小平野や谷底平野に面する低丘陵に立地する集落は, 畑作農耕・水稲農耕いずれの場合も耕地の拡大が可能であり, 農耕社会発展の中心であった. ここに支石墓のほか, 地域的・政治的統合を示す青銅器副葬墓が多い. (4) 山頂に立地する遺跡は少なく, 何らかの事情による特殊例であろう. (5) 海岸部には農耕をほとんど行わない漁撈民の遺跡も立地する. かれらは, とくに南海岸では海上交易の担い手として, 内陸部の農耕集落と結びついていた.
著者
宍倉 正展 宮内 崇裕
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.235-242, 2001-06-01
参考文献数
28
被引用文献数
1 or 0

房総半島南部沿岸には,過去の地震に伴う地殻変動を記録した離水海岸地形が複数のレベルに発達する.その詳細な調査に基づくと,1703年元禄関東地震に伴う地殻上下変動は従説とは異なり,南端での隆起と保田,小湊での沈降を伴った北への傾動運動であることが明らかになった.また本地域には,元禄関東地震や1923年大正関東地震と同様の2つのタイプの固有地震が離水海岸地形から確認され,元禄型地震は完新世最高位旧汀線の離水より4回,大正型地震は6,825~6,719cal yrs BP以降少なくとも11回発生している.大正型地震の再来間隔は,離水海岸地形の年代からみて380~990年,最高位旧汀線高度から成分分析した平均再来間隔は290~760年と推定される.沿岸低地の完新世における地形形成は,くり返し発生した元禄型・大正型地震に伴う地殻変動の累積変位に強く影響を受けており,特に海面に対して沈降を伴う元禄型地震時の変動に規定されて多様な発達過程を示す.
著者
岡本 透 大丸 裕武 池田 重人 吉永 秀一郎
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.39, no.3, pp.215-226, 2000-06-01
参考文献数
30
被引用文献数
2 or 0

下北半島北東部の太平洋岸には,砂丘砂や泥土に覆われたヒバの埋没林が各所に認められる.この埋没林の形成期は,約2,600~2,000年前,約1,000~850年前,約500年前,および現代である.調査地域に分布する砂丘砂中に認められる埋没腐植層の年代は,<sup>14</sup>C年代値と白頭山苫小牧火山灰の年代から,約5,300年前,約2,700年前,約1,000~900年前,約600~500年前,そして約200年前に区分された.埋没腐植層の年代により,調査地域に分布する砂丘の形成期は,約5,000年前以降,約2,500年前以降,約1,000年前以降,約600年前以降,約100年前以降と推定された.約2,500年前以降は,砂丘の形成期の年代とヒバ埋没林の形成期の年代とがほぼ一致するため,ヒバ埋没林の形成には砂丘砂の移動が大きく関与している.約2,600~2,000年前のヒバ埋没林は,その年代と分布から,約3,000~2,000年前の小海退にともなう砂丘砂の移動によって形成された.約1,000年前以降に形成された砂丘については,人為的影響によって形成された可能性がある.<br>一方,調査地域周辺には,約700~500年前の製鉄遺跡が数多く分布し,江戸時代後期にも南部藩などによって製鉄が試みられている.砂鉄採取のための砂丘の掘り崩しや,製鉄用の木炭を得るための沿岸部における森林伐採といった人為的影響によって,約600年前以降と約100年前以降に砂丘砂の移動があった.それにともなって,約500年前,現代の年代を示すヒバ埋没林が形成された.
著者
河村 善也
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.1-12, 1992
被引用文献数
3 or 0

帝釈峡遺跡群に属する観音堂, 堂面, 穴神, 馬渡の4遺跡から産出した哺乳動物化石の層序学的な分布を, 現在までに得られた資料をもとにまとめた. これらの遺跡から産出した哺乳類の約69%は現在もこの地域に生息する種類で, その大部分は後期更新世の後半から連続してこの地域に生息していたものと考えられる. 一方, 全体の約19%は現在この地域には分布しないが, 他の地域には生息している種類で, これらは後期更新世から完新世にかけてのいろいろな時期に, この地域から絶滅したと考えられる. 残りの12%は絶滅種で, それらはすべて後期更新世末までに絶滅したと考えられる. 現在この地域に分布しない種類や絶滅種のこの遺跡群における消滅層準の年代は, 32,000から21,000年BPの間 (ヒョウ), 21,000から16,000年BPの間 (ニホンモグラジネズミ, ヒグマ属, ゾウ科の動物), 16,000から12,000年BPの間 (ニホンムカシハタネズミ, ブランティオイデスハタネズミ), 10,000年BP頃 (ヤベオオツノシカ), 6,000から5,000年BP頃 (オオヤマネコ) で, これらの年代は各種類の本州におけるおおよその絶滅時期と対応する可能性が高い.
著者
兵頭 政幸
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.1-20, 2014

近年,地磁気逆転期の百年〜千年スケールの磁気・気候層序が明らかになってきた.大阪湾掘削コアの海水準プロキシは海洋酸素同位体ステージ(MIS)19の歳差周期シグナルをもつ.同コアでは,マツヤマ−ブリュンヌ(MB)逆転トランジションは海水準のハイスタンド19.3以前に小反転エピソードで始まり,ハイスタンド19.3とロースタンド19.2の間の海面低下期に終了する.終了直前には小反転が多発する.気候の最温暖化はMB逆転直後,最高海面の約4,000年後に起こる.同様のMB逆転磁場の特徴が中国レス,インドネシア・サンギランの更新統,歳差周期シグナルをもつ深海底堆積物の記録でも見られる.MB逆転直後の最温暖化はバイカル湖,ヨルダン峡谷,地中海沿岸でも起こっている.MIS31でも最高海面から4,000年遅れて地磁気逆転直後に最温暖化する.これら温暖化の遅れは,逆転期に増加した銀河宇宙線が誘起する寒冷化が最高海面付近で起こったことが原因の可能性が高い.
著者
堤 隆
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.42, no.3, pp.205-218, 2003-06-01
参考文献数
57
被引用文献数
1 or 0

日本の後期旧石器時代は,未較正の<sup>14</sup>C年代で3.3万年前から1.3万年前のおよそ2万年間存続し,時期的にはAT降灰期前後を境に前半と後半に区分される.本稿では,前半期を前葉と後葉に,後半期を前葉・中葉・末葉に区分し,各時期の石器群の様相について,特に寒冷気候への適応に注目して概観した.前半期前葉は局部磨製石斧と台形様石器に,前半期後葉は石刃技法の成立やナイフ形石器の登場に,後半期前葉は石器群の地域性の発現に,後半期中葉は尖頭器石器群などの地域的展開に,後半期末葉は列島全域におよぶ細石刃石器群の展開によって特色づけられる.<br>後期旧石器時代前半期前葉に登場する掻器と呼ばれる石器は,後期旧石器時代の諸石器群にあまねく伴う石器ではなく,時空的な偏りをもって保有される石器である.とくに掻器は高緯度地域に濃密に分布する傾向があり,使用痕分析から導き出される皮なめしという機能推定とあいまって,防寒のための毛皮革製品製作用具であることがうかがえ,寒冷環境への適応を物語る石器として重要視される.<br>後期旧石器時代の編年を地域ごとにいかに精緻に組み立て,同位体ステージで示されるような環境イベントとの対応関係をどのように読み取るかは,後期旧石器時代研究の今日的な課題のひとつである.掻器の存在は,最終氷期最寒冷期のより寒冷な環境への人類の適応戦略の解読を可能としている.
著者
吉川 周作 水野 清秀 加藤 茂弘 里口 保文 宮川 ちひろ 衣笠 善博 三田村 宗樹 中川 康一
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.39, no.6, pp.505-520, 2000-12-01
被引用文献数
17 or 0

神戸市東灘区魚崎浜で掘削された東灘1,700mボーリングコアの火山灰層序を明らかにした.本コアは,基盤の花崗閃緑岩(深度1,545.7m以深)と,それを不整合に覆うK1-L層・K1-U層から構成される.淡水成のシルト・砂・砂礫主体のK1-L層(深度1,545.7~691.8m)は,朝代火山灰層に対比できるK1-1382火山灰層を挾み,大阪平野地下の都島累層と陸上部の大阪層群最下部・下部下半部に相当する.海成粘土層と淡水成の砂礫・砂・シルトの互層からなるK1-U層(深度691.8~23.3m)は,31層の火山灰層を挾み,大阪平野地下の田中累層と大阪層群下部上半部~段丘堆積層に相当する.本層中のK1-648,K1-566,K1-537,K1-488とK1-486,K1-444,K1-422,K1-351,K1-348ないしK1-347.4,K1-245,K1-223,K1-175,K1-141,Kl-101,K1-26火山灰層は,イエローIIないしIII,ピンク,光明池III,山田III,アズキ,狭山,今熊II,八町池I,八町池II,カスリ,港島I,鳴尾浜IV,八田,甲子園浜III~VI,平安神宮の各火山灰層に対比された.この火山灰対比により,19層の海成粘土層を,それぞれMa-1,Ma0,Ma0.5,Ma1,Ma1.3,Ma1.5,Ma2,Ma3,Ma4,Ma5,Ma6,Ma7,Ma8,Ma9,Ma10,Ma11(1),Ma11(2),Ma11(3),Ma12層に対比した.
著者
早川 由紀夫 由井 将雄
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.1-17, 1989
被引用文献数
5 or 0

The eruptive history of the Kusatsu Shirane volcano is well described by means of 14 beds of key tephra and intercalating loess soil. Three eruptive stages are recognized. During early or middle Pleistocene the Matsuozawa volcano was formed; this is the first stage. The second stage was initiated by effusion of the Horaguchi lava, which was followed by eruptions of the Oshi pyroclastic flow, older lava flows, 3P pumice fall, and Yazawahara pyroclastic flow. Brown loess soil about 10m thick covering these deposits indicates that a dormant period of more than 100, 000 years followed this stage. The summit area upheaved about 400m or more against the foot of the volcano during this period, as is suggested by the extraordinarily steep (6.1°-3.0°) surface of the Oshi ignimbrite plateau. The third stage, which started about 14, 000 years ago, is the formation of three pyroclastic cones on the summit and contemporaneous effusion of the younger lava flows, <i>e. g.</i> the Kagusa lava of 7, 000 years ago and the Sessyo lava of 3, 000 years ago. In historic times, phreatic explosions have frequently occurred on the summit crater, Yugama. This means that the present belongs to the third stage. It is unlikely that eruptions of the third stage are caused by cooling of the magma chamber which was active in the second stage. The activity of the third stage seems to denote arrival of a new magma chamber at shallow depth.
著者
山崎 晴雄 水野 清秀
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.38, no.6, pp.447-460, 1999-12-01
被引用文献数
0 or 2

国府津・松田断層の地震テクトニクス上の位置づけに関しては,現在二つの異なる見解が示されている.一つは,相模トラフ内のセグメントとは独立に活動し,丹沢山地や大磯丘陵を持ち上げる大磯型地震を引き起こすというものである.もう一つは,関東地震を200~300年ごとに引き起こすプレート境界断層から分岐した副断層の一つであり,関東地震と連動することなしに大地震を起こすことはないという考えである.これを検証するため,断層崖の麓で5個所のトレンチ発掘調査を行い,最新の断層活動史を復元した.完新統に明瞭な断層変位は認められなかったが,地辷りや崩壊堆積物から3,000年間に4ないし5回のイベントが識別された.このうち,大規模なイベントは約3,000年前の1回だけで,これが同断層の活動を示すと考えられる.ほかの小規模なイベントは,相模トラフで発生した大地震の可能性があるが,その頻度は数百年という短い間隔ではない.
著者
横山 卓雄
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.271-286, 1999-08-01

A.D.79年のヴェスヴィオ火山噴火による噴出物は2つの基本的な要素に区分できる.ポンペイ降下軽石層,ポンペイ・サージ層の2つである.ポンペイ降下軽石層は主として降下軽石からなり,ポンペイ・サージ層は火砕流堆積物,土石流堆積物,降下火山灰層などを含んでいる.火砕流は,少なくとも6回古代都市ポンペイに来襲した.それらの堆積物をPS-1~PS-6と名付けた.また,2層の土石流堆積物(PD-1とPD-2)がみられる.<br>家の壁を倒したり,壁・瓦などの破片といった家屋材の大きい塊を含んでいたりすることからみて,最も力の強かったのはPD-2土石流堆積物である.PS-3をもたらした火砕流もまた人間の頭蓋骨や,やや大きい木を切っているので強力であった.<br>A.D.79年のヴェスヴィオ火山の活動で噴出したポンペイ降下軽石は30~40分間で降下した.ヴェスヴィオ噴火からの火山噴出物によって,多数の建物や塔は完全に埋没したわけではないこと,噴火直後地表面には人工物の破壊された跡がまだみえる状態で残っていたということが想像される.<br>ヴェスヴィオ噴火の火山活動と火山噴出物の堆積のタイム・テーブルの素案が提唱された.
著者
上杉 陽 新川 和範 木越 邦彦
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.165-187, 1994-07-31 (Released:2009-08-21)
参考文献数
52
被引用文献数
4 or 0

伊豆諸島北部 (大島~三宅島) の諸火山の噴火, 相模トラフ系大地震, 伊豆半島の北伊豆断層系~平山断層の変位, 箱根火山の噴火, 駿河トラフ系大地震, 富士山の噴火との間の歴史時代の同期・連動関係についてのデータが増えつつある. さらに遡って更新世後期あたりまでのデータを得るためには, まず第1に, 伊豆大島~相模湾岸~房総半島地域のテフラの主体をなす大島火山系テフラの模式地を設定し, 誰もが容易に観察・試料採集できる状態にせねばならない. そこで, 伊豆大島千波崎の地層切断面露頭群を模式地として, 20分の1のテフラ標準柱状図と200分の1露頭スケッチを作成した. まず前者の図を公表し, 若干の説明を付す.
著者
中村 俊夫
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.40, no.6, pp.445-459, 2001-12-01 (Released:2009-08-21)
参考文献数
34
被引用文献数
7 or 0

1940年代末にLibby(1955)によって開発された放射性炭素(14C)年代測定法は,現在では高精度化が進み,考古学や地質学の研究には不可欠なものとなっている.開発当初は,放射能測定法により14Cの濃度が測定されてきたが,1970年代の終わりに加速器質量分析(AMS)による14Cの直接検出法が開発された.AMS14C測定の最大の特徴は,炭素試料の量が放射能測定で用いられる量の1/1,000以下の数mgCですむことである.現在では,測定試料の状態に応じて両者が使い分けられている.名古屋大学の最新型タンデトロン2号機(HVEE社製AMS14C測定システム)は,ルーティンの年代測定において誤差が±20~±40年,測定の正確度はほぼ±0.5%(年代値の誤差で±40年)と高性能を示す.14C年代測定の正確度が高くなるにしたがって,年代値の取り扱いに注意が必要となる.14C年代測定により考古学・地質学イベントの暦年代を決めるためには,14C年代から暦年代への較正が不可欠である.単に14C年代値を,起点である西暦1950年から数え直すだけでは暦年代は得られない.また,高性能AMS14C測定システムを用いて14Cウイグル・マッチングの研究が進んでいる.この方法では,14C年代-年輪年代較正データに示される14C年代値の凸凹を,年代が未知の巨木について測定した100年分以上の14C年代値-年輪番号の変動曲線と絵合わせすることにより,樹木試料の最外殻年輪の暦年代(伐採年代)を高い正確度で決定できる.
著者
中村 俊夫
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.171-183, 1995-08-31 (Released:2009-08-21)
参考文献数
60
被引用文献数
6 or 0

1950年頃にLibby(1955)によって開発された14C年代測定法は,現在,地質学,地球科学,環境科学,考古学,文化財科学などさまざまな分野で利用されている.この45年の歴史をもつ放射能測定(14Cの放射壊変で放出されるβ線を検出し,14C濃度を知る方法)による14C年代測定法に対し,加速器技術を取り入れた新しい14C年代測定法(加速器質量分析法)が約15年前に開発され,現在全世界で活躍している.ここでは,名古屋大学タンデトロン加速器質量分析計を用いた14C年代測定の現状を概観し,測定される14C年代値の信頼度をさらに向上するための検討課題について,すなわち,試料の採取,試料調製,加速器質量分析法による14C濃度測定などの14C測定上の問題,および14C濃度から14C年代値の算出,その暦年代への較正に至るデータ処理上の問題点について議論する.さらに,14C年代測定法と他の年代測定法との比較について紹介し,タンデトロン分析計の利用の実情と将来計画について概説する.
著者
菅 香世子
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.59-75, 1998-05-31 (Released:2009-08-21)
参考文献数
48
被引用文献数
3 or 0

伊豆・小笠原弧北部の火山フロントに位置する八丈島火山群は,活動年代が異なる複数の小型成層火山の複合体である.入丈島火山群を構成する各火山の原形と生成順序は,それらの地質と火山地形から推定することができる.八丈島火山群の火山は,安山岩を主体とする火山と,玄武岩を主体とする火山とに分けられ,後者でも活動の後期には安山岩あるいはデイサイトマグマが活動することがある.このため,八丈島火山群では安山岩の産出頻度が高い.また,最近の10数万年間だけでも7~8個の小型成層火山が生成されてきた八丈島火山群は,マグマの上昇径路となる開口割れ目が比較的生じやすい条件下にあるといえる.八丈島火山群は,伊豆・小笠原弧北端部と本州弧との衝突に起因するNW-SE方向の圧縮の影響を多少は受けているものの,基本的には伊豆・小笠原弧で卓越する伸張のテクトニクストの下に置かれていると考えられる.
著者
町田 洋 新井 房夫
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.143-163, 1978-11-30 (Released:2009-08-21)
参考文献数
56
被引用文献数
116 or 0

A Holocene volcanic ash layer comprising abundant glass shards occurs as near-surface, soil-forming parent materials in south to north Kyushu and in Shikoku. This layer has been given several local names such as “Akahoya”, “Imogo”, “Onji”, etc. by farmers and pedologists. Its remarkable characteristics as a parent material of soil stimulated the interest of many pedologists to study its source, pedological features, distribution, etc. However, opinions on its source and proper identification varied considerably from one author to another.Detailed petrographic observation and accurate determinations of the refractive indices of the glass and several phenocryst phases in the tephra, together with extensive field work, have led to the conclusion that the Akahoya ash is the product of a single major eruption of the Kikai caldera.The ash is dacitic in composition and contains abundant bubble-walled glass shards and plagioclase, hypersthene, augite and opaque minerals as phenocrysts. The refractive index of the glass ranges from 1.505 to 1.514, and that of the hypersthene, from 1.705 to 1.714. The thickness contour of the ash layer and its grain-size distribution clearly indicate that this ash represents ejecta from the Kikai caldera, which is one of the largest calderas in Japan with an approximate diameter of 20km and largely submerged beneath the sea.The formation associated with this widespread tephra consists of three members; (1) a pumice-fall deposit as the earliest stage, (2) pyroclastic-flow deposits as the middle to the latest stages, and (3) an ash-fall deposit approximately contemporaneous with the pyroclastic flow. The 3rd member is assigned to the Akahoya ash and has the most extensive lobe with an axis length of over 1, 000km, covering most of southwest to central Japan and northwest Pacific Ocean. The volumes of the Akahoya ash-fall deposits must be greater than those of the pyroclastic flows.More than twenty-seven radiocarbon dates of the ash have been obtained so far, ranging rather widely from ca. 3, 000y.B.P. to ca. 9, 000y.B.P. However, the average value of the carbonated woods and peaty materials containing in the layer and the stratigraphical relationships with human remains give a probable age of the ash between 6, 000y.B.P. and 6, 500y.B.P. This marker-tephra is thus extremely significant for studies of Holocene climatic changes and sea levels, as well as for the correlation of archaeological sites.
著者
埴原 和郎
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.265-269, 1974-02-28 (Released:2009-08-21)

In this paper, the author discussed man's adaptation to the cold and formation of the northern Mongoloids in the light of human adaptability to the climatic conditions.It is widely known that the mammals generally show several adaptations to the climate, among which the most effective factors seem to be the light and the temperature. For instance, in the field of mammalian ecology, the rules proposed by GLOGER, BERGMANN and ALLEN are generally accepted, and they can be also applied on microevolution of the human populations to some extent. Thus, it is said that the Caucasoids have adapted to the cold and moist climate with low radiation of ultraviolet rays, and the Negroids to the environment with high temperature and excessive radiation of ultraviolet rays. In parallel to this, the Mongoloids are regarded as having adapted to the very low temperature and dry weather.However, adaptation in this direction has likely occurred in or just after the latest stage of the Upper Paleolithic, because the Mongoloids from this stage such as the Upper Cave Men show almost no evidence of adaptation to the extremely cold temperature.In this respect, the modern Mongoloids living in the arctic areas may be regarded as the people who acquired their adaptability to the cold in relatively recent stages of evolution. On the other hand, we can find some other populations who retain more or less archaic characters of the Mongoloids in peripheral areas of the Asian and the American Continents, and even in the sub-arctic areas.For instance, the Ainu has so far been attributed their origin to the Caucasian stock. Several recent findings on their blood composition, dermatoglyphics and dental characteristics, however, show close affinity to the Mongoloids.On the other hand, the Ainu still shows unique characteristics in quite rich beard and body hairs, relatively thin subcutaneous fat, partially projected facial bones, etc., and these characteristics do not show high degree of adaptability to the cold climate.On the basis of these fact, it is quite likely that the Ainu might be one of branches of the Mongoloid stock who has less experience to live under the extremely cold environment, and still retains some archaic characters compared with the neighbouring populations. Naturally, this hypothesis should be checked by several other data from the fields of anthropology, prehistory, geology, and other related sciences.