著者
竹内 やよい 遠山 弘法 吉川 徹朗 岡本 遼太郎 井手 玲子 角谷 拓 小出 大 西廣 淳 小熊 宏之 日浦 勉 中静 透
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.109, 2022 (Released:2022-10-22)
参考文献数
278

人新世の大加速とも呼ばれる気候変動の時代において、気候変動影響の顕在化、自然災害の激甚化・頻発化、COVID-19の世界的流行などの地球規模の問題が増大している。国際社会では、これらの問題は生態系の劣化や生物多様性の損失が要因であること、そして社会経済にも多大な損害を与える大きなリスクであることが共通の認識となりつつある。そのような状況を反映し、陸域生態系の多面的な機能を活用することで、低いコストで環境・社会・経済に便益をもたらし、社会が抱える複数の課題の解決に貢献する「自然を基盤とした解決策」という新しい概念に大きな期待が寄せられている。この解決策への社会的なニーズの高まりは、生態学が長年取り組んできた生物多様性や生態系の保全に関する課題を超えて、生態学が生物多様性や生態系が豊かな人間社会を継続し発展させる知的基盤となることや、生態学の社会的有用性を示す機会である。そこで本稿では、気候変動時代における「自然を基盤とした解決策」の実践に向けた生態学研究の方向づけを目的とし、陸域生態系の活用に対する社会的なニーズの現状を概観する。その上で、「自然を基盤とした解決策」の鍵となる陸域生態系の生物多様性や生態系機能に関する知見を整理して課題を抽出し、これらを踏まえて今後の生態学研究の方向性を具体的に示す。まず、現象の基礎的な理解という観点からは、生物多様性を含む陸域生態系と気候システムや社会システムとの相互関係性を含めた包括的な気候変動影響のメカニズムの解明と、予測・評価のためのプロセスモデルの高度化を進めること、そして同時に、陸域生態系と生物多様性の変化を示すための効果的なモニタリングと情報基盤の強化を行い、データや分析結果を社会に還元するフレームワークを構築することが優先事項である。より実践的な観点からは、「自然を基盤とした解決策」の実装や社会変革などにおいて共通の目標をもつ他分野との学際研究を積極的に行うことにより、実装における目的間のトレードオフを示すこと、健康・福祉の課題や生産・消費システムの中での陸域生態系や生物多様性への影響や役割を示すことなどが優先事項となる。気候変動に代表される不確実性の高い環境下で、効果的な「自然を基盤とした解決策」の実施ためには、その科学的基盤となる生態学の知見とツールは不可欠であり、またその実装を通じた社会変革への道筋においても生態学の貢献が期待されている。
著者
遠山 弘法
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集
巻号頁・発行日
vol.51, pp.230, 2004

スミレ属の多くは開放花、閉鎖花をつける。このような2型的な花による繁殖システムは、送粉昆虫利用度の季節的変化に対する適応であると考えられている。つまり、送粉昆虫の利用度が高い春先に開放花の他殖による種子生産を行い、樹木の展葉にともなって光環境が悪化し、送粉昆虫の利用度が低下する初夏以降に閉鎖花の自殖による種子生産を行うことで、一年を通じ繁殖成功を最大にしていると考えられている。<br><br>このような繁殖システムを持つスミレ属の近縁2種間では、生育地の光環境や送粉昆虫利用度の違いに対応して開放花への投資量が異なる可能性がある。つまり明るい環境下に生育し、開放花による他家受粉が期待できる種は開放花へより多くを投資し、一方で暗い環境下に生育し、送粉昆虫があまり期待できない種は開放花への投資を抑え、残りの資源を閉鎖花に投資するのではないかと考えられる。そこで、本研究では、主に明るい環境に生育するヒゴスミレと暗い環境下に生育するエイザンスミレを用いて、種間の光環境や送粉昆虫に対応した資源分配パターンを検証し、両種の適応的な資源分配パターンを明らかにする事を目的とした。<br><br>この目的にそって、熊本県阿蘇の集団で季節的な光環境、開放花数、閉鎖花数の変化、生育地の送粉昆虫の種構成、開放花への総投資量を調べた。<br><br>種間の光環境と送粉昆虫の違いに対応して、開放花生産期間や開放花への投資量の違いが観察された。暗い環境下に生育するエイザンスミレは、効果的な送粉者であるクロマルハナバチへ適応しており、その女王が現れる春先の短い間に開放花生産を集中して行い、残りの資源を閉鎖花へと分配していた。一方で、明るい環境下に生育するヒゴスミレは、多くの分類群の送粉昆虫へ適応しており、開放花生産期間を長くし、開放花へ多くを投資する事で他家受粉を促していた。<br>