著者
西廣 淳 赤坂 宗光 山ノ内 崇志 高村 典子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.147-154, 2016 (Released:2017-07-17)
参考文献数
33
被引用文献数
4

種子や胞子などの散布体を含む湖沼の底質は、地上植生から消失した水生植物を再生させる材料として有用である。ただし、底質中の散布体の死亡などの理由により、地上植生から植物が消失してからの時間経過に伴い再生の可能性が低下する可能性が予測される。しかし、再生可能性と消失からの経過時間との関係については不明な点が多い。そこで、水生植物相の変化と底質中の散布体に関する知見が比較的充実している霞ヶ浦(西浦)と印旛沼を対象に、水生植物の再生の確認の有無と、地上植生での消失からの経過時間との関係を分析した。その結果、地上植生から記録されなくなった植物の再生の可能性は時間経過に伴って急激に低下し、消失から40~50年が経過した種では再生が困難になることが示唆された。散布体バンクの保全は、湖沼の生態系修復において優先すべき課題であると考えられる。
著者
門脇 浩明 山道 真人 深野 祐也 石塚 航 三村 真紀子 西廣 淳 横溝 裕行 内海 俊介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1933, (Released:2020-11-10)
参考文献数
100

近年、生物の進化が集団サイズの変化と同じ時間スケールで生じ、遺伝子頻度と個体数が相互作用しながら変動することが明らかになってきた。生物多様性の損失の多くは、生物の進化速度が環境変化の速度に追いつけないことにより引き起こされるため、生物の絶滅リスクを評価する上で進化の理解は必須となる。特に近年では、気候変動・生息地断片化・外来種などの人間活動に関連する環境変化が一層深刻さを増しており、それらの変化に伴う進化を理解・予測する必要性が高まっている。しかし、進化生態学と保全生態学のきわめて深い関係性は十分に認識されていないように感じられる。本稿では、進化の基本となるプロセスについて述べた後、気候変動・生息地断片化・外来種という問題に直面した際に、保全生態学において進化的視点を考慮することの重要性を提示する。さらに、進化を考慮した具体的な生物多様性保全や生態系管理の方法をまとめ、今後の展望を議論する。
著者
松田 裕之 矢原 徹一 竹門 康弘 波田 善夫 長谷川 眞理子 日鷹 一雅 ホーテス シュテファン 角野 康郎 鎌田 麿人 神田 房行 加藤 真 國井 秀伸 向井 宏 村上 興正 中越 信和 中村 太士 中根 周歩 西廣 美穂 西廣 淳 佐藤 利幸 嶋田 正和 塩坂 比奈子 高村 典子 田村 典子 立川 賢一 椿 宜高 津田 智 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.63-75, 2005-06-30 (Released:2018-02-09)
被引用文献数
22

【自然再生事業の対象】自然再生事業にあたっては, 可能な限り, 生態系を構成する以下のすべての要素を対象にすべきである. 1生物種と生育, 生息場所 2群集構造と種間関係 3生態系の機能 4生態系の繋がり 5人と自然との持続的なかかわり 【基本認識の明確化】自然再生事業を計画するにあたっては, 具体的な事業に着手する前に, 以下の項目についてよく検討し, 基本認識を共有すべきである. 6生物相と生態系の現状を科学的に把握し, 事業の必要性を検討する 7放置したときの将来を予測し, 事業の根拠を吟味する 8時間的, 空間的な広がりや風土を考慮して, 保全, 再生すべき生態系の姿を明らかにする 9自然の遷移をどの程度止めるべきかを検討する 【自然再生事業を進めるうえでの原則】自然再生事業を進めるうえでは, 以下の諸原則を遵守すべきである. 10地域の生物を保全する(地域性保全の原則) 11種の多様性を保全する(種多様性保全の原則) 12種の遺伝的変異性の保全に十分に配慮する(変異性保全の原則) 13自然の回復力を活かし, 人為的改変は必要最小限にとどめる(回復力活用の原則) 14事業に関わる多分野の研究者が協働する(諸分野協働の原則) 15伝統的な技術や文化を尊重する(伝統尊重の原則) 16目標の実現可能性を重視する(実現可能性の原則) 【順応的管理の指針】自然再生事業においては, 不確実性に対処するため, 以下の順応的管理などの手法を活用すべきである. 17事業の透明性を確保し, 第3者による評価を行う 18不可逆的な影響に備えて予防原則を用いる 19将来成否が評価できる具体的な目標を定める 20将来予測の不確実性の程度を示す 21管理計画に用いた仮説をモニタリングで検証し, 状態変化に応じて方策を変える 22用いた仮説の誤りが判明した場合, 中止を含めて速やかに是正する 【合意形成と連携の指針】自然再生事業は, 以下のような手続きと体制によって進めるべきである. 23科学者が適切な役割を果たす 24自然再生事業を担う次世代を育てる 25地域の多様な主体の間で相互に信頼関係を築き, 合意をはかる 26より広範な環境を守る取り組みとの連携をはかる
著者
西廣 淳
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.141-146, 2012-11-30 (Released:2017-10-01)
参考文献数
20
被引用文献数
2

霞ヶ浦(茨城県)では1996年以降、霞ヶ浦開発事業の計画にもとづく水位管理が実施され、従来よりも高い水位が年間を通して維持されるようになった。水位上昇に伴って進行すると予測される湖岸の抽水植物帯の衰退の程度と特徴を明らかにするため、行政や関連機関によって取得されたデータを活用して解析した。湖岸の34定点で測定された抽水植物帯の幅(人工護岸から汀線までの距離)の変化を分析した結果、1997年から2010年までの13年間に、9.54±7.71m(平均±標準偏差)の減少が認められた。また植生帯の幅の減少量と、各地点における波高の指標値との間には、有意な正の相関が認められた。優占種にもとづいて識別された抽水植物群落の面積変化を分析した結果、1992年から2002年までの間に顕著に減少していたのは、比高が低く静穏な場所に成立するマコモ群落とヒメガマ群落であった。現在の霞ヶ浦では、「水利用と湖の水辺環境との共存を模索する」ことを目的とした「水位運用試験」として、水位をさらに上昇させる管理が行われているが、これまでの植生帯衰退を考えれば、水位をむしろ低下させ、保全効果を検証する試験こそが必要といえる。
著者
西廣 淳
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.139-148, 2011-11-30 (Released:2017-08-01)
参考文献数
37
被引用文献数
5

治水や利水を目的とした湖沼水位の操作による季節的変動パターンの変化が、湖岸の植物の種子による繁殖に及ぼす影響について、霞ヶ浦(茨城県)を例に解説した。霞ヶ浦では水門による水位操作が行われるようになった1970年代以降、それまで生じていた春季における水位低下が失われた。このため、湖岸の抽水植物帯の地表面が冠水しやすくなり、植生帯面積の減少と相まって、そこに生育する植物の発芽セーフサイト(発芽と実生定着に必要な条件を備えた場所)の面積がそれ以前の約24%に減少したと推定された。さらに水位操作が強化された現在の霞ヶ浦湖岸では、湿生植物の実生更新がほとんど生じていないことが確認され、現状の方針による管理が継続されると湖岸の植物の多様性が損なわれることが示唆された。水位管理方針の変更が湖岸の植物の発芽セーフサイトの面積に及ぼす影響を単純なモデルを用いて予測した結果、現状から20cm以内で水位を低下させただけでも発芽セーフサイトの大幅な回復が見込めることが示唆された。治水・利水・環境を鼎立させた管理のためには、このような生態学的予測を活用するとともに、多様な視点からの検討を経た順応的管理が不可欠である。
著者
竹内 やよい 遠山 弘法 吉川 徹朗 岡本 遼太郎 井手 玲子 角谷 拓 小出 大 西廣 淳 小熊 宏之 日浦 勉 中静 透
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.109, 2022 (Released:2022-10-22)
参考文献数
278

人新世の大加速とも呼ばれる気候変動の時代において、気候変動影響の顕在化、自然災害の激甚化・頻発化、COVID-19の世界的流行などの地球規模の問題が増大している。国際社会では、これらの問題は生態系の劣化や生物多様性の損失が要因であること、そして社会経済にも多大な損害を与える大きなリスクであることが共通の認識となりつつある。そのような状況を反映し、陸域生態系の多面的な機能を活用することで、低いコストで環境・社会・経済に便益をもたらし、社会が抱える複数の課題の解決に貢献する「自然を基盤とした解決策」という新しい概念に大きな期待が寄せられている。この解決策への社会的なニーズの高まりは、生態学が長年取り組んできた生物多様性や生態系の保全に関する課題を超えて、生態学が生物多様性や生態系が豊かな人間社会を継続し発展させる知的基盤となることや、生態学の社会的有用性を示す機会である。そこで本稿では、気候変動時代における「自然を基盤とした解決策」の実践に向けた生態学研究の方向づけを目的とし、陸域生態系の活用に対する社会的なニーズの現状を概観する。その上で、「自然を基盤とした解決策」の鍵となる陸域生態系の生物多様性や生態系機能に関する知見を整理して課題を抽出し、これらを踏まえて今後の生態学研究の方向性を具体的に示す。まず、現象の基礎的な理解という観点からは、生物多様性を含む陸域生態系と気候システムや社会システムとの相互関係性を含めた包括的な気候変動影響のメカニズムの解明と、予測・評価のためのプロセスモデルの高度化を進めること、そして同時に、陸域生態系と生物多様性の変化を示すための効果的なモニタリングと情報基盤の強化を行い、データや分析結果を社会に還元するフレームワークを構築することが優先事項である。より実践的な観点からは、「自然を基盤とした解決策」の実装や社会変革などにおいて共通の目標をもつ他分野との学際研究を積極的に行うことにより、実装における目的間のトレードオフを示すこと、健康・福祉の課題や生産・消費システムの中での陸域生態系や生物多様性への影響や役割を示すことなどが優先事項となる。気候変動に代表される不確実性の高い環境下で、効果的な「自然を基盤とした解決策」の実施ためには、その科学的基盤となる生態学の知見とツールは不可欠であり、またその実装を通じた社会変革への道筋においても生態学の貢献が期待されている。
著者
生態系管理専門委員会 調査提言部会 西田 貴明 岩崎 雄一 大澤 隆文 小笠原 奨悟 鎌田 磨人 佐々木 章晴 高川 晋一 高村 典子 中村 太士 中静 透 西廣 淳 古田 尚也 松田 裕之 吉田 丈人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2211, (Released:2023-04-30)
参考文献数
93

近年、日本では、急速な人口減少が進む中、自然災害の頻発化、地域経済の停滞、新型コロナウィルス感染症の流行等、様々な社会課題が顕在化している。一方で、SDGs や生物多様性保全に対する社会的関心が高まり、企業経営や事業活動と自然資本の関わりに注目が集まっている。このような状況を受けて、グリーンインフラ、NbS(自然を活用した解決策)、Eco-DRR(生態系を活用した防災減災)、EbA(生態系を活用した気候変動適応)、地域循環共生圏等、自然の資源や機能を活用した社会課題解決に関する概念が幅広い行政計画において取り上げられている。本稿では、日本生態学会の生態系管理専門委員会の委員によりグリーンインフラ・NbS に関する国内外の動向や、これらの考え方を整理するとともに、自然の資源や機能を持続的・効果的に活用するためのポイントを生態学的な観点から議論した。さらに、地域計画や事業の立案・実施に関わる実務家や研究者に向けた「グリーンインフラ・NbS の推進において留意すべき 12 箇条」を提案した。基本原則:1)多様性と冗長性を重視しよう、2)地域性と歴史性を重視しよう。生態系の特性に関する留意点:3)生態系の空間スケールを踏まえよう、4)生態系の変化と動態を踏まえよう、5)生態系の連結性を踏まえよう、6)生態系の機能を踏まえよう、7)生態系サービスの連関を踏まえよう、8)生態系の不確実性を踏まえよう。管理や社会経済との関係に関する留意点:9)ガバナンスのあり方に留意しよう、10)地域経済・社会への波及に留意しよう、11)国際的な目標・関連計画との関係に留意しよう、12)教育・普及に留意しよう。
著者
小山 明日香 小柳 知代 野田 顕 西廣 淳 岡部 貴美子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.41-49, 2016 (Released:2016-10-03)
参考文献数
56

要旨 孤立化した半自然草地では、残存する草原性植物個体群の地域的絶滅が懸念されている。本研究は、都市近郊の孤立草地において地上植生および埋土種子の種数および種組成を評価することで、埋土種子による草原性植物個体群の維持、および埋土種子からの植生回復の可能性とその生物多様性保全上のリスクを検証することを目的とした。千葉県北総地域に位置するススキ・アズマネザサが優占する孤立草地において植生調査を行い、土壌を層別(上層0~5 cm、下層5~10 cm)に採取し発芽試験を行った。これらを全種、草原性/非草原性種および在来/外来種に分類し、地上植生、埋土種子上層および下層のそれぞれ間で種組成の類似度を算出した。結果、地上植生では草原性種が優占しており、外来種は種数、被度ともに小さかった。一方、埋土種子から出現した草原性種は地上植生より少なく、特に土壌下層からは数種(コナスビ、コシオガマ、ミツバツチグリなど)のみが確認された。対して外来種は埋土種子中で優占しており、特に土壌上層で種数および種子密度ともに高かった。種組成の類似度は、草原性種、外来種ともに地上植生―埋土種子間で低く、埋土種子上層―下層間で高かった。これらの結果から、孤立草地における草原性種においては、埋土種子からの新たな個体の更新により維持されている個体群は少ないことが予測された。また、長期的埋土種子の形成が確認された草原性種は数種であり、埋土種子からの個体群の回復可能性も限定的であると考えられた。さらに、埋土種子中には、地上植生では確認されていない種を含む多くの外来種が存在していた。これらの結果は、孤立草地における埋土種子を植生回復に活用する上での高いリスクを示しており、今後孤立化が進行することにより植生回復資源としての有効性がさらに低下すると考えられる。
著者
長谷川 啓一 上野 裕介 大城 温 神田 真由美 井上 隆司 西廣 淳
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.79-90, 2016-07-28 (Released:2016-09-05)
参考文献数
33
被引用文献数
9 3

本研究では,移植による保全の難易度が高いと考えられる種(移植困難種)について,全国 179 の道路事業の移植事例の整理・分析を通じて,移植困難種の保全に関する現状と,移植後のモニタリング結果から生活型別の活着状況を整理した.また,工夫をこらした効果的な移植方法や移植後のモニタリング手法を抽出し,整理した.その結果,移植対象となっていた移植困難種は,8 科 26 種であり,樹幹に着生している種が 4 種,岩場に着生している種が 6 種,混合栄養植物が 9 種,菌従属栄養植物が 7 種であった.移植後の活着状況は,岩場に着生している種はいずれも良好であったが,樹幹に着生している植物と混合栄養植物では,活着率がほぼ 100%を維持している種と,ほとんど確認されなくなる種に 2 分される傾向が見られた.菌従属栄養植物では,地上部が発生しない年があるために正確な生存率を評価することができなかったが,1 ~ 2 割の事例で移植後に地上部の花茎が確認された.移植後の活着率を高める工夫として,樹幹に着生している種では,移植個体が着生していた元の樹皮や枝ごと移植する手法が,岩場に着生している種では,ヘゴ棒を基盤とすることで着生を促し,植生ネットを用いて脱落を防ぐ手法がとられていた.菌根菌との共生関係にある混合栄養植物や菌従属栄養植物では,土壌ごと移植する手法やコナラ等の樹木の根元へ移植する手法などがとられていた.今後は,移植困難種の株移植についての知見蓄積・技術向上とともに,株移植に依らない種子などの散布体を用いた保全・移植技術や,持続的な地域個体群の保全手法の研究・確立が重要と考えられた.
著者
池上 佑里 西廣 淳 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.1-15, 2011-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
43
被引用文献数
3

関東地方の台地の周縁に発達する小規模な谷(谷津)の奥部における水田耕作放棄地に成立した植生を、水生・湿生植物の生育ポテンシャルの面から評価することを目的とし、茨城県の北浦東岸の32箇所の谷津を対象として、最上流部に位置する水田放棄地の植生と、それに影響する環境要因を分析した。各調査地に15m×5mの調査区を設け、調査区内の維管束植物・大型水生植物相(ウキゴケ類とシャジクモ類を含む)を記録した。さらに、その内部に0.5m×O.5mコドラートを39個設け、種ごとの出現頻度から優占度を評価した。調査の結果、調査地あたり在来種数は平均32種、外来種は平均3種が記録され、全体では244種(うち外来種25種)が確認された。全国版あるいは地方版(茨城県あるいは千葉県)レッドリスト掲載種は、9箇所の調査地において合計7種確認された。一般化線形モデルを用いた解析により、調査地あたりの在来種数および在来水生・湿生植物種数に対して、地下水位による有意な正の効果と、日照率(植生上で撮影した全天写真から評価)と耕作放棄からの年数による有意な負の効果が認められた。地下水位による有意な正の効果は、絶滅危惧種の出現可能性に対しても認められた。逆に、侵略的外来植物であるセイタカアワダチソウの優占度に対しては、地下水位による有意な負の効果が認められた。地下水位は、コンクリートU字溝などの排水施設が設置されている場所において有意に低かった。以上のことから、調査対象とした地域において、谷津奥部水田耕作放棄地は、絶滅危惧植物を含む多様な水生・湿生植物の生育場所として機能していること、その機能は、水田として耕作されていた時代に排水施設などの圃場整備事業が実施されていない場所において特に高いことが示された。
著者
西廣 淳 角谷 拓 横溝 裕行 小出 大
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2201, (Released:2022-10-20)
参考文献数
34

気候変動への適応策の推進は、国および地域レベルの重要な社会的・政策的課題である。気候変動適応策では、現在生じている問題への対処や、予測される将来の環境条件下において生態系や社会システムのパフォーマンス(農作物の収量や健康リスクの低さなどの成果)を維持するような方策が検討されることが普通である。しかし、このようなアプローチ(最適化型アプローチ)は予測通りにならなかった場合における脆弱性をもつ。本稿では、最適化型アプローチとは別の考え方による適応策として、「適応力向上型アプローチ」について解説する。適応力向上型アプローチは、突発的な環境変動や必ずしも予測通りの将来にはならないという不確実性への対応として有効なアプローチであり、システムの「変化力」「対応力」「回復力」を高めることによって実現する。これらの概念について解説するとともに、変化力・対応力・回復力を高める上で有効であると考えられる方策について、実例に則して論じる。
著者
上杉 龍士 西廣 淳 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.13-24, 2009-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
79
被引用文献数
2

日本において絶滅が危惧されている多年生の浮葉植物であるアサザの生態的・集団遺伝学的現状を明らかにするため、レッドデータブックや地方植物誌などから存在の可能性が示唆された国内の局所個体群について2001年から2003年の開花期にあたる8月から9月に踏査調査を行い、局所個体群の存否、各局所個体群における展葉面積、異型花柱性の花型構成(長花柱型・短花柱型・等花柱型)を調査した。また、それぞれの局所個体群から葉を採取し、マイクロサテライト10座を用いて遺伝的特性を評価した。確認された局所個体群数は64であり、27水系に存在していた。本種は異型花柱性植物であり適法な受粉を行うためには長花柱型と短花柱型の両方が必要であるが、開花を確認した33局所個体群のうちで、それら3つの花型が確認されたのは霞ヶ浦内の2局所個体群のみであった。各局所個体群から2〜57シュートの葉を採集して遺伝解析を行なった結果、同定された遺伝子型は全国で61であった(うち7は自生地では絶滅し系外で系統保存)。また多くの局所個体群は、単一もしくは少数のジェネットから構成されていた。しかし、例外的に長花柱型と短花柱型の両花型を含む霞ヶ浦内の1局所個体群では、遺伝的に近縁な10もの遺伝子型が確認された。有性生殖の存在がジェネットの多様性を生み出したものと考えられる。有性生殖が行われていない局所個体群では、突発的な環境変動によって消滅した場合に、土壌シードバンクから個体群が回復する可能性は低い。またジェネット数が極端に少ないことは、次世代に近交弱勢を引き起こす可能性を高める。これらの要因が、日本におけるアサザの絶滅リスクを高める可能性がある。維管束植物レッドリストの2007年見直し案では、アサザは絶滅危惧II類から準絶滅危惧種に格下げされている。しかし、今後も絶滅危惧種とみなして保全を進める必要があると考えられる。
著者
黒田 英明 西廣 淳 鷲谷 いづみ
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.21-36, 2009 (Released:2009-10-14)
参考文献数
45
被引用文献数
7 2

湖底の土砂中に含まれる散布体バンクは,湖岸植生を再生させる際の材料として有用であることが示唆されている.本研究では,湖内における土砂の採取場所間の種組成および密度の相違に影響する要因を明らかにするため,霞ヶ浦内の12地点の湖底土砂の散布体バンクを実生発生法実験により分析した.散布体バンクからは,全国版レッドリスト掲載種15種,沈水植物15種を含む,合計92分類群の維管束植物および車軸藻類が確認された.土砂採取地点付近の湖岸あるいは堤防法面に現存する植生と,散布体バンクの種組成を比較したところ,その類似性は低かった.散布体バンク中の在来の水生・湿生植物の種数および個体数に対する,土砂採取場所付近における過去の植生帯面積および現在の底質土砂の平均粒径の効果を,一般化線形混合モデルを用いて分析した.その結果,土砂の平均粒径による有意な負の効果が認められた.また,沈水植物の種数および個体数に対して,1970年代前半における沈水植物帯の面積による有意な正の効果が認められた.植生帯再生事業に用いる材料としての湖底の土砂中の散布体バンクの有効性が支持されるとともに,事業に有効な散布体を含む土砂を探索する上で,過去に存在した植生帯の面積や現在の湖底土砂の粒径組成が有用な手がかりとなることが示唆された.
著者
西廣 淳 大槻 順朗 高津 文人 加藤 大輝 小笠原 奨悟 佐竹 康孝 東海林 太郎 長谷川 雅美 近藤 昭彦
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.175-185, 2020-03-28 (Released:2020-04-25)
参考文献数
56
被引用文献数
5

著者らは,かつて里山として利用されてきた自然環境を持続可能で魅力的な地域づくりに役立てる方策を「里山グリーンインフラ」と称し,個々の活動の有効性の検証や社会実装について議論している.本稿では,印旛沼流域に広く分布し,かつて水田として利用され,現在では多くが耕作放棄地になっている「谷津」(台地面に刻まれた枝状の幅の狭い谷)に着目し,谷津の湿地としての維持・再生や,その流域の台地・斜面の草原や樹林の維持・再生によってもたらされうる多面的機能を,既存の知見や現地での調査結果から論じる.具体的には,谷底部を浅く水温の高い水域として維持することは,脱窒反応を通して下流への栄養塩負荷を軽減しうる.谷底部での湧水を保全するとともに水分を保持する畔状の構造に成形することで,絶滅危惧種を含む多様な生物の生息場となる湿地環境を生み出しうる.また定量的評価に課題はあるものの,雨水の流出抑制や浸透を通して治水にも寄与する可能性がある.
著者
門脇 浩明 山道 真人 深野 祐也 石塚 航 三村 真紀子 西廣 淳 横溝 裕行 内海 俊介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.1933, 2020 (Released:2020-12-31)
参考文献数
100

近年、生物の進化が集団サイズの変化と同じ時間スケールで生じ、遺伝子頻度と個体数が相互作用しながら変動することが明らかになってきた。生物多様性の損失の多くは、生物の進化速度が環境変化の速度に追いつけないことにより引き起こされるため、生物の絶滅リスクを評価する上で進化の理解は必須となる。特に近年では、気候変動・生息地断片化・外来種などの人間活動に関連する環境変化が一層深刻さを増しており、それらの変化に伴う進化を理解・予測する必要性が高まっている。しかし、進化生態学と保全生態学のきわめて深い関係性は十分に認識されていないように感じられる。本稿では、進化の基本となるプロセスについて述べた後、気候変動・生息地断片化・外来種という問題に直面した際に、保全生態学において進化的視点を考慮することの重要性を提示する。さらに、進化を考慮した具体的な生物多様性保全や生態系管理の方法をまとめ、今後の展望を議論する。
著者
藤原 宣夫 西廣 淳 佐藤 寿一 井本 郁子
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.215-218, 2001-08
被引用文献数
2

ポーラスコンクリートを用いた河川護岸上に植生を成立・維持させる上で配慮すべき点を明らかにするために, 施工後2〜4年が経過したポーラスコンクリート河川護岸15箇所において, 成立している植生を調査し, 工法や護岸場所の条件などの影響を検討した。その結果, 頻繁に冠水する低水護岸では, ポーラスコンクリートの表面が平滑な場合には植物は生育していなかったが, 表面に凹凸構造があり土砂が堆積しやすい形状の場合には植物の生育が認められた。またほとんど冠水しない高水護岸では, 播種や張芝などの緑化工が施された場合のみ, 植生の成立が認められた。ポーラスコンクリート河川護岸に植生を成立させるためには, 対象箇所の冠水頻度に配慮して, 適切な形状の基盤, 緑化工法を選択する必要があることが示された。
著者
上杉 龍士 西廣 淳 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.13-24, 2009-05-30
被引用文献数
1

日本において絶滅が危惧されている多年生の浮葉植物であるアサザの生態的・集団遺伝学的現状を明らかにするため、レッドデータブックや地方植物誌などから存在の可能性が示唆された国内の局所個体群について2001年から2003年の開花期にあたる8月から9月に踏査調査を行い、局所個体群の存否、各局所個体群における展葉面積、異型花柱性の花型構成(長花柱型・短花柱型・等花柱型)を調査した。また、それぞれの局所個体群から葉を採取し、マイクロサテライト10座を用いて遺伝的特性を評価した。確認された局所個体群数は64であり、27水系に存在していた。本種は異型花柱性植物であり適法な受粉を行うためには長花柱型と短花柱型の両方が必要であるが、開花を確認した33局所個体群のうちで、それら3つの花型が確認されたのは霞ヶ浦内の2局所個体群のみであった。各局所個体群から2〜57シュートの葉を採集して遺伝解析を行なった結果、同定された遺伝子型は全国で61であった(うち7は自生地では絶滅し系外で系統保存)。また多くの局所個体群は、単一もしくは少数のジェネットから構成されていた。しかし、例外的に長花柱型と短花柱型の両花型を含む霞ヶ浦内の1局所個体群では、遺伝的に近縁な10もの遺伝子型が確認された。有性生殖の存在がジェネットの多様性を生み出したものと考えられる。有性生殖が行われていない局所個体群では、突発的な環境変動によって消滅した場合に、土壌シードバンクから個体群が回復する可能性は低い。またジェネット数が極端に少ないことは、次世代に近交弱勢を引き起こす可能性を高める。これらの要因が、日本におけるアサザの絶滅リスクを高める可能性がある。維管束植物レッドリストの2007年見直し案では、アサザは絶滅危惧II類から準絶滅危惧種に格下げされている。しかし、今後も絶滅危惧種とみなして保全を進める必要があると考えられる。
著者
西廣 淳 川口 浩範 飯島 博 藤原 宣夫 鷲谷 いづみ
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 = Ecology and civil engineering (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.39-48, 2001-07-17
参考文献数
26
被引用文献数
7 16

アサザは絶滅危惧II類に分類される多年生の浮葉植物である.霞ケ浦は我が国におけるアサザの最大規模の自生地であった.しかし近年,霞ケ浦のアサザは急速に衰退していることがわかった.すなわち,1996年には34の局所個体群が確認され展葉範囲の総面積は99,497m<SUP>2</SUP>だったが,2000年には局所個体群数は14に,展葉範囲の総面積は10,081m<SUP>2</SUP>にまで減少していた.また1996年にみられた局所個体群のうち5つでは,異型花柱性植物としての健全な種子生産のために必要な複数の花型の開花が認められたが,2000年には複数の花型の開花が認められた局所個体群は1つのみになっており,この局所個体群以外ではほとんど種子が生産されていなかった.一方,1996年までは良好な種子生産がみられた局所個体群の近くの湖岸では,アサザの実生の出現が認められた.しかし,1999年にこれらの実生約2000個体に標識して生存を調査したところ,それら全てが死亡・消失しており,定着は認められなかった.アサザの幼株も見出されず,霞ケ浦のアサザ個体群では更新がまったく起こっていないことが示唆された.また2000年にも同じ場所で実生の調査を行ったところ,発芽量自体が激減していた.これは調査場所付近のアサザ局所個体群が1999年に消失し,種子が供給されなくなったためと考えられる.2000年に確認された実生は1998年以前に生産されて永続的土壌シードバンク中で生存していた種子が発芽したものと考えられ,同じことが毎年繰り返されれば,霞ケ浦のアサザの土壌シードバンクは無駄な発芽によって消費し尽くされることが予測された.