- 著者
-
長田 健一
- 出版者
- 全国社会科教育学会
- 雑誌
- 社会科研究 (ISSN:0289856X)
- 巻号頁・発行日
- no.80, pp.81-92, 2014-03-31
本研究は,わが国で提起された主な論争問題学習論に対し,それらの課題を乗り越える方途を「熟議」による論争問題学習が示していること,また,両者の間に授業構成原理上どのような「転回」が認められるのかを明らかにすることを目的とする。近年の社会学や政治学の有力な諸理論が示すように,「不確実性」を特徴とする現代社会では,個人の合理的意思決定や普遍的観点からの判断は困難となっている。それゆえ,合理性や普遍性に依拠した個人の意思決定に主眼を置く論争問題学習論は,現代社会における決定の論理として限界があった。一方,集団での意思決定を企図する論争問題学習論は,私的利益・価値を反映した個人の意思決定を所与の起点としていたため,対立する利益・価値の社会的調整に方法上限界があった。では,人々が「不確実」な現代社会において対立する諸利益・諸価値の間に社会的秩序を形成していけるようになるには,どのような原理によって論争問題学習を構成したら良いのか。この問いに答えるため本研究は,熟議民主主義理論に基づく論争問題学習である"National Issues Forums"の授業構成を分析し,その原理を考察した。それによって明らかとなったのは,個人の意思決定を所与とするのでなく,「共通善」の創出に向け,「理由」の妥当性吟味や「紛争の次元」に関する合意/不合意の形成を通じて,各人の選好が変容するように議論(授業)を構成するという原理であった。ここから,「意思決定の基盤の転回」「集合的意思決定の過程の転回」「合意の次元の転回」の三つが論争問題学習の「熟議的転回」として導き出された。