著者
星 瑞希
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
vol.90, pp.25-36, 2019-03-31 (Released:2021-04-01)

本稿は,2つの高校の生徒が,教師の歴史授業をいかに意味づけるのかを,授業の参与観察や生徒へのインタビュー調査を通して,実証的に明らかにすることを目的としたケーススタディである。日本における歴史教育研究を概観すると,様々な歴史の学び方が生徒にとってどのような意味があるのかということは論じられてきたが,思弁的な議論に止まり,児童生徒が教師の歴史授業をいかに意味づけているかを実証的に明らかにする研究の蓄積は日本において乏しい。 本稿では,Wertsch(2000)が示した「習得」と「専有」の概念を用いて,生徒は教師の歴史授業を通して,いかに歴史の学び方を「習得」「専有」するのかを明らかにした。調査の結果,「討論授業」をカリキュラムの中心に据える教師の授業において,生徒は「歴史の知識を覚える」ということを「習得」していた。一方で,「歴史を解釈する」ということに触れている生徒はいたが,「習得」している様子は伺えなかった。生徒は知識を覚えるための手段として「討論授業」を意味づけるなど,「歴史の知識を覚える」ことを主に「専有」しており,教師の意味づけと相違が見られた。歴史事象を通して現代を考察することを重視した教師の学級において,生徒は「歴史を理解する」こと,「現代と関連づけて歴史を考察する」ことを「習得」していた。また,学習した内容を現代の事象と比較したり,他の教科で学んだ知識と結びつけたりするなど,「現代と関連づけて歴史を考察する」ことを「専有」している様子が伺えた。しかし,彼らは過去と現在を同一視することもあった。
著者
鈩 悠介
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
vol.91, pp.13-24, 2019-11-30 (Released:2021-04-01)

本研究は,歴史の何を重要だと感じ,なぜ重要だと感じるのかについて,中学校1年生から3年生までの子ども31人を対象に,半構造化インタビューを用いて明らかにしたものである。英米歴史教育研究における分析枠組みと研究方法を用いることで,本研究は,子どもが(1)主に文化や技術の発達などの「現在を成り立たせるもの」,(2)外国との交流などの「ソトとの関係性」,(3)国家的な制度の形成などの「ウチなる自立性」の3つのテーマで構成されるナラティブ・テンプレートに則って歴史的出来事や人物の意義を説明していたこと,そしてその一方で,子どもたちは死と犠牲やそれらへの抵抗への言及もしたが,これらが重要であると子どもが捉える文脈は限られていたことを明らかにした。本研究の結論は,少なくとも中学校段階において子どもは歴史の何が重要であるかを判断して語ることができるため,教師は子どものその歴史の見方を一つの教材として利用すべきだということである。具体的には,取捨選択を伴う活動を通して子ども自身に自分の歴史の見方をメタ認知させること,その歴史の見方を利用して子どもの学習の動機付けをすること,子どもの歴史の見方をさらに相対化させるようなエイム・トークを行うことである。
著者
岩崎 圭祐
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
vol.95, pp.13-24, 2021-11-30 (Released:2022-10-27)

本稿は,米国の論争問題学習の教師教育に着目し,論争問題学習の効果的な指導法を開発したヘス (Diana. E. Hess)と論争問題学習の指導法を教える教師教育者に関する国際比較研究を行ったペース(Judith. L. Pace)の研究アプローチや研究成果を分析することで,日本において主権者教育や論争問題学習を実践するために必要な教師教育や教員養成のあり方を示すことを目的とするものである。 ヘスやペースの研究を分析した結果,論争問題学習を教室で広げるために教師教育において何が教えられるべきかについて,議論の形式や教材の選択,カリキュラム開発を行うといった論争問題学習に取り組むための教師の「スキル」育成から,政治的中立性の逸脱といった批判への対応や生徒の感情的な対立を抑制するというような論争問題学習で起こりうるリスクに取り組む教師の「ストラテジー」の育成へと議論が展開していることが明らかになった。その上で,2者の研究アプローチや研究成果は,現在の主権者教育において課題とされている,主権者教育に取り組む教員養成という視点からも重要な参照軸となることを示した。
著者
中村 洋樹
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
vol.79, pp.49-60, 2013-11-30 (Released:2017-07-01)

本稿の目的は,歴史学習の論理を「歴史実践(Doing History)としての歴史学習」と規定し,その論理と意義を考察することにある。本稿では,米国の歴史教育研究者S.ワインバーグが提唱した「歴史家の様に読む」アプローチの基本的な考え方・教授方略及び授業案を考察した。当該アプローチは,歴史家の読解方略を歴史学習へ応用することを目指している。本稿では第一に,当該アプローチをみていく前提として,ディシプリナリ・リテラシーという概念に焦点を当てた。第二に,「歴史家の様に読む」アプローチを分析した。当該アプローチは,出所を明らかにすること,文脈に位置づけること,丁寧に読むこと,確証あるものにすること,という方略から成る。当該アプローチの教授方略は,学習科学研究における「足場かけ」という概念に焦点が当てられている。本稿では,出所を明らかにすることを重視した授業案と確証あるものにすることを重視した授業案を分析した。その結果,本稿では当該アプローチの意義として次の2点を指摘した。第一に,当該アプローチは,テクストの著者の意図や前提を読解することに焦点を当てている。第二に,通説を支える資料と,それとは異なる立場の資料との間の相違点や矛盾を考察することを重視している。このような形で,当該アプローチは,歴史家の様に対話する(=頭を悩ませる)過程を担保することになっている。
著者
田中 伸
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
no.83, pp.1-12, 2015-11-30

成熟社会を迎えた現代,社会はさらに複雑化し,日常の現象を一つの見方・考え方で捉えることは困難になりつつある。本論文は現代社会の理解,及びそこで主体的に生きる市民性育成の方略として,コミュニケーション理論に基づく社会科教育論の理論と実際を小学校社会科授業とともに示すものである。コミュニケーション理論に基づく社会科は,子どもたちを理想とする社会へコミットすることを強制する教育論ではなく,現実社会を受け入れ,その社会と折り合いをつけながらしなやかに生きるスキルを身につけることを目標とした教育論である。教育内容は,社会的に構築・承認された社会現象が現実に機能・運用されている実態,及びそれと自身との関係,教育方法は,その運用過程の理解・分析・解釈である。上記の理論を具体化する方略として,本稿では漫画メデイア"ONE PIECE"を用いて自由思想の多様性を分析する学習をデザインした。授業は以下4つの手続きをとる。第1は自己意識の明確化,第2は思想(フレームワーク)の多様化(社会認識の多義性,及びその可変性の認識),第3は複数のフレームワークの折衝,第4は社会における自由思想の相克と受容過程の理解と分析である。この4段階の学習を通して,社会を客観的に捉える授業ではなく,自らを社会の内部に位置付け,社会と折り合いをつける力を育成する社会科授業を開発・実践し,子どもの認識変容を踏まえた実践結果とともに示した。
著者
井上 昌善
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
vol.95, pp.1-12, 2021-11-30 (Released:2022-10-27)

本研究は,外部人材と子どもの熟議を促す社会科授業構成の原理と方法を,外部人材を活用した中学校社会科地理的分野の単元開発と実践を通して検討することを目指すものである。本研究の成果は,他者との協働的な関係性としての共通善を形成するためには,学校に公共空間を創出させ外部人材と子どもの熟議を促す指導が必要になることを開発単元の結果に基づいて示したことである。外部人材と子どもの熟議を促すためには,次の三点をふまえた指導が有効である。①課題解決のための共通基盤となる社会認識の形成を通して,子どもの思考の次元を変容させること。② 外部人材によるフィードバックを通して,子どもの自尊感情を高め意見表明に対する抵抗感を解消すること。③外部人材もまだ取り組んでいない現実社会の課題を中心教材として設定すること。 本研究の成果は,外部機関との連携を重視する学校教育のあり方を検討する際の一助になる。今後の課題は,消防士以外の外部人材や関係機関と連携した単元開発を行い地域と学校の連携方法のあり方を検討すること,地域社会と連携する社会科学習を推進する教師の教科観や学力観について明らかにすることの二点である。
著者
樋口 雅夫
出版者
全国社会科教育学会
雑誌
社会科研究 (ISSN:0289856X)
巻号頁・発行日
vol.78, pp.25-36, 2013-03-31 (Released:2017-07-01)

本研究は,公民科「政治・経済」の学習において,現代社会の諸課題の根底にある価値観の対立を調停していく能力を育成する単元展開を効果的なものにするためには,その前提として公民科「倫理」において価値概念そのものを対象化し,その含意を批判的に吟味することによって受容させる「批判的価値受容学習」が有効であると考え,その単元開発を試みるものである。開発した単元「"天賦人権"は外来思想か?」では,現代民主主義社会において普遍的価値と見なされ,所与のものとして捉えられている自由,平等などの価値概念と初めて対峙し,受容した際の明治期日本に焦点を当て,誰がどのような方法でそれらの価値概念を日本社会に受容可能な形にしていったかを批判的に探求させる学習活動を通して,それらの含意を理解させていく単元展開を構想している。本研究の成果としては,現行教育課程上,共に履修することが規定されている,「倫理」及び「政治・経済」の関連を図るという観点から「倫理」学習の意義を明らかにすることができたことが挙げられる。「倫理」において,現代社会の諸課題を探求するための基盤となる様々な価値概念の含意を批判的に受容させておくことによって,「政治・経済」で,価値観の重なる部分,異なる部分の双方を併せもつ他者との間で暫定的合意案を形成・提示し続けていく「多元的価値調停学習」を行う基盤が整うのである。