著者
天野 静 渡辺 裕 鳥居 潤 川口 レオ 青山 温子
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.23-29, 2009 (Released:2009-04-28)
参考文献数
21

開発途上国では、これまで主に人口増加を抑制することに重きが置かれ、不妊症はあまり注目されてこなかった。しかし実際には、不妊症は途上国において重要な問題であり、アフリカ諸国などでは、女性の不妊率は、先進国の 3倍にあたる約 30%にのぼる。不妊症の原因として最も多いのが卵管障害であり、性感染症や、中絶・分娩後の不適切な処置による骨盤内感染がその原因としてあげられる。第二に多いのが男性不妊である。しかし、途上国では、不妊症は女性側のみの責任とみなされがちであり、不妊症により女性は、夫やその家族から激しい差別を受ける。また、不妊症の夫婦は、コミュニティーからの孤立・偏見に悩まされたり、経済的問題を抱えたりすることも多い。このように、途上国において不妊症がもたらす社会的影響は甚大である。 途上国での不妊治療は、夫婦双方の診察や精査を行わないまま進められていることが多い。治療内容としては、主に性感染症の治療、タイミング療法、ホルモン治療など、あまり費用のかからないものが中心である。都市部など、一部の地域においては、生殖補助医療(assisted reproductive technology: ART)が行われている。 ARTは、卵子および精子を扱う不妊治療を指し、先進国では 1980年代以降、広く行われるようになってきた。また、 ARTは、途上国の不妊症の原因として多い、卵管障害や男性不妊に対して効果的な治療であるため、途上国における潜在的需要は高いと考えられる。しかしほとんどの途上国にとって、その費用は高額である。また、技術的・倫理的規制が不十分、もしくは存在しない国もある。 途上国の不妊症の問題解決には、まず途上国、先進国の双方がその問題の大きさを認識し、実情を調査することが必要である。不妊症の発生率、原因、そして現在行われている治療の有効性などをはっきりとさせ、何が足りないかを把握することにより、優先度を考え、対策を立てていくことが重要である。不妊症の原因を正しく検査し、適切な治療方法を選択する体制の確立により、少ない費用でも不妊症の問題の改善が図れるであろう。また、 ART普及のためには、高額な薬剤の価格引下げなどの国際的協力や、治療状況を技術的・倫理的観点から監視するシステムの構築が必要である。同時に、不妊症に対する正しい知識などについて、人々に対する教育を行っていくことも途上国の不妊症問題の解決において重要である。
著者
永井 真理 木下 真里 青山 温子
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.53-63, 2007 (Released:2007-05-15)
参考文献数
28

イラクは紛争中の状態にあり、また比較的ジェンダーバイアスが大きいとされているイスラム社会の一つである。イラクの女性保健医療従事者を、治安の安定している他国で育成することの可能性や問題点について検討するための基礎資料として、イラクにおける女性医療従事者の背景、すなわち、社会および家庭での役割や立場、キャリアに対する意識、紛争が保健情勢に与えた影響などについて調査した。治安上の理由により、イラク国内において調査を行うことができなかったため、エジプトで4週間の第三国研修に参加していたイラク人女性医師 16 名を対象に、面接調査を行った。調査対象者の多くは、同性と主に接する産婦人科・小児科などに従事していた。職場内で差別を感じることはあまりなく、大変意欲的に仕事を行っていた。結婚の際も、仕事を妨げることのない相手を選ぶ傾向にあった。また、数ヶ月以内であれば、家族と離れて国外研修に参加することにも積極的であり、家族の理解や支援も得られていた。皆、研修受入国よりも研修内容を重要視しており、受入国の宗教の違いや、イラクからの地理的な距離は、ほとんど問題としていなかった。今後必要な研修分野として彼女たちが挙げたのは、病院管理システム、看護師の意識向上を目的とした研修などであった。イスラム社会では、女性に対する医療には、女性医療従事者が必要とされる場合が多い。また、紛争の際には、女性や乳幼児が特に健康被害を受けやすい。イラク国内の治安が安定し、国内での直接支援が可能になるまでは、積極的に女性医師に対する国外研修を推進することが、国内の女性や乳幼児の健康改善につながる支援策と考えられる。
著者
喜多 悦子 江藤 節代 本田 多美枝 上村 朋子 青山 温子
出版者
日本赤十字九州国際看護大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2005

「人間の安全保障」は、個々の人間は暴力/紛争と、適切な保健サービスの利用・就学・就業・移動など、身近な欠乏から護られるべきとする概念だが、世界人権宣言など、古くから理念の集約とする意見もある。しかし、本理念が新たに必要になったのは、近年、多発する地域武力紛争(Complex Humanitarian Emergency、CHE)や国際武力介入、併発するテロ、巨大自然災害・新たな感染症、格差や貧困など、現在の地球上の人間の安全を脅かすものは、これまでの「国家安全保障」の範疇にはなく、改めて個々人の安全が問われているからといえる。一方、世界で最大多数を占める保健医療者として、人々の安全における看護者の役割は明確でない。本研究では、わが国の看護教育をふくめ、類似の概念があったかどうかを検討し、近隣諸国における看護およびその教育での扱いを調査してきた。これまで、わが国および近隣諸国の保健医療面、特に看護者に「人間の安全保障」の概念があるかどうかを調査したが、明確な認識があるとの確証は得られなかった。アジア随一のドーナーでもあるわが国には、160を超える看護大学と数百看護専門学校があり、看護職養成施設数は充足している感があり、また、その多くで国際保健/看護を扱っているが、国内的にも国際的にも、「人間の安全保障」の概念が取り入れられているとは云い難い。近隣諸国の看護職は、なお、その社会的地位の確立がなされていない上、教育においても、技術的に終始していることが多く、理念、ことに「人間の安全保障」の概念すら明確に理解されていない。国際看護師協会(International Council of Nurses,ICN)の謳う看護者の役割とも矛盾しない保健面における「人間の安全保障」の実践に看護職者の関与が期待されることを、研究報告書としてまとめた。