著者
黄 當時
出版者
佛教大学文学部
雑誌
文学部論集 = Journal of the Faculty of Letters (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
no.102, pp.1-26, 2018-03

古代日本語の船舶の名称やそれに由来する語彙には、日本語一視点のみでは正確に理解できないものがある。これらの単語には、適切な海の民の視点、具体的には、彼らが用いたであろう言語や文化についての知識を持てば正確に理解できるものがある。茂在寅男氏は、『記』『紀』の中に古代ポリネシア語が多く混じっている、と述べ、井上夢間氏は、「枯野」等の言葉とカヌーとの関係について、ハワイ語を用いて簡潔に説明したが、その知見は、言語面からの研究に突破口を開くものであった。小論では、「天照(あまてる)」は「天(アマ)-照(テル)」の意味構造であること、「天(アマ)」「照(テル)」はそれぞれポリネシア語の「ama」 outrigger、「taurua」 double canoeを漢字で書き記したものであり、両者を合わせた「天(アマ)-照(テル)」(ama-taurua)は「アウトリガー・フロート付き双胴船」を意味すること、などを解明することができた。古代の日本語の問題を考えたり、古典を読み解くのに、中国語やポリネシア語等の外国語の知識や、船舶・航海の知識が役に立つという認識は、やがて常識となるのではないか。天照天鳥船/天鴿船/天磐船天岩戸天照大神坐舟天足
著者
黄 當時 沖村 由香
出版者
佛教大学文学部
雑誌
文学部論集 = Journal of the Faculty of Letters (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
no.103, pp.97-110, 2019-03

古代日本語の語彙には、日本語一視点のみでは正確に理解できないものがある。現代日本語は前置修飾構造である。しかし、かつて日本社会には、後置修飾構造を持つ言語が存在し、その痕跡は『記』『紀』の固有名詞に残っている。日本神話の中の日向神話や創世神話とポリネシアなどの南島(オーストロネシア)の神話に類縁関係があることは、古くから神話学者によって指摘されてきた。オーストロネシア諸語は後置修飾構造であるが、それらの神話と類縁関係のある日本神話の主人公の名前を分析すれば、その名前には後置修飾構造が見られる。これは、神話がその言語の話者によって日本に伝えられた証拠であろう。古代の日本語の問題を考え、古典を読み解くのに、ポリネシア諸語等の外国語の知識が役に立つという認識は、やがて常識となるのではないか。彦火火出見イワナガヒメ日向神話バナナ型神話釣り針喪失譚
著者
黄 當時
出版者
佛教大学文学部
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
no.97, pp.1-20, 2013-03-01

沖縄に、「さばに」という名の船があり、『日本国語大辞典』は、名称の由来を説明しないが、「さばに」は、「舟/船+α」の構造と意味をもつ名称のように思われる。 豊玉姫の説話の中に、屋根をまだ葺き終えないうちに産気付いた姫が産屋に入り出産する場面があるが、『記』『紀』は、火遠理命が姫の頼みに背いてその様子を覗いたところ姫は「和邇」や「龍」の姿に変わっていた、と記述している。 「和邇」と「龍」は、いずれも同じ情報を伝えているが、適切な海の民の視点を欠いたままでは、正確に理解できない。言葉は、文化である。異文化の言葉は、異文化の知識で解くべきである。 「和邇」と「龍」は、「大型のカヌー」である。「wa'a-nui(和邇)」は、ワァヌイもしくはヴァヌイに発音されるが、Hawai'iがハワイではなくハヴァイに発音されるように、沙+ wa'a-nuiは、サヴァヌイのように発音され、やがてサバヌイ、サバニとなったのではないか。 古代の日本語の問題を考えたり、古典を読み解くのに、ポリネシア語の知識や、船舶・航海の知識が役に立つという認識は、やがて常識となるのではないか。さばに八尋和邇龍
著者
黄 當時
出版者
佛教大学文学部
雑誌
文学部論集 = Journal of the Faculty of Letters (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
no.98, pp.1-19, 2014-03

『古事記』に因幡の白兎の説話があり、白兎が和邇を欺く場面がある。騙された和邇は兎の皮を剥いだ、と記されているが、事実ではない可能性がある。私たちは、どこまでが事実でどこからが事実でないかを見極めねばならない。さもなければ、解析結果は、当然ながら、信頼度の低いものでしかない。和邇は、適切な海の民の視点を欠いたままでは、正確に解けない。言葉は、文化である。異文化の言葉は、異文化の知識で解かねばならない。小論では、先達の知見を手掛かりに、さらに、海の民が用いたであろう言語や文化の知識を入手することで、私たちの視点を海の民の視点に少しでも近づけ、和邇は大型のカヌー(の関係者)であることを解明することができた。古代の日本語の問題を考えたり、古典を読み解くのに、ポリネシア語の知識や、船舶・航海の知識が役に立つという認識は、やがて常識となるのではないか。因幡の白兎和邇加良奴加良怒異文化接触
著者
黄 當時
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 = Journal of the Faculty of Letters (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
no.97, pp.1-20, 2013-03

沖縄に、「さばに」という名の船があり、『日本国語大辞典』は、名称の由来を説明しないが、「さばに」は、「舟/船+α」の構造と意味をもつ名称のように思われる。 豊玉姫の説話の中に、屋根をまだ葺き終えないうちに産気付いた姫が産屋に入り出産する場面があるが、『記』『紀』は、火遠理命が姫の頼みに背いてその様子を覗いたところ姫は「和邇」や「龍」の姿に変わっていた、と記述している。 「和邇」と「龍」は、いずれも同じ情報を伝えているが、適切な海の民の視点を欠いたままでは、正確に理解できない。言葉は、文化である。異文化の言葉は、異文化の知識で解くべきである。 「和邇」と「龍」は、「大型のカヌー」である。「wa`a-nui(和邇)」は、ワァヌイもしくはヴァヌイに発音されるが、Hawai`iがハワイではなくハヴァイに発音されるように、沙+ wa`a-nuiは、サヴァヌイのように発音され、やがてサバヌイ、サバニとなったのではないか。 古代の日本語の問題を考えたり、古典を読み解くのに、ポリネシア語の知識や、船舶・航海の知識が役に立つという認識は、やがて常識となるのではないか。